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サンセバ映画祭2022日記Day7

22日、木曜日。6時起床、ルーティンこなして、7時40分に外へ。本日も好天の予感。
 
今朝は目の前でバスを逃してしまい、悔しい思いをしたのだけれど、バス停には電光掲示板があって、自分が乗りたい次のバスが何分後に来るか分かるようになっているので、余計な焦りを抱かずに済むのがいい。日本は公共交通機関が時間通りに来て便利と言われるものの、東京でこんなバス停の機能は見たことが無い。小さな町だからできるのかな。ありがたい。
 
8時半からのコンペ作品を観るべく「クルサール」会場に向かう。『ナチュラル・ウーマン』で2017年のベルリン映画祭金熊賞を受賞したセバスチャン・レリオ監督の新作『The Wonder』。Netflix作品で、検索すると、『聖なる証』という日本語タイトルがついたビジュアルが出てくるけれど、日本でいま鑑賞可能なのかはちょっと不明。

"The Wonder"

19世紀後半のアイルランドの村が舞台。3ヶ月間、何も食べずに生きているという少女が聖人視されている。ロンドンから女性のナースが当地を訪れて少女を観察する使命を与えられる。果たして少女は本当に奇跡なのだろうか…、という物語。
 
このネタひとつで映画一本もつのだろうかと思いきや、見事にもった。殉教を美談とする宗教を批判し、尊大な男の権力者たちを醜悪に描く。毅然とした態度を貫くナース役のフローレンス・ピューが素晴らしい。
 
上映終わり、今日の午後にどうしてもオンライン予約でエラーになって取れないチケットがあるので、どこかで問い合わせが出来ないかどうか、探してみる。
 
すると、毎日通っていたメイン会場である「クルサール」の地階に、プレスセンターを発見した!みんなそこでくつろいでパソコン開いたりコーヒー飲んだりするスペースがあることを知った!何ということ。滞在1週間にして初めてこの場所の存在を知るとは…。
いやあ、いかに今回の自分がただの観光客であることが露呈してしまったなあ。

記者会見場もここにあった。会見はどこでやってるんだろうとは思っていたのだ。ハハハ。もう自分は明日が最終日なのに…。バル巡りにうつつを抜かし過ぎたかな。

とりあえず、プレスセンターのフリーのコーヒーを頂きながら携帯に日記をメモしていると、スペイン人の記者の男性が話しかけてきて、東京国際映画祭を数回訪れて僕の顔を知っていてくれたみたいで、ありがたかった。もっと早くこの場所に気づいていれば。来年はもっと有効活用しよう!
 
11時半からコンペで、ホン・サンス監督新作『Walk Up』。ベルリン以来のホン・サンスだ。大抵1年に2本はホン・サンス作品を観る機会があるので、その2本目にサンセバで出会えるのが嬉しい。

"Walk Up"

今回の主演はお馴染みクォン・ヘヒョ。映画監督役。三階建てのビルの地階から屋上までの各階が舞台となり、建物の入り口付近を映す時以外は、全て屋内のどこかの階の食卓を挟んだ会話で進行する。トレードマークのお酒のシーンも、今回はとりわけ多い。時制を飛ばしたり、あるいは時制を少し捻ったりして、監督と複数の女性との関係が描かれる。これといった際立つ主題を打ち出すことはせず、人間関係の推移の面白さを、ホン・サンスならではの感覚で見せてくれる幸せな一本だ。
 
バル街でサンドイッチを一個食べて、14時15分からの「新人監督」部門で、『On Either Sides of the Pond』というインドの作品へ。
 
だあー。英語字幕無い!マジかー。この時間帯のこの部門のこのスクリーンは必ず字幕があったので、全く警戒していなかった。スタンダードサイズの映像が良さそうな雰囲気だったので、猛烈に悔しい。くっそー。スペイン語字幕入りの素材に、英字幕はスクリーン外に投影するスタイルで、コスト削減のために英字幕無しの上映も強いられているのだろう…。事前にちゃんと調べておかないこちらが悪いけど、かなりの出費を押して遠く海外からくる人も想定して、全上映に英字幕をつけてほしい…。でもまあ、こちらが悪い。
 
5分で出て、どこかカフェを探すことにする。トボトボ歩きながら、その昔「駅前留学」を売りにしていた語学学校のスペイン語の体験レッスンに一度だけ参加したことがあることを思い出した。数十年も前だけど、あれから続けていたら、スペイン語字幕くらいは読めるようになっていただろうなあ。
 
ボヤいてもしょうがないので、カフェに入って作品鑑賞メモをノートに書く作業に没頭する(書かないと、見た内容をすぐに忘れてしまうので)。
 
ところで、サンセバは食の街でもあるからか、映画祭に「キュリナリー(食)」部門がある。ベルリンにもかつて存在したのだけど、新体制下で無くなってしまい残念に思っていたところ、サンセバにはまだあった。サンセバは食にまつわる作品を5本上映し、別場所で食べるイベントもついているらしい(詳細はよく分からない)。
 
その5本のうちの一本が、中江裕司監督新作『土を喰らう十二ヶ月』。僕はサンセバで日本映画を見ることは無いと思っていたのだけど、ちょうど時間が合ったので本作を見ることにしていた。先の上映を途中で出たから見るのでは無くて、当初からの予定。でも、英字幕が無くたっていいぞ、と気も大きくなる。
 
プレミア上映は昨日済んでおり、本日の16時15分からの上映は小さい劇場で、特にゲスト登場は無い模様。

『土を喰らう十二ヶ月』

『土を喰らう十二ヶ月(英語タイトルは「The Zen Diary」)』は、これほど一般の外国人に見てもらいたい作品も珍しいと思わせる内容。信州の美しい四季と、清潔な日本家屋、そして質素でいてとても美味しそうな精進料理の数々は、サンセバの観客の心を鷲掴みにしたに違いない。松たか子さんが料理をひと口食べて「ああー、美味しい!」と小躍りするたびに、客席から温かい笑いが起き、喜びを共有していることに嬉しくなる。
 
おそらく僕も日本で見るのとは全く違う気持ちで見ていたはずで、昨日のプレミア上映に行くべきだったなあと少し後悔しつつ、とても貴重な体験を噛み締める。
 
続いて、徒歩で15分くらいかかる別会場に早足で移動して、18時半から「Official Selection」だけど賞の対象にはならない『Tax Me If You Can』(扉写真も)というフランスのドキュメンタリー。またもやスペイン語字幕だけだったけれど、中身はフランス語と英語の作品なので、一応なんとかなる。
 
コロナ禍の世界において、医療費に予算が回らず、各国が苦しんでいる現実からスタートし、どうして国の税収が足りないのかという問題提起がなされ、巨万の富を得ている多国籍企業がいかにタックス・ヘイヴンを利用して課税から逃れているかを検証し、告発する作品。

"Tax Me If You Can"

克明なリサーチに基づく課税回避のスキームの説明や、専門家や識者たちへのインタビューで構成される。そもそもタックス・ヘイヴンとは何ぞやという解説から始まり、アマゾンやアップルの「やり口」を紹介し、課税を逃れている「詐欺的」金額がいかに天文学的数字であることを指摘する。情報量があまりにも多く、全てを理解することは出来ないものの、絶望的な気分になる重要なドキュメンタリーだった…。
 
頭を抱えて劇場を出て、バル街に向かう。昨夜までは手当たり次第に入っていたのだけど、教えてもらった有名店に、せっかくだからトライしてみる。

到着すると、長蛇の列で、なるほどさすが。それでも30分くらい並ぶと店内に入ることができて、カウンター席に座り、白ワインと、キノコが美味しいシーズンだと聞いていたので、キノコの盛り合わせを頼んでみる。
 
隣席の男性もひとりだったので、それとなく話しかけてみると、そこから怒涛の会話ラッシュとなった!NY在住のアメリカ人で、映画祭とは無関係でパリへの出張の前にたまたまサンセバに立ち寄ったとのこと。

そこから互いの国の文化の話になったり、キャンセル・カルチャーの話になったり、なんと彼の親友がハーヴェイ・ワインシュタインのアシスタントをしていたという話になったり、日本の「国葬」について聞かれたり、とても盛り上がる。僕が「トランプは次期大統領になると思う?」と尋ねると、「まあ超有力候補であることは間違いないね」と答えていると、後ろの席にいた男性が「ちょっと聴こえちゃったのだけど、いいかな」と割り込んできて、その彼はLA在住のアメリカ人で、そこから侃々諤々のアメリカ政治談議がそのふたりの間で繰り広げられ、間に挟まれた僕は全く口を挟めないものの、この上なく面白い…。
 
結局2時間以上を彼らと過ごし、互いに惜しみながら、お別れ。これもバル巡りの醍醐味だなあ、としみじみと噛みしめる。一期一会だ。映画祭にばかり入り浸ってはいけないのだな、と感じ入る。
 
ホテルに戻って23時。かなり酔ってしまったのだけど、何とかブログを書いてみる。明日はいよいよサンセバ滞在最終日。寂しいけど、最後までエンジョイしよう。
 
あ、ちなみにキノコ盛り合わせは超美味!真ん中に生卵が乗っていて、それを崩しながらキノコに和えて食べると、もう天国。







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