「セラピストの失敗」・・・そこまでする???
前回お話ししたHとのセッションでは、毎回のように罵詈雑言を浴びました。
ちょっとでも意に沿わないことがあると、罵詈雑言モードのスイッチが入ってしまうのです。
境界性パーソナリティ障害などの人たちによる攻撃には、対処法があります。
以下は、当時のスーパーバイザーのMから聞いた対処法です。
・相手の言いたいことは、最初の1、2分で終わっている。
・その後、罵詈雑言モードになる。
・罵詈雑言モードになったら、話を聞かない。罵詈雑言は、どの文化でも内容に意味がない。
・罵詈雑言モードでは、普段にも増して非言語メッセージに注目する。言語よりも、表情、声のトーン、呼吸、筋肉の動きの方がはるかに雄弁で、そして正直である。
・こちらの呼吸は乱さない。相手の呼吸は早いはずである。こちらはゆっくりとした呼吸を続ける。ゆっくりした呼吸をするためには、時々自分の足の裏の感覚に注意を向けるといい。足の裏の感覚を感じることができたら、こちらはすでに落ち着いているので、呼吸もゆっくるすることができる。
・顔を上げて相手を見る。正、睨まない。
僕は、70回のセッションの間、ずっとこの対処法を続けました。そうすると、Hの中には怒りだけではなく、その背後には、不安や恐怖、悲嘆などの感情があるのではないかと想像できました。
そうした怒り以外の感情に気づいたら、それを言語化してみるのも一つの手です。
クライアントが、「お前は最低のセラピストだ!日本人にアメリカ人の心がわかるはずはない!お前なんか、さっさと日本に帰れ!$%#&¥*・・・・!!!!!」と雄叫びをあげているとき、クライアントの目の中に一瞬悲しさが宿ったように見えたら、セラピストが「あなたの怒りは伝わったけれど、悲しいという気持ちもあるような気がするんだけど」、あるいは、「あなたの怒りは伝わったけれど、一瞬、あなたが悲しそうな表情をしているように見えました」、「今何か思い浮かんだことはありますか?」などと言ってみるのもありかと思います。
こうした時、セラピストは、ジャッジされ非難され侮辱されているわけですが、そこでこちらが罪悪感を持ち自罰モードになってはいけません。もちろん、こちらに落ち度があったら、反省しなければなりませんが、落ち度に見合った反省はすべきですが、それ以上の自罰は行うべきではありません。
それよりも、むしろ、相手を観察することです。ジャッジされる罪人の立場から観察者の立場に、自分をシフトさせるのです。
観察は、理解するための観察であり、相手をジャッジするためのものではありません。そんなことをしたら、Hのやっている罵詈雑言と同じようなことになってしまいますから、あくまでこちらは、ノンジャッジメンタルに、相手に何が起きているのか想像しながらセッションを進めていくのです。
Hに対しても、そうした姿勢を僕は貫きました。
ある日、Hは無茶な要求をしてきました。「自分には糖尿病があるので、それをケアするための専属のスタッフをつけることはできないか?担当は若い女性が希望だ」と言うのです。心の中では「何が『若い女性が希望だ』だ!」と思っていましたが、もちろんそれは口に出さず、一呼吸おいて僕は「それは僕が判断できることではない。医者に判断してもらった上で、ボード&ケアホームの所長に相談してください」と言いました。
そこで、Hの罵詈雑言モードのスイッチが入るのです。「お前は、俺のセラピストじゃないのか!セラピストは自分のクライアントが苦しんでいる時に手を差し伸べるんじゃないのか!?*#$%&¥!!!!!」です。それでも僕は「No」と言い続けました。Hは「*#$%&¥!!!!!」と言いながらセッションルームを出ていきました。
次の日の朝、僕のオフィスの電話に留守番メッセージが入っていました。Xと言う超高級な病院からの電話でした。なんとHが、そのX病院に入院したとのことです。すぐに僕は、X病院の担当医師にアポイントをとました。
X病院はゴージャスです。Hは、僕を見つけると、「ヨシ(←僕のことです)、こんないいところがあるのなら、なんで最初から紹介してくれなかったんだ」と、フカフカのソファーでくつろいぎながら言うのです。僕は、「そうかい。ドクターとミーティングしたあとで戻ってくるから、話を聞かせてほしい」と伝えました。Hは「ドクターに会うのなら、マリファナを吸うのを許可して欲しいと伝えてくれ」と言うのです。何をか言わんや・・・です。
ドクターは40代後半ぐらいの女医さんでした。彼女が言うには、Hは昨日の晩、「X病院の夜間外来の入口」で、「俺は、セラピストのヨシから虐待を受けた。人生に絶望したので、今からここで死ぬ!」と大騒ぎしたのだだそうで、そうなると病院としても対応せざるを得ず、緊急入院となったのだそうです。X病院は超高級な病院ですからその入院費は膨大なものになるのですが、それは市が負担することになります。
Hは病院のスタッフに「マリファナを吸わせてくれ」と盛んに懇願していたのだそうです。「さっき、僕も言われましたよ」とドクターと看護師に伝えました。「院内はタバコもマリファナも禁煙よ」と、笑いながらドクターが言いました。別れ際に、ドクターと看護師からは、「ヨシ、あなたも大変ね」と労いの言葉をかけられました。
ドクターに会う前には、「こういうことがあると困ります。もっとしっかり、管理してください。二度とこうしたことは起こさないようにしてください」とでも言われるかと予想していたのですが、そうしたことは一切ありませんでした。みなさん、境界性パーソナリティ障害の人への対応は一筋縄ではいかないことを知っているので、お互い協力してやっていきましょうという雰囲気があるのです。
ちなみに、今回の事例は、「セラピストの失敗」に当たるのかどうか疑問です。僕としては、やれることはやったと思うのですが・・・。
「若い女性を専属スタッフにして欲しいと言う気持ちは、わかります」とでも言えば良かったんですかねぇ?「若い女性を専属スタッフにして欲しいのですね?」とオウム返しをすれば良かったのでしょうか?
仮にそうした対応をしても、Hは「じゃあ、スタッフを雇ってくれるんだな!」・・・ってなことになっていたでしょう。そして、会うたびに「若い女性スタッフは、いつくるんだ!」と言われることになるでしょう。そして、ある時、「若い女性スタッフの話はダメだったよ」と答える時が必ずくるわけで、そうしたら、やはり、夜中にX病院の夜間外来の入口で、「俺は、セラピストのヨシから虐待を受けた。人生に絶望したので・・・」と叫ぶのかもしれないですね。
ちなみに、Hはその後何日かして開放病棟に移った時、「マリファナを吸いたい」がため、病院を脱走し、すったもんだの末、退院することとなりました。