「1R1分34秒」 町屋良平著 新潮社
読み終わるのが悔しいと思った小説でした。
主人公の「ぼく」は、C級ボクサーと呼ばれる4ラウンドまでしか戦えない駆け出しのボクサーです。初戦はKO勝ちしたもののその後勝てない。2敗1分。
負けが込むにつれて周りの人がよそよそしくなっていきます。
「ぼく」は、優し過ぎるのです。対戦相手の試合動画を徹底的に研究しているうちにまるで親友になったような気持ちになってしまいます。
そして、考えすぎる。考えているうちに勝てるイメージが浮かばなくなります。この先どうなるのかわからないとき、次の試合が決まり、B級ボクサー(6ラウンドまで戦える)で伸び悩んでいるウメキチがトレーナーになります。ウメキチは、「考えるのはおまえの欠点じゃない。長所なんだ」と言います。トレーニングは独特で、ミットでスタミナをつけずサンドバックとスパーでスタミナをつけるのです。綺麗なボクシングを目指さず、ウメキチは、ムエタイから応用した首相撲のようなクリンチを「ぼく」に教えます。
スパーリングがうまくいかない「ぼく」の中にウメキチに対する苛立ちや怒りが生まれます。「お前のせいだ。お前のせいだ」とウメキチの目の前で涙を流します。この瞬間、「ぼく」の内面の情動が表に流れ出てきて、自分の中に矛盾がなくなったのでしょう。それまでの「ぼく」はいい人すぎた。「苛立ちや怒り」も「ぼく」の大事な一部なのです。
小説は、試合の3日前で終わります。彼が勝ったのかどうかわかりません。でも、彼にはくっきりと3日後のイメージが浮かびます。「ぼく」は、リングの上でなりふり構わず戦うのでしょう。その姿は、不恰好だろうけど、かっこいいはずです。