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「遺体」 石井光太 著 新潮文庫
釜石市において、東日本大震災・津波直後の数週間に起きたことについて書かれたルポです。
この本は、だいぶ前に買い、ずっと読めずにいた本です。
東日本大震災に伴う津波による死者・行方不明者は1万8千人。
その犠牲者たち探し見つけ出し、安置所に運び、身元確認をし、火葬をする、何人もの人たちがいました。葬儀社のOBおよび現役社員、医師、歯科医師、歯科助手、僧侶、消防士、自衛隊員、消防団員などの人たちです。
例えば、民生委員の千葉淳さんは、当時すでに定年退職していたのですが、膨大な数の犠牲者が安置所にいることを知ります。「安置所に必要なのは遺体の扱い方を熟知し、葬儀社をまとめて火葬までの道筋をつけることのできる人間」で、「家族の動揺を最小限に抑え、滞りなく火葬場へと運んでいかなければ、大量の遺体がひきも切らずに見つかるこの事態を乗り越えることはできない」ことから、「葬儀社で働いていた自分であればその手伝いができるのではないだろうか(p.22)」と考え、自ら、安置所となっている旧二中(釜石第二中学校)の指揮を取ることを市長に申し出ます。
遺体は、消防団員や自衛隊員が運び込みます。
釜石医師会会長だった小泉嘉明さんや釜石歯科医師会会長鈴木勝さんらは、臨床現場の医師なのですが、本来は法医学者・法歯学者が担当するはずの検死を行います。歯科助手は、その作業を手伝うとともに家族からの話を聞きます。
遺体が津波による溺死であれば、肺や気管に海水が大量にたまっている(p.45)ので、胸などを押すと、液体が溢れてくるのだそうです。その溢れてきた液体を拭き取って検死を続けるわけです。また、歯の裏に黒い砂がぎっしりと詰まっている(p.37)ことが多く、それは、津波の凄まじさを実感させるものだったそうです。
また、消防団員や消防士や自衛隊員らは、被災者の救助に行きますが、救助できなかった場面にもたくさん遭遇します。
やがて、遺体の腐敗が進み、大量の棺とドライアイスが必要になります。それらをなんとか調達するのは葬儀社の人たちでした。
また、膨大な死者により火葬場が足りなくなるのですが(火葬場自体も被災している場合が少なくない)、他県秋田県や青森県で火葬を行なってくれることになり、死者を葬ることができたのだそうです。
この本を読んで、当時現場で被災者の救援と死者の安置・検死・埋葬に関わった人たちに、改めて頭が下がる思いがしました。
僕の知り合いにも被災した人はいましたし、女性消防士として志願して救援活動に行った人もいました。その女性消防士が言っていたことを思い出します。
「被害者のご遺族は、救出されたときには、大抵静かに座っていらっしゃいます。でも、救急車で避難所まで運んだ際、救急車の中で1対1で座っている時、急に『娘が、流されたんです』と泣きながら延々と訴えてきた女性がいました。その女性は、避難所に行くと、また静かに座るのです」
震災と津波のことを忘れないようにしたいと思います。そして、この本は、新たな遠野物語の一つだと思いました。
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