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2020年06月14日 00:09 アニメについて、友人への電子書簡など4つ


アニメについて、友人への電子書簡


……(略)……
五等分の花嫁は観ていないけど、ラノベ由来のアニメとか、アイドルアニメとかには、そういう要素があるかもね。
女子だと男相手に、流行りの言葉でいう「推し」の感覚(もちろん、カップリングなども)を楽しむのだろうか。

「推し」がありつつ、中心には普遍的要素があるものが本来の作品に近付いてくると思う。そのキャラが男だろうと女だろうと、誰が観ても解る・共感できる、美的な要素というのかな。

アイドルアニメとはいえ、自分はたとえばアニマス(アニメ・アイドルマスター)の25話?(2025年註:たぶん22話)のクリスマス回くらいまでは、そういう印象で観ている。

アニマスに関しては、かなり自分の欲目が入っていて、もう、それまで観た全てのアニメの魅力を自分の中でアニマスに集約させて、「アニマスは全てのアニメを包含する」とか言うようになった。これは欲目なので他の人は客観的にアニマスを自分と同じには受け取らないだろうな。自分以外の人には、ネタと取ってほしい。

集約させたとか言って、今日、久々に『極黒のブリュンヒルデ』が恋しくなり、マンガを読み始めた。もう3~4回目くらい? 
当時(2014年)は本当に毎週が楽しみだった! のうりん、ブリュンヒルデ、ハナヤマタ、WUG、悪魔のリドル……2014年は自分が最も、かつ唯一、アニメを何作も観て、魅せられた日だった。

ことアニメに関しては、Jpopなんかに似ているところがある。曲の出来は二の次で、「あの時あの曲流れてたなー」という消費のされ方があるのがJpopだけど、アニメも「このアニメの時、自分はこうだったな!」と感慨深く振り返るのだ。
思えば、リドル(悪魔のリドル)の武智さんというキャラのキャラソンを沼倉さんが歌っていて、それまでも沼倉さんの声が只者ではないと感じていた自分のセンサーでは、このキャラソンの中でキャラ声のままビブラートを掛けて難なく歌うさまをみて、完全に嵌ってしまい、なにより声質もすきで、2015年以降『僕たちのresistance』を皮切りにアイマスの響(CV:沼倉愛美)のCDを買い漁りだすことになる。

そのさいに貴音も千早も雪歩も美希もいいし曲もいいやんけ!となり累計7~8万円解放するに至ったのは自分のアイマスの歴史に詳しい。

沼倉さんファンの活動としては、2020年2月の豊洲でのライブがあったが、本当に素晴らしかった。「なんかねー、変なモノが流行り始めてますからねー、気を付けてねー?(笑)」とMCを入れていたが、コロナの波を日本が被る寸前に、あの完璧なライブができたこと、本当に沼倉さんは持っている人だったと思うゾ! そして帰り、自分、東京駅のホームに駆け込んだら終電が走り始めてをり、途中駅までしか行かない次の列車に乗って、降りて、駅前のビジホでライブの余韻の夢の中を泳いだのは、自分史の浅い頁に詳述されたのだ。
あ、ビジホもいい思い出としても、どうせ終電逃がすんだったらアンコールまで全部浴びてから帰れば良かった、とも。

ブリュンヒルデは(唐突な話題の戻り)、アニメ版は、作画もヌルヌル動くし、アニメの演出が素晴らしくて、ほぼ原作を上回っている。そう思うのは自分がアニメから入ったからだろう。夏が来ると思い出すアニメだ。

どうでもいいが、アイマスの気まぐれCDレビューも、ぼちぼち再開したいと思う時があるゾ……。

(ここまで喋るのに趣味分野特有の所要時間十秒)



或る傾向の思考はノイズです


 しらふ、というよりは、人間の素の認識によれば、世界が徹底的な馬鹿馬鹿しさの度合いで、およそ吐き気や無意味さすら催させてはくれないよそよそしい表象に溢れているのは、世界が実のところ美しいことを示す力強い証拠でしかない。

 人間の素の認識は、脳(或る傾向の思考)の反映であり、脳はゴミです。正確には、或る傾向の思考がゴミです(たとえば、「ある傾向の思考がゴミである、だから〇ね、×す」と執着するような思考。なお、文のキャッチーさのため、この文章では、脳さんに汚名を被ってもらっている)。
 このことすら、芸術などを通じたある種の直観においてもたらされる。

 いっけん脳の産物の極致のような空気を表面的にもつ『純粋理性批判』も、制作の動機は霊的な直観であり、芸術の一つの個性的なスタイルなのであって、すなわち、(霊的な直観が数学の中心にもあるべきならば)数学の記述に近いスタイルの作品だと言える。このことは以前にどこかで述べたことがある。

 脳(或る傾向の思考)は「俺は正義である、正義でないものを潰す!」とだけ言えど、自身がゴミであることをほぼ絶望的に認識してくれない。この始末。



チルドレン・オブ・ボドムの昔のアルバムをどうしたか

葛屋に邪神ちゃんの15巻を探しに行ったら、チルドレン・オブ・ボドムのブラッドドランクという15年とか前のアルバムが50円で売っていた。買って、帰りの車で1曲目の1番と、6、9、10、11曲目を数秒ずつ聴き、六年ぶりに立ち寄ったコインランドリーの、皆が本を持ち寄っている本棚に置いて来た。
何か戦隊ものの本の上にチルボド乗せてきた。いい感じ。



物理学のデッサン


物理法則ってデッサン崩れてるよな! だって地球人の造形、てか顔面だけでも見てみー、確実に平均的にもっとやりようがあったやろ。いやー物理法則のデッサンが、もうちょいマシだったら、自分達も最低レベルでギリシャ彫刻ぐらいは行ってたのにね! 残念!
個人的には、物理法則のデッサンが、神がカップラーメン3個食った後のどーでもいい感じで思い付いた法則じゃなく、二時間くらい瞑想して慎重に制作したものだったら、自分達(人間)の造形はアニメ絵になっていたって、自分は思っているぜ! ブラザー!

最近は、ネットのおかげで小綺麗なアニメ・ラノベ絵が増えて、素人も小綺麗なイラストを量産しやすくなった感。
でも、見本としてネットに載ってる絵が、人間を見てデッサンを積んだり、ポーズ集や解剖学や関節人形を使って勉強した人のもの、とは限らないからね。実際の肉体に即しているかどうかは、別の話かもしれない。

ま、人間の骨格や身体も、上に挙げた程度の、法則ごとデッサンやべぇ物理学に従ってるから、しゃーないゾ。気楽に生きようぜ。

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