世界大百科事典の項目から(司法試験:選択科目8科目)
司法試験の論文試験には、選択科目があるようです。
前回紹介した、百科事典で見つけた基本7科目(民法、商法、民事訴訟法、憲法、行政法、刑法、刑事訴訟法)の項目を読んでみると、古い記述(~1998年)のはずなのに意外と味わい深く示唆深い内容だったと思いました。
なので、個人的な備忘も兼ねて、司法試験の選択科目についても、百科事典の説明の一部を抜粋してみたいと思います。
○倒産法→倒産
執筆者:谷口 安平
(抜粋)
倒産の事態においては債権者等関係人間の利害の対立が激しいため,放置すれば無秩序と強者横暴の場となりかねない。そこに,公的な制度によって倒産処理に備える必要があり,いずれの国も各種の倒産手続を用意し,これを裁判所に担当させている。
倒産手続の理念は,公明,公正(債権者平等の実現),適正(債務者の保護)かつ迅速な倒産処理にあるが,その方法には,倒産に瀕(ひん)した経済活動を清算して終わらせてしまうもの(清算型)と,これを維持しつつ再建を図ろうとするもの(再建型)に分かれる。日本には前者にあたるものとして破産法による破産と商法による特別清算(〈清算〉の項参照)があり,後者にあたるものとして,破産法による強制和議,和議法による和議,商法による会社整理,および会社更生法による会社更生がある。なお,このほかこのような裁判的手続によらないで,利害関係人の話合いで倒産処理をすることもでき,これを私的整理(内整理,任意整理ともいう)と称する。実際には大部分の倒産事件は私的整理によって処理されており,これにも清算型と再建型がある。
○経済法
執筆者:松下 満雄
(抜粋)
現在の日本の経済体制は,自由主義経済であり,かつ市場経済であるといわれている。しかし,現実には国家による経済活動,企業活動への介入もかなり行われており,むしろ混合経済体制といったほうが実態に近いであろう。この場合の混合経済というのは,市場原理と国家の政策的介入の混合ということであり,換言すれば企業活動に関しては競争原理と統制原理が並存ないし混在しているといってもよい。さらに別の表現をもってするならば,日本の経済体制は,できるだけ自由主義と市場原理に忠実でありつつも,市場の失敗,国際的緊張への対処,中小企業保護,不況産業の救済,そのほかさまざまな理由から,市場原理だけでは律しきれない事態もかなりあり,その結果,そこには,(1)市場原理(競争原理,自由主義)および(2)統制原理(国の経済ないし企業規制)という二つの原理が並存し,さらに,この両者の中間型態に属すると思われる色々な亜種が存在しているということである。
これらの錯綜した諸原理を体現する経済法規もまた多種多様なものとなるのは自然の勢いであるが,これらを便宜上三つのカテゴリーに分類して,検討しよう。その第1は,競争法(独占禁止法)であり,第2は,カルテル法であり,第3は,経済統制法である。このほかにも,第2と第3の中間型態と思われるものもあり,単純に一つのカテゴリーのなかに組み入れることが適切ではないものもある。
○租税法
執筆者:金子 宏
(抜粋)
実定租税法は,国税に関する法と地方税に関する法に分かれるが,国税については,所得税法,法人税法等,各国税に関する法律と,国税通則法,国税徴収法,国税犯則取締法等,各国税に共通の事項について定める一般法ないし通則法とがある。各法律を施行するために,施行令(政令)と施行規則(大蔵省令)がある。関税については,関税法が自足的な定めをしており,国税通則法等は適用されない(とん税,特別とん税についても,国税通則法等ではなく関税法の定める一般的規定が適用される)。地方税については,地方税法があり,さらに地方税法に従って各地方公共団体が定める条例,規則がある。
○知的財産法→知的財産権→無体財産権
執筆者:中山 信弘
(抜粋)
新規な創作に関する権利と営業上の信用に関する権利の総称。その具体的内容は次のとおりである。(1)新規な創作に関する権利 (a)著作権,(b)工業所有権(特許権,実用新案権,意匠権,種苗法上の権利,その他(例えば営業秘密))。(2)営業上の信用に関する権利(商標権,商号権,その他(不正競争防止法上の権利))。
古くは不動産が財産の中心であったが,近代に至り債権が重要な地位を占めるようになった。そして大量生産時代に入り,第3の財産として無体財産も重要な地位を占めるに至った。無体財産権は知的財産権(知的所有権)とも呼ばれるように,その対象は人間の知的創作物あるいは営業上の信用といったきわめて観念的なものであるため,権利の範囲等につき必ずしも明確ではなく,その点をめぐる争いも多い。
○労働法
執筆者:松田 保彦
(抜粋)
労働法の法源は,第1に労働法が資本制経済の発展に伴って発生したそのおりおりの労働問題を処理するという形で発達してきたために,多かれ少なかれ寄集め的になっている制定法(統一労働法典が設けられている例はラテン・アメリカの数ヵ国などきわめてまれである),第2にそうした断片的な制定法の欠けている部分を補うべき裁判所その他の労働事件審判機関における判断例,第3に労働協約,労働慣習および就業規則といった自主法規から成っている。日本の労働法もその例にもれないが,法体系としては他と比べて整然とした体裁をそなえている。すなわち,憲法25条の生存権規定を頂点として,一方においては憲法27条1項の勤労権規定を受けた雇用政策に関する一連の法規および同2項の最低労働条件法定の原則の下に制定された労働保護法規から成る個別的労働関係法が展開し,他方,憲法28条における団結権,団体交渉権,団体行動権のいわゆる労働三権の保障を具体化するものとして集団的労働関係法が展開する。
○環境法
項目なし! 有斐閣『法律用語辞典』より「人の健康、生活環境の確保、保全及び自然環境の保全のための法の総称。その体系は、公害法制と自然環境保全・文化財保護法制に大別できる。公害法制については、ⓐ環境基本法、大気汚染防止法、公害防止条例などの公害規制法、ⓑ公害防止事業費事業者負担法(昭四五法一三三)などの公害防止事業法、ⓒ公害被害の損害賠償に係る民法(不法行為)、国家賠償法、「公害健康被害の補償等に関する法律」(昭四八法一一一)などの公害被害救済法、ⓓ「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」(昭四五法一四二)などの公害犯罪の処罰に関する法などがあり、自然環境保全・文化財保護法制については、自然環境保全法(昭四七法八五)、自然公園法(昭三二法一六一)、文化財保護法、自然保護条例などがある。」
○国際関係法(公法系)(国際法(国際公法))
執筆者:横田 洋三
(抜粋)
19世紀の後半から20世紀にかけて,国際社会は大きな変容の時期を迎える。これに伴って,国際法体系も根底から変更を余儀なくされた。第1に,19世紀後半から,国際行政連合(万国電信連合,一般郵便連合,国際度量衡同盟など),国際連盟,国際連合としだいに国際的機構が発達した。これにより,国家間の関係のみを規律するものと観念されてきた国際法の規律対象が,国際機構にまでおし広げられた。第2に,戦争の違法化の動きがしだいに強くなり,無差別戦争観を超えた戦争規制の考えが支配的になり,戦争に関する国際法が大きく変容した。第3に,個人,企業,国内諸団体などが活発に国際的活動を行うようになり,これらの国家以外の行為主体を直接,間接に規律する国際法が発達した。また,この動きと並行して,人権擁護の国際法がしだいに整備されるようにもなった。第4に,第1次世界大戦後,ソビエト連邦という社会主義国が誕生し,伝統的国際法をさまざまの面で批判するようになった。この動きは,第2次世界大戦後,社会主義をとる国が増大するにつれて活発になり,国際法の諸規則がこうした批判をふまえて変更を余儀なくされた。第5に,第2次世界大戦前後から,これまで西欧先進国の植民地であったアジア,アフリカの諸国が独立し,これまで西欧先進国にとってつごうよくつくられてきた国際法を批判するようになり,こうした批判をとり入れて,国際法は大きな変容をとげつつある。最後に,第6点として,科学技術の急速な発達により,人類の活動領域が宇宙空間,深海海底,南極と拡大され,それに対応する新しい国際法規則がつくられるようになった。この科学技術の発達は,また,核兵器,公害産業,資源枯渇などの国境を越えて害悪を及ぼす問題を生み出した。今日,国際法は,こうした人類共通の問題に対応するように,諸規則を整備しつつある。
○国際関係法(私法系)(国際私法、国際取引法及び国際民事手続法)
執筆者:秌場 準一
(抜粋)
国際的な性質を有する私法関係を究極的な規律の対象とする最も一般的な法律をいう。かつては国際民法 droit international civil と呼ばれたことがあったが,これは国際私法の一般的な性格を示す好例である。他方,広範囲な規律対象のうち特殊な考慮を要する分野を独立させ,国際商法,国際労働法,国際取引法,国際運送法などという名を冠して個別に研究されることも少なくない。
世界の人々が,それぞれに固有の裁判制度,法律,行政組織をもった国家と呼ばれる社会に分属して生活し,かつ相互に国境を越えた交流関係を保っていこうとするとき,次のようなことを考えねばならない。もし問題が起こった場合,(1)いったいどこの国の裁判所が裁判をする権限をもち,それを行使してくれるのか。どこへ訴え出ればよいのか(国際的な裁判権と管轄),(2)その際に裁判が準拠し判断の根拠とする法的な基準はいったいどのような法律なのか(準拠法の選択,決定),(3)しかし,ある国でなされた裁判の結果(判決など)を他の国が認めてくれるのか(判断の国際的な効力,承認執行),さらに,(4)ある国の中で外国の人はいったいどのような権利関係を認められるのか(外国人の法的地位),(5)また,そもそも外国人とはどのような人か,逆に内国の人となる条件はなにか(国籍または市民権)。これらも看過しえない問題である。
以上のうち,(1)と(3)はいわゆる手続法に関係し,(4)や(5)はむしろ政治的公法的な性質をももっている。そのため,日本やドイツでは(1)と(3)は国際民事訴訟法として独立させ,手続法と関連の深い親族・相続の分野では管轄や承認も扱うが,原則としては準拠法の問題だけを国際私法の課題とする。英米法系の諸国では(1)から(3)までを統合的に教授研究するならわしであるが,フランスをはじめフランス法系の諸国では上記(1)から(5)までのすべてが国際私法の範囲となっている。もっとも,1987年のスイス国際私法は(1)から(3)までを基調とし,さらに国際破産や仲裁をも同法典で規定している。