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「イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち」 澤宮優 著 角川新書

イップスは、例えばゴルフのパターの名手が、原因不明のまま、突然パターが思うように打てなくなるような状況のことです。

医学用語ではなく、「昭和五(一九三〇)年前後に活躍したプロゴルファーのトミー・アーマーがこの症状でパットが上手く行かなくなり、ゴルフ生命を絶たれた。昭和四二(一九六七)年に、彼がこれを「イップス」と名付けたのが始まりだ。(60)」とのことです。

この本は、プロ野球選手、プロゴルファー、医師などの専門家への地道なインタビューをもとに書かれています。

この本に登場する専門家たちは、イップスは、技術の問題あるいは、脳神経の問題(突発性局所性ジストニア)ではないかと主張しており、著者も「大きな不安や恐怖でプレッシャーに押しつぶされて、普段のパフォーマンスができないケースは、イップスと一線を画すべきなのだろう。(2833)」と考えています。

これは、理にかなっているように思います。イップスにかかったアスリートたちは、うつや不安障害などの精神疾患にかかっているわけではなく、特定の状況でイップスを起こす以外は、普通に生活しているわけです。メンタルの問題は加速因子にはなるのでしょうが、根本原因ではないのでしょう。

プロのアスリートの世界は、我々には考えられないぐらいギリギリのところでパフォーマンスを出しているわけです。ちょっとした狂いが大きなミスになり得ます。

「運動選手が上達するためには、ある程度熟練するまで反復練習は大事だが、度を超えた量になると、脳から身体への指令が上手くゆかず、制御不能の状態になることがある(2732)」という状態がイップスなのです。

何かがうまくいかなくなると、プロアスリートたちは徹底的に原因を究明しようとするかもしれません。また、よりハードな練習をして克服しようとするかもしれません。

しかし、それでもうまくいかない。

イップスは、真面目ないい人がかかりやすいという見方もあるようです。考えすぎてしまうのでしょう。

だから、「イップスについて考えない」ということが一つの解決法となるのですが、これが難しい。

例えば、「イップスについて考えない」と考え始めたら、すでに「考え」の世界の中に入っているわけで、しかもその「考え」の中には、「イップス」という単語が含まれていますから、無意識の中の予期不安は消えていないのです。それが自律神経に悪戯をして、交感神経優位状態になり、イップスが起こるということも十分あり得ます。

そこから抜け出すためには、ルーチンを決めて、動きを単純化するということが有効なのでしょう。アスリートは徹底的な練習と経験により身体が動きを覚えているわけです。

元日ハム外野手の森本稀哲は、「それがどんな状況でも一点だけを見て、自分のリズムで捕って投げる(1423)」ことによって、イップスを克服しました。細かなことを考えずに目標とする一点だけを見て投げるということに徹した結果、動作が単純化したのが良かったのでしょう。

イチローにしろ、大谷翔平にしろ、打席に入る時のルーチンがあるわけですが、彼らはルーチンの動作を行った後、身体が勝手に動いてくれるということを信じているのかもしれません。

イップスが起こる時は交感神経が優位になりすぎている可能性があるので、副交感神経を働かせるのもいい方法なのだろうと思います。

プロゴルファーの横田真一は、イップスで不調になりシード権を失います。その横田が、2010年のキャノンオープンの最終日、事前に順天堂大学医学部の小林弘幸教授からもらっていたアドバイスに従って、その辺の草を取ったり、草の匂いを嗅いだりして副交感神経優位にすることにより、猛追する石川遼をかわして優勝し、シード権を再び取り戻すのです。

この成功体験は、大きかっただろうと思います。現在、横田は人気ゴルフ解説者でシニアツアーでも活躍しています。

イップス克服には

  • 動作の単純化。必要であれば、そのためのルーチンを行う。

  • 副交感神経を働かす。

  • 成功体験。

が、有効なのでしょう。

興味深いのは、この本によれば、超一流のアスリートは、イップスになりにくいということがあるらしいです。「何事も、一流になる人は小脳から大脳に行くニューロンをいろんなところで使っていない」とのことで、例えば、プロゴルファー青木功さんは、パットの名手でもあったわけですが、「上りはコンと打って、下りはトンと打って(2080)」という具合だったそうです。

そういえば、確か、あの長嶋茂雄さんが、変化球の打てない淡口憲治にしたアドバイスが「スーッと来た球をガーンと打つ」だったと記憶しています。
天才アスリートは、自然に単純化しているのかもしれませんね。

イップスなのか、メンタルの問題なのかを見分けることは、スポーツ以外の分野でも必要なのではないかと思いました。例えば、テストで実力が発揮できない人、スピーチで固まってしまう人たちの中にもメンタルよりもイップスの観点から考えてみた方がいい場合があるかもしれないですね。これは、研究課題としましょう。

*文中の数字は、Kindle No.


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