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桃の罪


 一番好きな果物といえば桃だ。私の食生活史上では桃との付き合いが長く、桃には目がないものだ。
 15歳になろうとした頃だったか、ある夏の夜、家に泊まった親友と一緒に桃の盗み食いへ出かけた。当時の実家は二階建てで、自分の部屋が二階にあり、キッチンが一階にあった。おまけに犬を一匹飼っていたのでキッチンにたどり着くには親と犬を起こさずに、踏むと軋む階段を下りなければならなかった。幼い私たちにはまさにミッションインポッシブルだったが、親の怒りを恐れながら罪を犯す楽しみに手伝って忍者モードに移り、親友を連れて自分の部屋を出た。
 私たちはようやくキッチンに入った時に食卓の上に置いてある桃が窓から忍び入った街灯の光を受け、暗中ひときわ目を引き、さらに言えば、目を光らせたのだった。自分はキッチンの入り口に待機し、親友に食卓へそっと歩くように指示した。彼は暗がりの中を忍び足で歩き出した。まるで盗人のように。彼は食卓に着いた時に、私も同じ歩調で近づいた。桃の前に立った私たちはしばらくじっとして黙ったまま、見つめ合った。お互いの目に許可らしい色が浮かぶのを待っていたかもしれない。その間、目を輝かせながら唾を呑み込んだ音が静けさに満ちたキッチンの中に響いた。今振り返ってみたらこの音は待ち望みの許可、いや、合図だったと思う。
 私の指先が肌理の細かい、桃の皮に触れたとたん、ふたたび唾を呑み込み「最初の一口は私がもらうね」と勝手に親友に言い出した。前の歯をあらわにして桃の果肉を噛み破り、目を閉じた。口の中に広がる桃の汁とその香りはさっぱりとした甘みを放した。その味は朽ちる寸前の、熟れすぎた桃の味だった。盗み食いの味でもあった。その一口を噛み締めてから桃汁が口角から鼻先まで顔をひどく濡らしたことに気づき目を開けた。また、彼と目があった。今回恥ずかしいところを見られたと思いつつ、食べかけの桃を渡した。程なく彼の唇も甘い汁で濡れていて銀紙に覆われたかのように外の街灯の光を受けた。ちょうどその時、私の中に何かが目覚めた気がした。下半身から涌き上がる、感じたことのない欲望が目覚めたのだ。

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