短編映画『寄り鯨の声を聴く』の覚書 | #1 淀川に流れ着いたマッコウクジラ
先日から「寄り鯨の声を聴く」のショート版がオンライン配信されています。ありがたいことに好評なご意見ご感想をいただき、大変嬉しく思います。
引き続き、作品の制作過程について記していこうと思います。まずは、今回のモチーフであるクジラのストランディングとの出会いについてです。
年始のこと
2023 年 1 月に大阪府淀川の河口にマッコウクジラが迷い込んだニュースをご存知でしょうか。メディアでは「淀ちゃん」と呼ばれ注目されていましたが、残念ながら彼は海に帰ることができず、そのまま死亡してしまいました。行政の主導のもと、死骸は海に沈められることとなりました。
「ROCK YOU」を作り終えて、何にやる気を向ければ良いのかわからずぼんやりと過ごしていた頃、それはなんとなく横目で見ながら流れていく日々のニュースのひとつとして、場合によってはそのまま忘れ去っていたかもしれません。しかし、Twitter(当時)上でキリン研究者の郡司芽久さんのこの件に関するツイート群をみて、僕はなんだか興味が湧いてくるのを感じました。
いきなり引用で申し訳ないですが、一連のTweetがとても分かりやすく興味深いので、ぜひ追ってみてください。
郡司芽久さんは、キリンには他の哺乳類にはない「8番目の首の骨」が存在していることを発見したキリン研究者です。キリンに限らず生き物についての面白い話をたくさんツイートされていて、この話題についても興味深く拝見しておりました。(また改めて触れられたらと思いますが「キリン解剖記」という郡司さんの書籍も、今回制作するうえで参考にさせていただきました。)
ストランディングするクジラたち
そもそもクジラが漂着したら「どうするのか?」という、「誰か」が「何か」の対応をしているのだという事実を、この時初めて僕は認識しました。でも確かに考えてみればそのまま放置するわけにもいきませんし、大きな個体であればあるほどその対応は困難であるはずです。
まずクジラが生きているのか死んでいるのかで対応が変わってきます。生きていれば海に帰すことも試みますが、それも容易なことではありません。
死んでいた場合、基本的には漂着した場所を管理する行政・自治体が対応しなければならないようです。動物の死骸は粗大ゴミとして扱われてしまい、また放置するとどんどん腐敗が進むため、焼却、埋設か海洋投棄、いくつかの選択肢があるようです。
しかし、それらの選択肢それぞれに、当たり前ですが動いた人員や設備によって大きなコストがかかるのです。その判断と実行には多くの知見と費用が必要であり、それを専門としてる方の存在も知りました。
「なんだか全く知らない世界だぞ?」とクジラのストランディングについて興味を抱き調べていくと、田島木綿子さんというお名前が頻出していました。田島先生は、海棲哺乳類の研究者として国立科学博物館動物研究部で20年以上に渡りストランディングしたクジラの対応にあたっていらっしゃる方です。
そう、法律上「粗大ゴミ」として扱われざるを得ないストランディングしたクジラの死骸は、科学学術の分野にとってはかけがえのない価値のある存在だったのです。
田島先生著作の『海獣学者、クジラを解剖する。〜海の哺乳類の死体が教えてくれること〜』という書籍にて、それらが包括的に記されていました。日本でのストランディングの現状、標本を後世に残すことの意義・重要性、ストランディング対応の実際のエピソード、避けられないお金の話。この本との出会いが、『寄り鯨の声を聴く』を作る大きな原動力になったことは間違いありません。
それはもちろん、ストランディングするクジラという未知の世界への興味深さも大いにあります。しかし何よりも大きかったのは、理路整然と分かりやすい文章なのにも関わらず、節々から理屈ではないクジラへの、海の生物への愛情が滲み出ているのを感じたことです。それはその後読んだどの書籍でも、どの研究者の方からもそれを強く感じました。
好きなものに対して目を輝かせている人たち、しかも「プロフェッショナル」な大人たちが楽しそうにしている姿は、それ自体が非常に魅力的に感じます。それを映し出してみたいなとは思いつつも、しかしこの時点ではまだ具体的に映画を作ろうとまでは考えていませんでした。ただ漠然と、しかし心惹かれたことは強く覚えています。
実際の展示も見てみようと、そういえば上京してから一度も行ったことがなかった、上野の国立科学博物館へ向かうことにしました。
つづきます。
短編映画『寄り鯨の声を聴く』
■脚本/監督/撮影/編集: 角洋介
■出演: 穂紫朋子、久保田メイ、山口森広、岡崎森馬、渡邊雛子
■音楽: ioni
■歌: 工藤さくら
■プロデューサー: 井村哲郎
■製作: ジーンハート株式会社
■取材協力(敬称略):
・国立科学博物館動物研究部
田島木綿子
山田格
塩﨑彬
西間庭恵子
大枝亮
・富士ストランディングネットワーク
・ストランディングネットワーク北海道
松田純佳
名倉のどか
・大房岬自然公園 (指定管理者 千葉自然学校)
清水旭
・6DORSALS KAYAK SERVICES
藤田健一郎