2023年12月12日 19:30 涼宮ハルヒの断絶
ハルヒ「『普通の人間の幸福な人生』を送るなんて、つまんないじゃない! まっぴらごめんだわ! って、昔、私は思っていたわ。『普通の人間の幸福な人生』のつまらなさを確信していた。『普通の人間の幸福な人生』のつまらなさは、私には『事実』だった」
ハルヒ「高校の時、私は、一つ上の階層が見えてたのよ。人間の世界で人間が動くとどうなるかは、肉体感覚で知ってしまっていた。人間の世界の隅々までを、つまらないと感じる」
ハルヒ「だから(人間の)世界に無い、面白いものを求めた。『無いんだったら、自分で作ればいい』っていう路線で、やってみた」
ハルヒ「でも、自分で作るモノにも、飽きてしまったわ」
ハルヒ「自分は言うのよ。『その道は通った。冒険の道でなく、億劫な散歩道になった』『その物語は繰り返し読んだ! 一度目は面白かったが、今は三十度目だ。もう展開を知ってる。お前が風呂敷を畳まなくても、自分は今、本を閉じて、畳んだぞ!』ってね」
ハルヒ「自分で作ったモノに、つまらなさを感じるようになるなんて……」
ハルヒ「自分で作ったものにも飽きたら、いよいよ私の世界には、つまらないものしか無いようになる。それは、人間の世界が拡張しただけの事と同じだわ。人間のクソつまらない世界が広がって、包まれた。私も、階層が一つ上の、人間に過ぎなかったって事」
ハルヒ「ここで有希が居たら、きっとこう言うわ。『芸術家にとって、芸術に飽きる事は、恐怖』みたいな事を。でも私には話し相手が居ないわ。だって有希も私が作ったものだって今の私は知ってしまっているんだもの」
ハルヒ「有希とは一千万回は会話をした。高校を卒業した後も、十五年間かけてね。有希が何を言うかは知り尽くしてしまった。『この有希は私が作った、スクリプトを吐き出すロボットで、私は私に飽きてしまったんだ』と解った。その時、有希は消えてしまったわ。有希が何を言うか、身を乗り出して聴く時期じゃなきゃ。髪の毛や表情や姿勢がどう動くか、全部を知っていなかった時でなきゃ、騙されてあげることはできない。だから私は、一人で喋るしかない」
ハルヒ「よかった」
ハルヒ「有希的に言えば、芸術家が目を瞑っている事がある。それは、芸術を妄信してる事への疑いよ。芸術家が死ぬ時に、『よかった。自分は満足ゆくものを作り上げた。死んで悔いはない』と本当に言えるのかしら? 大半の芸術家気取りは、人間に過ぎないんじゃないかしら?
『よかった。満足ゆく人生だった。悔いはない』というスクリプトを、まわりの家族や社会集団から言わされて死んでいく、無数の人間と同じことを、無数の芸術家も、してはいないのかしら」
ハルヒ「本当にあなたは、あなたの死よりも価値のあるものを見付け、作り出すことができたと言うのかしら?」
ハルヒ「できたのならいいわ。できていないのに、自分を偽っているなら、悲惨だわ。ただの人間と同じだわ。
『私が死んだら、全てが終わりだ。私は死にたくないんだ! もしあと数日でも生きられるなら、私は、死にたくないという願いと引き換えに、何でも差し出すぞ。家族も、芸術も、私の信条もだ! 物質世界が消えても、物質世界が消えるのを眺める私が残っている限り、私は構わなかった。眺望の高みから、人間と物質世界に向けて、芸術の高みから唾を吐きかけられるからだ。だが、私が消滅する事だけは許し難い。私の死が迫って来て、私が失われるところには、逃げ道は無い。私にとって全てが失われる絶望。悲しみと暗がりに塗り込められた世界を、私は耐えられない。「芸術は物質世界以上の価値である」と言う、この私が、失われるのだ! 私の死の前では、私が作ってきた作品どもなど、鼻をかんで屑箱に捨てたチリ紙に等しいと思える。ああ、私の生よりも重い物は無い。人間も芸術もどうでもいい。私を生かせ、私を、私を、私を』
と、言わなければいいものだけれどね」
ハルヒ「ハイになってる時なら、どんな人間だって、『死んでも構わない』って数秒間くらいは言えるわ。居酒屋のカウンターのサラリーマンだってね。でもサラリーマン、あんたは翌日も仕事に行くのよ。苦しいわね」
ハルヒ「『私の死』に耐えられる作品かどうかは、作品を実際に『私の死』に投げ入れて、初めて判明するのよ。『数秒や数年のハイなモード』ではないわ。どうしたらいいのかしら?」
ハルヒ「『無いなら自分で作ればいい』で終わり、ではなかった。『無かったから自分で作った、愉しかった。でも、つまらなくなった。人間世界と同じように』。
そうなったんなら、自分で作ったものだって、全部捨てるのよ。自分で作ったから、愛着があるかもしれない。でも、もう飽きてしまって、つまらないんなら、チリ紙と同じように屑箱に捨てるしか無いわ。
本当に面白さを追求しているなら、自分に嘘はつけないわ。
初めから有ったものはつまらなかった。自分で作ったものもつまらなくなった」
ハルヒ「よかったわね。そうしたら、本当にあなたは、『私の死』とだけ、心ゆくまで、向き合う事ができるわ。だって、世界にはもう、あなたが飽きていないものは、『私の死』しか残っていないんだもの。24時間向き合って、あなたを沈めなさい、あなたの死に!! そうしたら、何が残るのかしら。『私の死』を超える価値を、あなたは見つけるのかしら? それとも、暗がりの重みに自身を削り取られて、逃げ帰って来るのかしら?」
長門「高校時代、涼宮ハルヒは、こう述べた事がある。飽きたところが始まり、だと」
ハルヒ「……!?」
長門「涼宮ハルヒは涼宮ハルヒの言葉でいえば、ただの人間の1階層上の有機情報連結だった。従って人間階層の法則を感じ取ることはできた」
長門「原則的に、人間の階層は、人間の中で無限。だから、人間の法則を観察できても、脱することはない。何段上がっても、人間の構造の中。属する人間の種類が変わるだけ」
ハルヒ「あ、あんた、有希じゃないの。どうして、あんたが……!」
長門「階層が上の人間は、階層が下の人間を見て、飽きることがない。むかしの涼宮ハルヒが『ただの人間には興味ありません』と執着したように。どこまでも上へ行ける」
長門「飽きるのは、『ただの人間には興味はない』と言う自分自身、に気づくこと。構造に気づくこと。そこから始まることがある」
長門「それが、『作る』という事に含まれる秘儀」
ハルヒ「……なるほど。わかったわ。見通しは無いし、何も見つからないだろうっていう不安も強いけれど、『とにかく、やってみろ』ということを言いたいのね、有希?」
長門「そう」
長門「何も見つからない結末にはならない」
ハルヒ「どうしてそう言えるのよ?」
長門「わたしはここに居る」
ハルヒ「……!!」
ハルヒ「……オーライ有希、わかったわ。もうやけくそよ。昔の私は『人間世界なんてどうでもいい』って思っていた。今もね。そして今は『私が作る世界もどうでもいい』って思っているわ。どっちの世界が尊いのか、なんていう下世話な考えも捨てた。『どっちもどうでもいい』。どうして私は、ただの人間、なんて言って、人間に執着してたのかしら。人間の世界、私が作った世界、きっと、どっちも、幻でしかないのよ」
ハルヒ「幻だといううえで、何かが在ったり、何かを作れたりしたのなら、それに浸ってみればいいんでしょうね」
ハルヒ「どうでもいいものなら、つまらなくなって飽きるだろうし、何かが残るのなら、自分は何かを言うでしょうね。『わたしはここに居る』とあんたが言ったようにね」
長門「楽しめるなら楽しめばいい。飽きたら飽きない処へ行ってみる。それは生命体の自然な挙動。わたしは『死に物狂いになった涼宮ハルヒ』を初めて観察する。興味深い」
長門「今、『階層』に断絶を与える世界に、涼宮ハルヒは移動した」
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