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ろくろをまわす

低い声で「◯です」と言う。聞き取れなくて、当時よくかかってきたセールスの電話かな?と思いました。

僕は、少々ぶっきらぼうに「すみません、もう一度お願いします」と言いました。

「◯です。◯▲▲です」との声。

あっ!しまった!  冷や汗が出ました。
電話は、俳優の◯▲▲さんからだったのです!

僕は、慌てて「今、父は留守です。父が帰ったら、こちらからお電話します」と答えました。

当時、スマホもガラケーもない時代ですから、連絡は全て家電です。
大学時代、朝授業のない時、あるいは、サボっている時、よく父の仕事の電話を受けたものです。

業界特有の用語も覚えました。例えば、「かかわらず、6時」と言われたら、天候に関わらず、6時に現場集合と言うことです。間違えたらいけないので、ちゃんとメモして、電話の横に置いておくのです。

また、時には、俳優さん仲間からも電話が来ました。何度か家に来られた俳優さんは、すぐに声でわかったのですが、◯▲▲さんの声を電話で聞くのは初めてでした。

◯▲▲さんは、当時超人気の俳優さんで、僕も「かっこいいなぁ」と憧れていた人でした。

何日かたって、その◯▲▲さんが我が家を訪ねてきました。父と◯▲▲さんは、芝居と映画やテレビの演技の違いについて語りあっていました。◯▲▲さんは、静かに「映画やテレビでは、劇場の芝居と同じようにすると大袈裟になる」みたいなことを言っておられました。

僕は、その日休みで麻雀に出かけるところだったのですが、出かける前に◯▲▲さんにご挨拶しました。もう、ドキドキです。

すると、父が突然、
「こいつは、大学で勉強していますが、将来どうなっているのか?どこかで、ろくろでも回してるかもしれないですね」と言うのです。

いやいや、当時僕は、「大学を卒業してまっとうなサラリーマンになって、要領よく出世するんだ」と思っていたので、父に対して、なんてこと言うんだ!と心の中で思いました。

すると◯▲▲さんが、じっと僕の方を見て、「ほう、陶芸家ですか・・・」と言うのです。

「いやいや、とんでもありません」としどろもどろだったのですが、◯▲▲さんと父は、僕の動揺をよそに演技の話に戻っていきました。

僕は、なんか恥ずかしかったんです。◯▲▲さんも父も「演技」について「俳優という仕事」について、「テレビや映画や芝居」について熱くしかも楽しそうに語っていました。僕は大学には入ったけど、勉強もせず麻雀三昧で、将来も適当にサラリーマンで食っていこうと思っていたのです。本気でやっている人たちの前では、なんか自分が薄っぺらく見えました。

でも、父は、なんで「ろくろでも回しているかもしれない」なんて言ったのでしょう?僕は、別に陶芸に興味はありませんでしたし、父との会話で「陶芸」の話が出てきたこともありませんでした。そもそも、陶芸家になるのだったら本気で修行をしなければなりません。なんで突然「ろくろをまわしているだろう」なんて言葉が出てきたのでしょう?

そもそも、僕はいい加減に大学に通っていましたし、当時一番熱を入れていた麻雀も素人の域を出ず、結局全て中途半端だったのです。

今から思い出してみると、父は、僕がサラリーマン人生を途中でやめるだろうということを予見していたのかな?とも思います。父は僕の将来の進路については何も言いませんでしたけど、「お前には、サラリーマンは向いてないよ」って思っていたのかもしれません。

陶芸家にはなりませんでしたがね。でも、向いていないサラリーマンを15年も勤めたんだから、たいしたものだ!と自分を褒めておこう!


マガジン「父のこと」は、一旦終了していたのですが、最近思い出すこともあり、これからも少しずつ書いていこうと思います。



*陶芸家のイメージでChatGPTに描いてもらいました。


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