「i」 西加奈子著 ポプラ文庫
主人公アイは、シリアで生まれますがアメリカ人のダニエルと日本人の綾子に養子として引きとられ、愛情をかけられて育ちます。最初はニューヨーク、やがて日本で生活することになります。彼女は、父親にも母親にも似ておらず、他の日本人とも容姿が違います。
アイは、日本人たちの特異な反応にとまどいながら、やがて慣れていきます。彼女を見た人たちは、最初躊躇し、アイが日本語を話すことがわかると安心した表情を見せるのです。
彼女は思います、自分ではなくて他の子が養子として選ばれてもよかったはずだと。もし、選ばれなかったら、アイは、シリアの内戦やISによるテロで命を落としていたかもしれないのです。
アイは、そうした名もない犠牲者がいるのに、なぜ自分は幸せに暮らしているのだろうと思い悩み、世界各地で起こる戦争やテロや災害や事故で死んでいった人たちの数を書き留めるようになります。
そして、アイは、日本語では「愛」、英語では「私」ですが、数学の世界の「i」は、虚数、二乗するとマイナス1になる数です。「i」は、「imaginary number」の「i」です。虚数は、実数ではない・・・つまり「アイは世界に存在しない」と言うことを、アイは、高校1年の数学の授業で知ります。
自分が戦争やテロや災害の犠牲者の中にいてもおかしくなかった、自分は実は存在すべきではなかったのではないかと思うようになるのです。
そんな彼女は、高校の同級生で親友でレスビアンのミナ、進学せずジャズプレーヤーになる内海義也、やがて夫となるカメラマンのユウたちとの関わり合いの中から、「この世界にアイは存在するんだ」ということを確信します。そのシーンがとても美しいです。
ひどい残虐な人たちがいるからこそ犠牲者はいるわけで、残忍な人たちの存在は感じるのですが、主要登場人物の中に、ひどい人が一人も出てこないのです。そんなことがあるのかとふと思いましたが、きっとそういう世界は存在するのでしょう。
この物語全体にながれる繊細さと優しさが心地よいです。美しい物語でした。