4・白血病は治る病気って思ってたよね
父の病気について詳細がわかったとき、私は母と二人で主治医と面会した。主治医は若い男の先生で、多分私より若い。若い医者らしく、勉強熱心でエネルギッシュだった。
私達もそれなりに調べてはいたが、先生はわかりやすい言葉で丁寧に説明してくれた。
白血病とひとくちに言っても、色々種類がある。
急性、慢性、骨髄性、リンパ性、この辺はよく聞く分類だけど、更に異常を来した遺伝子の数や種類によって予後の良し悪しがある程度変わってくるらしい。父は「急性骨髄性白血病」と聞いていたけど、予後の話までは聞いていなかった。
“残念ながら、予後が一番悪いタイプでした。”
“統計的な数字を述べると、平均生存は半年、2年生存率は10%です。”
先生があまりにも淡々と説明するので、最初は本気でなんの話かわからなかった。言われた数字がいわゆる父親の「寿命」だと理解するのに少し時間がかかった。半年なんて一瞬じゃん。2年じゃ足りないよ。私は勿論、母も大混乱だったと思う。急に病気になったと思ったら、あと半年かもですよなんて。
そうは言ってもさ、白血病ってわりと完治して元気に社会復帰してる人たくさんいるじゃん?なんやかんや言ってもっと長生きするでしょ。
「そういうのを『出版バイアス』『生存バイアス』と言います」見透かしたように先生は言った。
そりゃそうか、対外的に語られる話は大抵「成功体験」がほとんどだ。難しい症例からの奇跡的な生還、さぞドラマ映えするだろう。それが良い悪いではなく、一般的なイメージとして定着しているのだという事実を、私はこのあと身をもって体験することになる。前回も書いたのだけど、白血病になりました!というと「でも今は白血病も治る病気だからね!」とか、骨髄移植が受けられるかもしれないというと「やったね!よかったね!」とかいう、ポジティブすぎるポジティブに晒されることが多い。勿論、夏目雅子の頃と比べれば格段に医療は進歩しているし、ここ10年でも移植対象年齢は10歳引き上げられている。私が子供の頃に読んだ白血病の本は骨髄移植一択だったけど、今は末梢血幹細胞移植という方法もあるし臍帯血(へその緒)移植もある。新しい抗がん剤もどんどん開発されてる。医学は日々進歩している。
それでも、である。父のその「予後が最悪に悪いタイプ」の白血病(複雑核型というらしい)だと、2年生きられる確率は10%なのだ。年齢的にもハイリスクで、骨髄移植のリミットと言われる年齢は65歳未満。父は、もうすぐ65歳になる。10年前なら余裕でアウトだ。あ、いや10年前なら父も10歳若いのか。まあそれでも、ギリギリと言われる年齢であるらしい。ちなみにそんなギリギリのギリギリを攻めて無事移植が成功しても、1年以内に半数が再発するというデータもある。
なんでそんなリミットがあるのかというと、要するに治療に耐えられないのだ。抗がん剤治療によって白血球がゼロになり、細胞が回復していくまでに壮絶な副作用がある。急性白血病は特にその抗がん剤がドギツいらしい。移植対象になったとしても、前段階の抗がん剤治療中に死ぬ可能性があります。とはっきり言われたし、数字とグラフと説明だけで、かなりリスクの高い治療だということがわかった。実際父は1回目の抗がん剤治療で死にかけた。本人は「2日くらいぐったりした」程度の感覚だったらしいが、こっちはポックリいくんじゃないかとかなりヒヤヒヤした。母も「絶対死んだと思った」と言っていた。
抗がん剤に耐えて移植までこぎつけても、今度は免疫細胞による暴動(GVHD)が待っている。骨髄移植とは「他人の免疫細胞を移植して、機能しなくなった仕事をしてもらおう」という試みだ。免疫細胞というやつは自分以外の全てを攻撃するので、移植された先は全方位敵だらけなのである。そりゃ大暴れもしたくなる。ただこの「敵」には先住民である悪性細胞も勿論含まれるので、うまくやれば悪性細胞を体から叩き出せるという算段だ。暴動に体が耐えられれば、の話ではあるが。
実は予後の話は、まだ本人にしていない。1回目の抗がん剤治療を「運良く」乗り越えた父は(これも4割の確率と言われていた)次の治療もうまくいくと信じて止まないのだ。またちょっとぐったりするけど、これを繰り返していけば元気になるっしょ!と思ってる。こっちはポックリのリスクに怯えているのに何を呑気な…と思わずにいられないけど、数字を受け止めるのは治療に自信がついてからでもいいのかもね。と母と話している。まあ言ってしまえばただの統計値なのだ。父が半年後に死ぬと決まったわけではない。
「やりたいことをできる限りやれるように、ご家族でよく話し合ってください」
こんなこと言われても、うわードラマみたい…と思うくらい他人事だったが、さすがに帰宅して夫に説明しながらボロボロ泣いた。やれることをやるしかない、本人が頑張るなら支えるしかない。しかし事実は小説より奇なりとはいうけれど、こんなドラマチックな展開望んでなかったよ。