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トロント映画祭2024日記 Day8

12日、木曜日。5時半に目覚めてしまい、本日はスタートが少し遅いのでもうちょっと寝たいところだったけど、2度寝できる気配が無いので、起床。本日の上映の確認をする。
 
最初は煩わしいいと思ったトロントのチケットシステムだけれど、慣れてみるとそれなりに便利。マーケット登録者には事前に割り当てられた25枚の無料予約の権利に加え、毎朝8時に当日券にアクセスできる。また、既に予約した25枚のうち、総数を増やさない形で、チケットを別の上映のものと交換することができる。つまり、映画祭が後半になって、話題の作品などが出て来ると、それが取れてない場合に手持ちのチケットと交換したり、当日券を狙ったりすることができるのだ。
 
と、くどくど書いているのは、来年にまたトロントに来ることになった場合の自分への申し送り。今朝は、これからの3日間の自分のスケジュールを見直して、見るのを止める作品や、新たに追加したい作品を確認して、サイトにアクセスして調整。まずまず整った感じ。
 
ところで帰国は15日の日曜なのだけど、利用エアラインのエア・カナダのパイロットが日曜日にストライキをするかもしれないというニュースを聞き、むむ…、となる。確認せねば。
 
9時半に家を出る。本日も穏やかな気候で、快晴。とても気持ちいい。コート不要。

「Scotiabank」シネコンに行き、9時35分から『Hold Your Breath』。「スペシャル・プレゼンテーション」部門で、キャリー・クルーズ&ウィル・ジョイネス監督コンビによる初長編作品であるとのこと。

"Hold Your Breath" Searchlight

舞台は1933年のオクラホマの辺境地で、集落の一軒家に母親と二人の娘が暮らしている。地域は砂嵐に悩まされており、砂塵の被害が人々を蝕んでいる。娘たちは「グレー・マン」という怪物の伝説を恐れ、グレー・マンが混じった砂を吸い込んでしまうと、体の内側からひどいことになってしまうという。気が付けば、外に人影が…。そして毅然としんどい暮らしを守っていた母親の様子が、徐々におかしくなっていく…。
 
まっとうに作られた、スリラー・ホラー。ホラーというか、スピリチュアル系なのかな。ジャンル分けが難しい。それほど怖いわけではないけれど、砂嵐の迫力はなかなかで、90分を楽しませてくれるシンプルな娯楽作。
 
続いて12時から、『ある女流作家の罪と罰』(18)で知られるマリエル・ヘラー監督新作の『Nightbitch』(扉写真も/Copyright Searchlight Pictures)。すごいタイトル。ヘラー監督で主演がエイミー・アダムスと知ったら、もう見逃すわけにはいかず、今回のトロントでとても楽しみにしていた1本。「スペシャル・プレゼンテーション」部門で、トロントがワールド・プレミア。

"Nightbitch" Copyright Searchlight Pictures

内容はあえて知らずに見たのだけど、タイトルから受ける印象とは全く別物だった!エイミー・アダムスが扮するのは、2歳の息子の育児に必死の毎日を過ごす母親。もともと画家の彼女は自分のキャリアを犠牲にして家に入り、自分に知性が無くなったと嘆き、息子を溺愛しながらも母親業のストレスに耐えられなくなり、ついには体が獣化していってしまう。コメディの形を取った、切実なヒューマンドラマだ。
 
母親業でぶくぶく太ってしまったと主人公が嘆くように、おそらくは役作りのためにかなり増量したエイミー・アダムスの迫力が素敵。ヒロインのモノローグが中心となり、夫の中途半端な協力姿勢や、世間に対する怒りなど、おなじみの光景ではあるけれど、テンポよく明るく進行するためにすんなりと彼女の心理世界に入っていくことが出来る。母親をしている人がメインのターゲットではあろうけれど、僕も啓蒙された。ユニヴァーサルな女性映画と呼んでいいのだと思う。
 
上映が終わり、「Scotiabank」シネコンのコンセで、フライドチキンバーガーを買ってみる。ボリューム満点ですこしだけピリ辛のソースも美味しくて大満足。しかしコーラ(ドリンクバー?)とのセットで17ドル(約2,000円)はいかにも高いなあ。

15時40分の上映のスクリーンに向かうと、どうやら目当ての作品と違う。今朝の上映再調整やりくりで、さっそく日時をずらして認識してしまったことに気付く。情けない。しょうがないので、そのスクリーンの作品のチケットをスマホで押さえ、入場。
 
何も知らずに見たのは、『You Are Not Alone』というカナダの作品。「ディスカバリー」部門。マリー=エレーヌ・ヴィアン&フィリップ・リュピアン監督。こういうアクシデント時の「あるある」だけど、これが拾い物だった!

"You Are Not Alone"

街で不審な失踪事件が起きている。何やら人間の姿を借りた異星人の仕業であるらしい。タクシードライバーの怪しい中年男が、標的を狙っている。その一方、両親の経営するピザ屋の夜間配達バイトをしながら人の目を避けるように過ごしている青年に、恋の予感が訪れる…。
 
ダークで不穏な雰囲気のSFスリラーの一方で、胸キュンなラブストーリーが平行して展開する。しかし画面も雰囲気も暗いままだ。そしてそこに絶妙なユーモアが挿入されたりする。これは、大好物だ。

宇宙人の侵略はほとんど説明されないのだけれど、どうやら奴らは人間社会に侵入している。しかし、愛の力が勝つのだ…。という極めてシンプルなメッセージという解釈でいいのかな?それとも、孤独な魂は悪に付け入る隙を与えてしまう警告か?SF映画というよりは、王道のラブストーリーがメインになるけれども、しかし雰囲気は不穏なままという、これは好き。

続いて18時から、何度もチケットを確認して、同じ劇場の別スクリーンで、ノルウェーの実力者、エリック・ポッペ監督の新作で『Quisling – The Final Days』。2次大戦中、ナチス占領下のノルウェーにて、傀儡政権の首相であったヴィグドン・クイズリングの最後の日々を描く作品。

"Quisling – The Final Days" Copyright Agnete Brun

終戦直後にクイズリングは逮捕され、裁判にかけられる。売国奴として死刑があらかじめ決められていたようなクイズリングに対して、教会はオルセン牧師を付き添わせる。本作はこの牧師の手記を元にしているとのことで、ふたりの間に交わされる会話が中心となる。クイズリングは自らの主義に基づきあくまでノルウェーという国のために行動したのであり、自分に罪は全く無いと主張し続け、死刑判決が下ってもその姿勢は変わらなかった。
 
クイズリングとオルセン牧師を演じるふたりの役者の演技の応酬は真に迫るものがあり、ポッペ監督の重厚感のある演出が支えている。本格派の現代史映画。
 
21時半から、イギリスのマックス・ミンゲラ監督新作『Shell』。エリザベス・モスとケイト・ハドソンが共演。今宵がワールド・プレミアで、会場となるプリンセス・オブ・ウェールズ劇場前には黒山の人だかり。

過剰な「美」の追求が恐るべき事態を招く様を描くホラー、というか、コメディー・ホラーと呼んだ方が近いかな。
 
才能はあるが、見た目と年齢で損をしている女優のサマンサ(エリザベス・モス)が、究極のアンチ・エイジングを提唱するブランド「シェル」を率いるゾーイ(ケイト・ハドソン)の誘いに乗り、全身改造の施術を受ける。そのおかげでキャリアは急上昇するが、いつの間にか肌におぞましいデキモノが出来てくる。そして同じプログラムを受けていた女優が失踪する…。

"Shell" 

いいですね。カンヌで話題をさらった『The Substance』に共通する、過度の「美」の追求と、そもそもの美の再定義。ぐろいシーンは爆笑ものだし、展開がある程度分かっていても(分かっているからこそ?)盛り上がれる。そして、やはりエリザベス・モスは天才的に上手い。大竹しのぶと並ぶ。

なんといってもトロントの客は反応が良くて、びっくりシーンでギャーギャー騒いでとても楽しい。北米で映画見てるなあ!という気分になり、あらためてトロントを訪れた甲斐があったなと楽しさを噛みしめる。上映後には、主演のエリザベス・モスは監督作の撮影中とのことで残念ながら来られなかったのだけど、ケイト・ハドソン登場して大歓声。僕はひいきにしているバンド「HAIM」のベーシストのエステ・ハイムが出演していることが嬉しく、彼女の登壇姿も(遠くからだけど)見られて、楽しい一夜。
 
Q&Aはスキップして、急ぎ足で地下鉄に乗り、12時45分に帰宅。パソコンに向かって日記を書いて、2時。そして今晩もオールナイト・オンライン会議があり、午前2時から午前4時半まで会議。ああ、これは本当にきつい…。
いまそれが終わり、5時には寝ます。

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