うちにおいでよ
「どうしてこの人まで引っ越すの?」
母の友人とテレビドラマの最終回を見ていて私はたずねた。
別れたカップルの男の方がもう部屋を出て行ったのに、どうして彼女まで出て行くのかが、小学生の私には理解できなかった。
「別れた男と住んでいた部屋にいたくないでしょう」
母の友人はそう言った。
ちなみに彼女は10代で結婚と離婚を経験していた。
男と別れるたびに引っ越しをしていたら大変じゃないか...心の中でそう思った。
十数年後思い知った。部屋どころの話ではない。
同棲していたわけではないのだけれど、仮にしていたとして、引っ越したくらいで気持ちが切り替えられるわけがないことは明らかだった。
街中のそこかしこ、持ち物のひとつひとつに思い出がある。加えて女性は特に香りや湿度など、五感で感じうるあらゆるものに意味を見つけてしまう。
女性は上書き保存、男性は名前をつけて保存とよく言うが、名前をつけて保存の私としては恋の終わり=(イコール)その街を出ると考えた方が良かった。
たまにその場所に戻らなくてはいけない時は心が落ち着かなくなる。
幸せな今があれば、街中に散らばる思い出なんて気にもならなくなるのだろう。
あぁ、残念。今はとても旅に出たい気分。遠くに行きたい。
「うちにおいでよ」なんて、とても私には言えない。