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トロント映画祭2024日記 Day3

7日、土曜日。昨夜は1時に就寝し、今朝6時にアラームで起こされるまで熟睡した!もう生まれ変わったかのように爽やかな気分。外も快晴で気持ち良すぎる! 

とはいえ8時に出発するはずが、パソコン仕事が長引いてしまい、8時25分に出て最寄駅までダッシュ。セント・アンドリュー駅に9時10分着。スタバまで超早歩きで向かい、グランデのコーヒーとマフィンサンドを買い、シネコン「Scotiabank」まで超早歩きで、到着が9時28分。9時半の関係者向け上映(P&I上映)にギリギリ間に合ったのだけど、まあ大丈夫だろうと思っていたら400キャパくらいの広いスクリーンがびっしり満席。最初は入場させてくれず落胆しかけていると、何とか入れてもらえて、ああ最前席でもやむをえないかと思いつつ見回してみると、中央ど真ん中にひとつ空席が見えた。「そこ、空いてますか?」って遠くから声をかけたら空いていた!
おそらく1番最初に入場してもそこに座っただろうという完璧な席に座ることが出来た。こういうとき、映画祭の神様は僕についてくれているなあとつくづく思う…。 

これだけ混んでいたのは、ペドロ・アルモドバル新作『The Room Next Door』(扉写真)。ベネチアコンペにも入っている話題作だ。ジュリアン・ムーアと、ティルダ・スウィントンの共演。

ティルダ・スウィントンが扮するのは、元戦場ジャーナリストで末期ガンを患うマルタ。ジュリアン・ムーア扮する人気作家のイングリッドはマルタの旧友で、マルタの病気を知り病院に駆け付ける。マルタを励まし、旧交を温める。やがてマルタはイングリッドにあるお願いをする…、という物語。

アルモドバルの、あまりに甘美な映像世界。リアリズム映画が跋扈する昨今の映画(祭)において、隅々まで鮮やかな原色に彩られた画面と、計算し尽くされた構図、情感漂うクラシック音楽に静的で演劇的なセッティングは、極めて精緻で優れた工芸品の輝きをまとい、特異な個性を放っている。そこに現代社会における死生観を真正面から問いかけ、アルモドバル芸術のひとつの到達点とも言えるかもしれない。もちろん2人のスター女優の共演も堪能できる本作は、世界中で共感を呼ぶはずだ。

アルモドバルの新たな傑作を、最高の席で観られた奇跡を噛みしめる…。

ところで、上映中、会場の前方の両脇に一人ずつ、監視員がスクリーンを背にして客席に向かって立っていた。まるでコンサート会場のセキュリティーのように。客席を監視し、そしてときおり暗視スコープで客席を見ている。こちらの視界に入るし、正直言ってかなり気になる。

しかしおそらくこれは映画祭の方針ではなくて、出品側の要請なのだろうなと想像する。メジャーな映画会社が映画祭での上映に対して全観客の携帯を預かるか、場内監視員の配備を要請することがたまにある。映画祭としてはなかなか応じづらいのだけど(数百人の携帯を預かるオペレーションは悪夢だ)、やむを得ない場合もある…。

続いて、12時10分から、フィンランドのテーム・ニッキ監督新作『100 Liters of Gold』。テーム・ニッキは、東京国際映画祭勤務時代に、『ペット安楽死請負人』(17)をコンペに招聘したことがあり(脚本賞を受賞した)、追いかけたい才能の1人なのだ。スクリーンの入場口に、『ペット安楽死請負人』のプロデューサーと、フィンランド映画協会の旧知の方がいらっしゃって、久しぶりの再会を喜ぶ。

"100 Liters of Gold"

本作は、お酒にまつわるドタバタ風味の人情コメディ。フィンランドの伝統的飲み物でSahti(サハティ)という黒いお酒があって、ビール(エール)の一種なのかな。フィンランドの田舎ではこのサハティを自家醸造する文化があり、冠婚葬祭には欠かせないというのが、まずは背景。この極上のサハティを作って地域で販売するふたりの飲んだくれ中年姉妹が主人公で、ウェディングのために大量のサハティを用意せねばならなくなり、悪戦苦闘することになる物語。何かあるとすぐに飲んじゃう姉妹のキャラクターが抜群に面白く、爆笑シーンもてんこ盛りであるのに加えて、この未知のサハティなるお酒を飲んでみたくなってたまらなくなる!

続いて、トロント映画祭の拠点である建物「TIFF Lightbox」に移動。各階に上映スクリーンがあり、入退場時の混雑をスムーズにさばくために、実に複雑な列作りが工夫されていて、ボランティアスタッフが縦横無尽に活躍している。長年の映画祭運営の汗と工夫と努力の結晶を見る思いがする。

14時半から2階のスクリーン3にて、「プラットフォーム」部門に出品のタルラ・H・シュワブ監督による『Mr. K』という作品。

"Mr. K" courtesy of TIFF

売れない中年男性マジシャンが、宿泊したホテルから出られなくなる物語。ホテル内の通路は迷路のようであり、男は晩餐会に紛れ込んだり、厨房で働かされたりして、ホテルから出られない。やがて脱出通路を狂ったように紙に書き出し、徐々に状況はカオスとなっていく。

事前知識無く見たのだけど、早々にこれは不条理劇なのだなと理解し、となるとタイトルのMr. Kとはカフカのことなのかと合点が入ったりする。上映後に答え合わせでHPを見てみると、具体的な作品の翻案ではないようで、とはいえカフカの世界観を下敷きにしているとのこと。 工夫を凝らした意欲作だ。

16時10分に上映が終わり、外に出る。早朝の爽やかな好天から一転して、曇天で風が強く、肌寒くなっている。9月の今の時期は、まさに季節の変わり目なのだろうと思わせる。幸い防寒は備えているので、問題なし。Sotiabankシネコンに戻る。今日は、このシネコン内のコンセで売っているホットドッグを試してみることにする。5.5ドル、630円。ソーセージが大きくて、美味!これは毎日リピートしそうだ。

17時半からの上映を見るべくスクリーン3に入ると、他スクリーンのQ&Aの音声が混線してこちらのスクリーン内に響き渡るトラブルがあり、上映開始が遅れる。シネコンで壇上トークをする場合に、ごくまれに起こることであり、僕は日本ではよりによってレオス・カラックスのトークのMCをしている時に外の花見イベントの実況が混線して焦りまくった経験があり、そんなことを懐かしく思い出す。

おそらくは機材の調整の都合で、30分遅れて上映開始。コロンビアのセサル・アウグスト・アセベド監督新作の『Horizonte』。アセベド監督は、『土と影』(15)がカンヌの新人監督賞「カメラ・ドール」を受賞し、コロンビアのアート映画シーンの隆盛に一役買った存在だ。新作はトロントがワールド・プレミア、「ディスカバリー」部門に出品されている。

"Horizonte"

現代コロンビアを揺さぶり続けた山岳ゲリラによる残虐行為を、元ゲリラの男とその母のふたりの亡霊が振り返り、果たして償いは許されるか、見つめていく。暗い画面に暗い声のモノローグが被さるだけの時間が長く続き、壮絶に陰鬱である。徹底された陰鬱さであり、観客も辛抱を強いられる。映画祭が客を鍛える作品であると言える。

しかし、前半を乗り越えると、映画の地平が徐々に広がり、ドラマ性が開けていく。テーマが深刻なので映画が明るくなることは決してないが、画面自体は明るくなり、視野が広がり、因果を超えた魂の探求に惹き込まれていく。『土と影』ではワンシーン・ワンショットが印象に残っているけれど、本作ではより自在な撮影を駆使しながら、観客を惹き込んでいく力量は健在である。深刻な主題を美学でウォッシュすることなく、それでも魅せる映像を通じてヘヴィーを貫徹した監督の作家性に脱帽する。

20時に上映終わり、そのままSotiabankシネコンに留まる。自由に使える(と思われる)ラウンジがあり、空き時間にパソコンを叩けるのでとても便利だ。ということで、持ち歩くことにしたパソコンを開き、この日記を少し書く。これはいいな。少しずつ、トロントの効率的な過ごし方が掴めてきたみたい。

21時30分からカナダのジェイソン・バクストン監督新作『Sharp Corner』。僕はバクストン監督の事を知らなかったのだけど、青春スリラーの『Blackbird』(12)という作品でカナダの期待の監督とされた存在であり、しかしそれから12年振りの長編2作目となったのが本作であるらしい。「スペシャル・プレゼンテーション」部門に出品されている。

"Sharp Corner" Copyright Corey Isenor

『Sharp Corner』は上出来の心理スリラーなので、できれば内容を書きたくない…。とはいえ日本公開を控えているわけではないので(いまのところ)、少しだけ触れると、憧れの郊外の一軒家に引っ越した夫婦の物語。最初は、ホーンテッド・ハウスものかな?と思いながら見始めたら、さにあらず。新居の前の道路で自動車事故があり、夫はそこで奇妙なオブセッションにとりつかれてしまう。そして事故を期待するようになる…。

いいところに目を付けたなあと、発想の新しさに胸が躍る。夫が徐々に変化していく様子を違和感なく見せる脚本が上手い。サプライズで驚かせる演出も巧みで、堕ちていく夫役のベン・フォスターも絶妙。これは拾い物だった!

一日の終わりに見るには最適の作品で、気分上々で劇場を出る。気温がさらに下がっている!20度は軽く切っていると思われ、体感は15度くらい。ジャケットでは寒い。明日はコートを着よう。 

帰宅して0時半。少しパソコンに向かい、1時半に就寝。

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