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父のこと3 嵐を呼ぶ男
「嵐を呼ぶ男」
僕が5歳の時のことです。
ある日、父が突然、僕を映画に連れて行くというのです。母と3歳の弟は留守番でした。
映画に行くのも、もちろん父とふたりだけで映画を見るのも初めての体験でした。映画は、石原裕次郎さんの「嵐を呼ぶ男」です。当時、石原裕次郎さんは、大変な人気で、リバイバル上演なのに、住んでいた鹿島田の駅前映画館の前には、お客さんの長い列ができていました。
ところが、僕たちはその列に並ばないですんだのです。父によれば、「出演者通用門があるんだ」とのことで、長い列の横を、するっと抜けて映画館に入ることができました。みんなが見ているので気恥ずかしかったのですが、ちょっと得意な気持ちにもなりました。
父と僕が席に着いたときにはもうお客さんがたくさんいて、すぐに満員になり、立ち見も出る状況になりました。昭和30年代のことですから、映画は娯楽の王様だったんですね。映画が始まる前から、お客さんの熱気が僕たちの席まで伝わってきました。中には、ほろ酔い加減で映画を見に来ていた人もいました。その中のひとりが、映画が始まる前から大きな声でしゃべっていました。
父と僕は、ちょうど真ん中の「出演者特別席」に座っていました。実は、「出演者通用門」も「出演者特別席」も父の法螺話で、要は、あらかじめ指定席を買っていたというだけのお話だったというのは、大人になってから気づきました。
5歳の僕は、そんなことも知らず、真ん中の「出演者特別席」に座り、ワクワクして映画が始まるのを待っていました。
ところが・・
映画が始まると、人間の心理として、どうしても主人公に同一化してしまうんですね。僕は、当然のごとく、石原裕次郎さんになっているわけです。「オイラは、ドラマー」です。
そして、父は、映画の中で石原裕次郎さんと敵対し、いじめる役でした。なにしろ、父は、映画俳優をやる前はボクサーだったものですから、その特技を生かして、ギャング役を演じていました。帽子を被り黒いスーツを着た猫背で少し太めの父は、いかにも悪い奴の空気を醸し出していました。
「嵐を呼ぶ男」では、石原裕次郎さんが悪党どもと戦うシーンが出てきます。その中の一つのシーンでは、悪辣なギャングの父が裕次郎さんを騙して呼び出し、卑怯にも不意打ちで殴りつけるのです。腰が入ったフックの連打で、裕次郎さんをゴミ置き場に向かって殴り倒しました。
そして横を見ると、あの「悪い奴」がいるわけです。なんとも困った状況でした。裕次郎さんに同一化している僕は、隣に座っている父にうらみのこもった目を向けましたが、父は満足そうに画面を見ているのです。
父ら悪党どもが乱暴狼藉を働いたり、卑怯な騙し討ちをするたびに、観客たちが怒り興奮するのがわかりました。僕は生きた心地がしませんでした。「皆さま、申し訳ございません」なんて思っちゃったんですね。もう、その後は、映画どころじゃありません。終盤でドラマーの石原さんの手をギャングの一人がレンガで潰すというシーンがあります。つい最近まで、そのギャング役が父親だったと思っていたのですが、そのシーンを演じていたのは、別の役者さんでした。
映画が終わり、外に出ると、皆さん興奮した面持ちで、しかも、皆さん石原裕次郎さんになっているんです。その中を僕と父は帰って行ったのですが、映画館から出てきた、ポケットに手を突っ込んで、少し猫背になってタバコを吸いながら歩いている石原裕次郎さんたちが父を見つけ、「あっ、あの悪役だ!」なんて言いながらこっちを見ているのです。
僕は、「いやー、あのー、この高品格さんという方と歩いているように見えるかもしれませんが、僕は通りすがりの者で、たまたま同じ方向を歩いているにすぎず・・」なんて心の中で言い訳しながら父の後ろをちょっと離れて歩いて帰りました。
よく皆さんに、「お父さんが役者さんだったのに、なんで、そっちの道に行かなかったの?」と、聞かれます。でも、最初の映画体験が、これですからね。役者になろうなんてことは、全く思いませんでした。
父がなんで、「嵐を呼ぶ男」に、僕を連れて行ったんだろうと、当時は思っていたのですが、今にしてみれば、あの映画の中の悪役は、父にとっては、快心のできだったのでしょうね。
今、家にあるDVDで「嵐を呼ぶ男」を観ると、父は、なかなか迫力のある悪役です。父も、自分の最高の演技を長男の僕に見せたかったのでしょうね。でも、幼稚園でしたからね、「いくらなんでも、ちょっと早すぎだよ、オヤジ」と言いたいです。普通、最初の映画っていうのは、ディズニーかなんかですからね。
今でも、「嵐を呼ぶ男」のカラオケには、例の父が裕次郎さんに殴りかかるシーンが出てきます。さすが、元ボクサー、いいパンチをしております。父が言うには、「裕ちゃんも、いいパンチしてたよ」とのことでした。
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