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ベネチア映画祭2024予習「コンペ」編

ベネチア映画祭が8月28日に開幕します。僕は行けないのですが、せっかくベルリンとカンヌの作品予習ブログを書いていたので、ベネチアも少しだけ予習したくなりました。

アメリカのアカデミー賞の前哨戦開幕というような位置を近年のベネチアは担っていましたが、今年のカンヌも来春を狙える有力作品があり、もはや混沌としてきました。華やかなハリウッド映画と欧州勢のビッグネームがひしめくベネチア、見ていきましょう。

下記でタイトルは、原則として英題(分からなければ原題)、国名は(分かる範囲で)監督の出身地としています。カギカッコでくくったあらすじはいくつかのDBから取っていますが、見る前なので、内容に齟齬があったらお許しを!

【コンペティション部門】

〇『The Room Next Door』ペドロ・アルモドバル監督/スペイン
アルモドバル新作。日本では今年、最近作で短編の『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』(23)が公開されましたが、長編としては『パラレル・マザーズ』(21)以来4年振り。『パラレル・マザーズ』はベネチアコンペでプレミアされて、ペネロペ・クルースが主演女優賞を受賞し、そのまま米アカデミーにもノミネートされました。そうでしたっけね。パンデミック真っただ中のこの時期の記憶って、なんだか曖昧になってしまっています。 

"The Room Next Door"

「完璧とは呼べない母親と、憤慨している娘は、ある大きな誤解で仲違いしている。共通の知人のイングリッドが母娘の間を取り持とうとする。イングリッドは作家で、マルタは戦場ジャーナリストである」

 母と娘の確執を、共通の知人が収めようとする物語のようです。ただ困ったことに、「マルタ」が母なのか娘なのか、DBによって記述が異なっているので分からない。そのマルタ役には、ティルダ・スウィントン、共通の知人のイングリッド役にジュリアン・ムーア。この2人が中心になるようです。ティルダ・スウィントンだから「マルタ」は母なのかな。でも彼女ならギリギリ娘役でも行けそうだしな…。

アルモドバル監督に特有の、暖かいドラマが期待できそうな気がしています。

 〇『Campo Di Battaglia』ジャンニ・アメリオ監督/イタリア
英題がまだついていませんがBattlefield、戦場、の意味ですね。日本でも公開作の多いジャンニ・アメリオ監督の、『蟻の王』(22)以来2年振りの新作です。アメリオはほぼ2年に1本撮っているので、映画祭もついていくのに大変だ。

"Campo Di Battaglia"

 「第一次大戦。軍病院には日々前線から負傷兵が送られてくる。その中には戦場を避けるために自傷する者も含まれる。幼馴染の2人の医師、ゾルジとジュリオが負傷兵の治療にあたる。ナースのアナを巡り、密かなライバル関係となっている。そしてスペイン風邪が流行する」 

おそらく、戦場を避けようとする自傷兵に対する接し方の違いも、物語の柱の一つになっていると思われます。

ゾルジ役に秀作『帰れない山』(22/フェリックス・バン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ監督)で印象を刻んだアレッサンドロ・ボルギ、ジュリオ役には日本で劇場公開を果たした傑作ドラマシリーズ『夜の外側』(23/マルコ・ヴェロッキオ監督)でヴァレリオを演じたガブリエル・モンテージ。次代のイタリアを背負う存在になるはずのこの2人のキャスティング、痺れます。 

〇『Leurs Enfants Après Eux』ゾラン&リュドヴィック・ブケルマ監督/フランス
ゾランとリュドヴィックのブケルマ兄弟は、双子の兄弟監督。2020年に『Teddy』で長編作品デビューしています。『Teddy』は田舎の村のヘビメタ好きな青年が徐々に狼男化していく物語で、描写もグロテスクで見応えがあり、『RAW~少女のめざめ~』(16/ジュリア・デュクルノー監督)以来、特にフランスで顕著なティーン残酷ダークユーモア系の逸品でした。
本作はまだ英題が見つからず、英訳するとTheir Children After Them、「彼らの後に子供たちを」みたいな意味。あるいは「彼らの後の子どもたち」か。ちょっと訳しづらい。

"Leurs Enfants Après Eux" Copyright Marie-Camille Orlando - 2024 - CHI-FOU-MI PRODUCTIONS - TRESOR FILMS - FRANCE 3 CINEMA - COOL INDUSTRIE

「92年8月。フランス東部の失われた地。14歳のアントニーは死ぬほど退屈している。ある日の午後、湖畔でステファニーに出会う。激しい一目惚れの末、アントニーは父のバイクを密かに拝借して彼女に会うべくパーティーに向かう。しかし翌朝、バイクが消えている。人生の危機に陥る」 

ファンタスティック系だった前作『Teddy』とは全く異なる作風のようです。2018年にゴンクール賞を受賞した同名小説を監督たちが脚色して映画化したものとのことで、ジャンル違いとはいえ前作で異色の青春を手掛けた気鋭の監督が、今回どのようなタッチで思春期を描いていくのか、とても気になります。

主人公のアントニー役に、『Winter boy』(22/クリストフ・オノレ監督)で大注目されたポール・キルシェ。期待の若手に文句はないのですが、2001年生まれなので14歳の役が果たしてどうなっているのか気になるところではあります。ステファニー役のアンジェリナ・ヴォレスはまだ日本では無名のはずで、今年のカンヌで上映されたソフィー・フィリエール監督遺作『This Life of Mine』でアニエス・ジャウイの娘役がハマっていました。フレッシュ役者ふたりの抜擢が本国フランスでも注目されそうです。

そして脇をリュディヴィーヌ・サニエ、ジル・ルルーシュ、アナイス・ドゥムスティエといったスター俳優がしっかり固めているのも、いい感じ。 

〇『The Brutalist』ブラディ・コーベット監督/アメリカ
役者もプロデューサーもこなすブラディ・コーベットですが、監督としては『シークレット・オブ・モンスター』が2015年のベネシアの「オリゾンティ部門」で受賞し、続く監督作『ポップスター』(18)では同じくベネチアのコンペ入りしています。以来の長編監督作となる本作もベネチアコンペということで、まさにベネチアの申し子。

”The Brutalist"

「ユダヤ系ハンガリー人で建築家のラズロ・トスの、30年に及ぶ物語。2次大戦終了時に強制収容所から生還すると、アメリカン・ドリームを求め、妻のエルゼベトを伴ってアメリカに移住する。彼らの新生活は、奇妙で裕福な顧客の出現で一変する」

主演にエイドリアン・ブロウディとフェリシティー・ジョーンズ。『戦場のピアニスト』を想起するまでもなく、エイドリアン・ブロウディはいかにも似合いそう。アカデミー主演賞を狙えるか?
しかし、上映時間215分。ううう。 

〇『The Quiet Son』デルフィーヌ&ミュリエル・クーラン監督/フランス
デルフィーヌとミュリエルのクーラン姉妹監督による新作。日本では公開作品が無いかと思うけれど、17人の高校生が同時に妊娠する騒動を描いた『17 Filles(17ガールズ)』が2011年のカンヌでかなりの話題となったことを思い出します。続く『The Stop Over(Voir Du Pays)』(16)がカンヌ「ある視点部門」の脚本賞を受賞。こちらは、中東戦争に参加した仏軍の兵士たちがキプロス島で休暇を取り、極度のストレスを解放させるための集団カウンセリングを受けるという物語。着眼点がユニークで、納得の脚本賞でした。新作でベネチア初参戦です。 

”The Quiet Son" Copyright 2024-Felicita---Curiosa-Films---France-3-Cinema

「ピエールは男手ひとつでふたりの息子を育てた。次男のルイは学業優秀で順調な人生を送る。しかし長男のフュスは道を外す。暴力に魅了され、父の信条とは最もかけ離れた極右勢力に接近する。ピエールは息子が極右に影響されていくことを止められない。息子への理解は及ばず、愛も成すすべがない…」

父にヴァンサン・ランドン、長男にバンジャマン・ヴォアザン。もうこのキャストはフランス映画ファン垂涎でしょう。上述したように、クーラン姉妹はツイストの効いた脚本に定評があるだけに、意外な展開にも期待が出来そうです。ああ、これは見たい。

〇『The Mountain Bride』マルラ・デルペロ監督/イタリア
デルペロ監督作を僕は無念ながら未見なのですが、前作『Maternal』(19)がロカルノのコンペで高評価を得ています(作品賞のスペシャル・メンション)。1本目のドキュメンタリーを含めると、本作が3本目の長編監督作です。

"The Mountain Bride" 

 「1944年の冬、イタリア北部の山間地において、戦争は遠いようで近かった。逃れた兵士が助けを求めて村に現れた時、教員の男の一家の生活は急変する。兵士は家の娘と激しい恋に落ち、結婚へと至るが、意外な運命が待ち受ける」

兵士役のジュゼッペ・デ・ドミニコは、おそらく主演級は初めてのはず。娘役のカルロッタ・ガンバは、今年のベルリンのコンペに入り、東京のイタリア映画祭でも上映された『グロリア!』で準主役のクレジットでした。父親役に、イタリアの名脇役トマーゾ・ラーニョ。ここも素敵なキャスト。当然ではあるけれど、ベネチアは地元イタリアの若手俳優のプッシュに積極的。 

〇『Sicilian Letters』ファビオ・グラッサドニア&アントニオ・ピアッツァ監督/イタリア
グラサドニアとピアザの監督コンビは、『狼は暗闇の天使(Salvo)』(13)がカンヌの「批評家週間」で作品賞を受賞し、一躍注目を集めました。シチリア島のマフィア抗争の中、凄腕の殺し屋が盲目の少女と交流する物語で、タイトでハードボイルドなタッチが心に残る作品でした。続く『シシリアン・ゴースト・ストーリー』(17)は、失踪した少年を探す少女のドラマを美しい自然の中で描く一方で残忍なマフィアも絡み、自在な演出力が際立つ秀作でした。
そして本作が待望の3本目の長編。こちらもシチリア島が舞台。シシリアン3部作、と呼ぶかどうか分かりませんが、3作続いてマフィア絡みです。

"Sicilian Letters" Copyright Les Films du Losange

「2000年代初頭のシチリア島。ベテラン政治家のカテッロは、マフィアと通じた罪で数年を刑務所で過ごし、全てを失った。しかし、逃亡中のマフィアの最後のボスであり、カテッロが名付け親である男の捜査にイタリアの諜報機関が協力を求めてきたとき、カテッロは地位回復の機会を得る」

失意の政治家カテッロには、トニ・セルヴィッロ!!ああー、それはもちろん!!そして逃亡中の若きボスに、エリオ・ジェルマーノ!!ああ、この共演は罪だ!!そしてこのビジュアル!!

もう、絶対に見たいですね。監督の力量も証明済み。日本の配給が付くことに、多額の掛け金をかけよう。

 〇『Queer』ルカ・グァダニーノ監督/イタリア
グァダニーノ監督新作、イタリアとアメリカの合作クレジットですが、実質アメリカ映画と呼んでいいと思われます。主演はダニエル・クレイグ。

"Queer" Copyright The Apartment

 「50年代初頭。リーは、メキシコにてアメリカ人の学生たちに向けて人生を語る。彼はアラートンという男を追いかけていた。アラートンはアメリカの海兵隊員で、フロリダのジャクソンヴィルで退役したばかりだった」

本作は、ウィリアム・バロウズの原作『Queer』(和訳題名が『おかま』なので、求む新訳)を、『チャレンジャーズ』の脚本のジャスティン・クリスケツが脚色したもののようです。小説ではバロウズは自らをリーという人物に置き換えており、実際にはアデルバート・ルイス・マーカーという人物をアラートンという名に変えて登場させています。バロウズの辛い心境が漏れる作品で、まさにグァダニーノ監督以外に本作を映画化するにふさわしい監督がいると思えません。

『チャレンジャーズ』とは打って変わった世界を見せてくれるはずのグァダニーノの幅の広さに、見る前ではありますが、現代最高の映画作家の1人であるとの思いを強くします。本作も米アカデミー賞を確実に意識させますね…。 

〇『Love』ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督/ノルウェー
ハウゲルード監督は2000年代から活動していますが、僕は何故か見る機会を逸しており、無念の限り。ベネチアには『Barn』(19)が「ベニス・デイズ部門」に出品されています。また、今年2月のベルリンの「パノラマ」部門には『Sex』(24)が出品されていて、つまり同じ年に『Sex』に続いて『Love』が発表されるという流れです。

"Love" Copyright Pyramide Distribution

「40代の医師であるマリアンヌは、男性との長期的な関係を全く望んでいない。同僚のトールが、後腐れの無い男性と時折り肉体関係を持つことは豊かな経験になるはずだとアドバイスすると、まさにそれこそが求めていたことだとマリアンヌは自覚する」

ちょっとこれだけだとあまりそそられないけれど、これは果たしてコメディなのか、シリアスなのか、どんなタッチなのでしょう。おそらく、シリアスにごりごりと心理描写を重ねていく作品であろうと想像します。北欧(とひとくくりにしてはいけないけれど)って、こういう身も蓋もない男女関係を正面から再定義してくるような作品が、ままあるような気がします。ともあれ、北欧から唯一のコンペエントリー、とても気になるところです。

〇『April』デア・クルムベガシュビリ監督/ジョージア
目が離せないジョージア映画界において、デア・クルムベガシュビリ(Dea Kulumbegashvili)監督もまた大注目の存在です。長編1作目『Beginning』(20)がサン・セバスチャン映画祭のコンペ部門において、作品賞、監督賞、脚本賞、女優賞の4冠を制しました。フィックスの長廻しを徹底し、エホバの証人のコミュニティーが陥る混乱の中で葛藤を強いられる女性の心理を多層的に描く、これは傑作でした。おそるべきデビュー作で、この年のジョージアのアカデミー賞代表作品にもなったはずです。本作が待望の2作目。

"April" 

 「産婦人科医のニナは、田舎の町の唯一の病院に勤務している。独身で、一切の個人的な交際を持たない彼女は、”ヒポクラテスの誓い”に無条件に従っている。たとえ、違法な中絶に手を貸すことになったとしても。病院で新生児が亡くなってしまった時、彼女に責任が帰される。捜査により、ニナの私生活が全て露わになってしまう。自らの危機にも関わらず、ニナは医師の使命を失わず、他の誰もがやろうとしないことをする決意を固める」

今回のベネチアで最も注目したい作品のひとつです。 

〇『The Order』ジャスティン・カーゼル監督/オーストラリア
ジャスティン・カーゼル監督は長編1本目『Snowtown』(11)がカンヌ「批評家週間」で評価され、『マクベス』(15)がカンヌコンペでした。そしてケイレブ・ランドリー・ジョーンズにカンヌ主演男優賞をもたらした『ニトラム/NITRAM』(21)の記憶も新しく、カンヌ常連という存在ではありますが、新作はベネチア。容赦の無い、ハードな映画を手掛ける監督という印象です。

"The Order"

「80年代、銀行強盗や車上荒らしが頻発し、西海岸地域が不安に陥る。ひとりのFBIの捜査官が、犯罪は金目当てのものではなく、国内の危険なテロ集団によるものだと考える」

これは実際に80年代に存在した「The Order」という白人至上主義テロ集団を題材にしたノンフィクション本の映画化のようです。主演のFBI捜査官役にジュード・ロウ。テロ組織のカリスマリーダーにニコラス・ホルト。カーゼル監督なので、いわゆる娯楽作とは異なるリアリズムが期待できるでしょう。 

〇『Maria』パブロ・ラライン監督/チリ
個性豊かな作品を連発するチリの雄、パブロ・ラライン監督。最近作『伯爵』(23/Netflixで鑑賞可能)は昨年のベネチアコンペで脚本賞を受賞しています。ピノチェトが吸血鬼であり250年生きている、という奇抜な設定を活かした絶妙な風刺映画でした。モノクロ映像の中、軍服を着てマントを翻しながら夜の空を飛ぶ吸血鬼ピノチェトのショットは絶妙で、米アカデミー賞撮影賞にノミネートもされました。続く本作で、なんと2年連続のベネチアコンペです。 

"Maria"

タイトルのマリアとは、マリア・カラスのこと。カラスの晩年の日々を、70年代のパリを舞台に描くもののようです。

そして、なんと、マリア・カラスを演じるのがアンジェリナ・ジョリー。こ、これは、大丈夫なのだろうか…。少し怖いもの見たさで見たいような気もしますが、それにしてもどうして…。少し似ていると言えば言えなくもないか…。
いやしかし、これこそ、さすが常識では測れないパブロ・ララインのセンスなのかもしれません。うん、きっとそうだ。俄然見たくなってきました。 

共演者に、ヴァレリア・ゴリノ、アルバ・ロルヴァケル、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノといったイタリアのスター俳優たち。豪華だ。でもだったらイタリアキャストで通せばいいのに、という常識はララインには通用しないのだな。それにしても、アンジェリナ・ジョリーはイタリア語で演技するのだろうか…。
ちょっと興味が尽きません。

〇『Trois Amies』エマニュエル・ムレ監督/フランス
僕が勝手にフランスの今泉力哉と呼んでいるエマニュエル・ムレ監督、軽妙な恋愛劇に抜群の冴えを見せる人ですが、時折格調の高い風味の作品も手掛けます。ベネチアコンペは初めて。タイトルは英題がまだ見つからず、「三人の女性の友人たち」という意味。 

"Trois Amies" Copyright Pyramide Distribution

「ジョアンは、ヴィクトールへの愛が冷めてしまい、彼に対して不誠実であることを思い悩んでいる。ジョアンの親友のアリスは心配するなという。アリスもエリックに対して何も感じなくなっているが、カップルの仲はとても順調なのだ。しかしアリスは、エリックがレベッカと関係していることを知らない。レベッカもジョアンとアリスの友人。そしてジョアンがついにヴィクトールとの別れを決意すると、ヴィクトールが失踪し、3人の女性の友人たちの人生は混乱に陥る」

いいですね。本当に今泉さんと共作してほしい。3人の女性に、ドラマシリーズ『エージェント物語』で大ブレイクしたカミーユ・コッタン(写真右)、そしてご存じサラ・フォレスティエ(写真左)、さらに名バイプレーヤーのインディア・ヘア。おそらくカミーユ・コッタンがジョアンで、サラ・フォレスティエがアリスなのだろうな。ぴったりイメージが出来る。

そして男性陣に、おなじみヴァンサン・マケーニュに、怪優ダミアン・ボナール。これは楽しみです。エマニュエル・ムレ監督の巧みな登場人物の出し入れが堪能できそう。あとは、軽妙タッチなのか、しっとりタッチなのか、気になります。本作も、何としてでも見たいところです。

〇『Kill The Jockey』ルイス・オルテガ監督/アルゼンチン
80年生のルイス・オルテガ監督は、20年のキャリアを持つ中堅監督。カンヌ「ある視点」部門に出品の『永遠に僕のもの』(18)が日本でも劇場公開されています。享楽的な強盗に没頭する青年の姿をダークユーモアと明るいタッチで包み、人物造形も素晴らしければ音楽もナイス、スコセッシ的な色気もあり、僕は見事な傑作と思ったものでした。本作は『永遠に僕のもの』以来6年振りの長編監督作となるようです。 

"Kill The Jockey"

「レモ・マンフレディニは競馬会のスターだが、破滅的な性格が才能にダメージを与えている。有望な女性騎手のアブリルはレモの子を身ごもっており、レースを続けるか出産するかの選択を迫られる。二人とも有力実業家のシレナが所有する馬に乗っている。シレナは過去にレモの命を救った男だった」

競馬会やレースの模様に、2人の男女の愛が加わり、そこに裏社会の大物も絡んでくる、という内容でしょうか。レモの暴走が映画を牽引するものと思われます。

そのレモ役には、『BPM ビート・パー・ミニット』(17/ロバン・カンパヨ監督)主演を始め、フランス映画での活躍が目立つナウエル・ペレーズ・ビスカヤート。ナイーブな青年役を得意とするので、本作でも適役であろうと期待が高まります。共演の女性役にNetflixドラマ『ペーパー・ハウス』(未見)のトーキョー役のウルスラ・コルベロ。今作はトロント映画祭でも上映されるので見られるかも(トロント、行きます)。

 〇『ジョーカー:フォリー・ア・ドゥ』トッド・フィリップス監督/アメリカ
日本では10月11日公開の本作。話題ですね。前作『ジョーカー』(19)もベネチアコンペに出品され、見事最高賞の金獅子賞を受賞。そのまま米アカデミー賞にノミネートされ、ホアキンに主演男優賞をもたらしたのは周知の通りですが、ベネチアに出ていたというのは意外に知られていないかも?

2連覇なるか?というところですが、日本公開を楽しみに待つとして、ここでの紹介は省きますね。 

〇『Babygirl』ハリナ・ライン監督/オランダ・アメリカ
バーホーベン監督作出演など、女優のハリナ・ラインはオランダで知名度の高い存在ですが、監督作品は完全アメリカ映画なので併記しておきました。監督としては本作が長編3作目で、1作目の『Instinct』(19)はロカルノに出品されて受賞しています。女性の精神科医が凶悪レイプ犯との面談を重ねていく様を彼女のプライベートの悩みと絡めていく内容で、性欲に対する考察がひとつの軸になっていました。新作はエロティック・スリラーと謳われているようで、ライン監督の関心事が一貫しているように思えます。

"Babygirl" Copyright A24

 「絶大な権力を誇るCEO女性が、年少のインターン青年と関係を持ち、キャリアや家庭を危機に陥れる」

これしか見つかりませんでしたが、十分ですね。CEO役に、ニコール・キッドマン。インターン青年に、ハリス・ディキンソン。誰だっけと思ったら、『逆転のトライアングル』(22/ルーベン・オストルンド監督)の主演のモデル役の彼か!『アイアンクロー』(23/ショーン・ダーキン監督)の三男デビッド役も彼だった。アイアンクローも最高でしたね。

ということで、絶賛売り出し中の若手俳優と、ニコール・キッドマンの組み合わせ。さらに、おそらくニコールの夫役に、アントニオ・バンデラス。おおー。いやあ、こちらも期待が募りますね。そしてまたまた米アカデミー賞がちらつく作品かもしれません。

〇『I’m Still Here』ウォルター・サレス監督/ブラジル
ウォルター・サレス監督、長編監督作としては、なんと『オン・ザ・ロード』(12)以来、12年振り!日本を含む世界中でヒットした『セントラル・ステーション』(98/ベルリン金熊賞)からもう26年。健在で嬉しい。

"I’m Still Here" 

「70年代の独裁軍事政権によって夫がさらわれた時、ユニス・パイヴァは政治とは無縁の主婦だった。『I’m Still Here』は、社会状況の理解に身を捧げ、軍事政権に対して容赦ない戦いを挑む彼女の姿を描く」
「ベストセラーとなったMarcelo Rubens Paivaの回想録に基づく。64年に軍事政権に父が捉えられ、母がいかにして活動家に転じたかを語る」

情報ソースによって年代に少し齟齬がありますが(ウィキでは71年)、それは作品を見て確認するとして、偉大な女性の姿を讃える作品のようです。そして何といっても、『セントラル・ステーション』にも出ていたフェルナンダ・モンテネグロが出演している!御年94歳。素晴らし過ぎる。 

〇『Diva Futura』ジュリア・ルイーズ・シュタイガーヴァルト監督/アメリカ・イタリア
アメリカ生まれのシュタイガーヴァルト監督ですが、活動はイタリア中心のようですね。女優や脚本家のキャリが長く、例えばフィールグッドなイタリアン・バカンスコメディ『泣いたり笑ったり』(19/シモーネ・ゴーダノ監督)の脚本を手掛けたりしています。長編監督1作目『September』(22/未見)では、イタリアのアカデミー賞に相当するダビッド・ディ・ドナテッロ賞で最優秀新人監督賞を受賞しています。今作が監督2作目。

"Diva Futura" 

「80年代から90年代を背景に、Riccardo SchicchiとIlona Stallerが83年に創業した制作とキャスティングの事務所『Diva Futura』の物語」

イロナ役に、ほぼ新人と思われるリディア・コルディッチ。そしてリカルド役には、ピエトロ・カステリット。彼は名優セルジオ・カステリットの息子で、顔もよく似ている。それがいいことなのかは本人次第ということで、監督も手掛けるピエトロが多才な映画人であることは間違いありません。 

これは見る機会があるだろうか…。イタリア映画祭に期待しましょう。

〇『Harvest』アティナ・ラシェル・ツァンガリ監督/ギリシャ
66年生、もはや長いキャリアを誇るツァンガリ監督ですが、僕は残念ながら過去作を見ておらず、反省。『Attenberg』(10)や『Strongman』(15)などはロカルノを始め、世界中の映画祭を巡っています。新作はUK・米・ドイツの合作クレジット。 

"Harvest"

「中世のイギリスの村。経済危機に際し、村人たちは3人の新参者を生贄としようとする」

イギリスの小説家ジム・クレイスが2013年に発表した同名小説の映画化とのこと。小説のあらすじを調べればもう少し分かるのでしょうが、それはやめておいて、映画を楽しみにすることにしましょう。

主演は、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。カメレオン俳優としての地位を築きつつあるケイレブ君、僕は映画祭勤務時代に招聘してなかなかな目に合いましたが、ははは、その話はまたいつか。活躍を楽しみにしている俳優であることに変わりはありません。

〇『Youth: Homecoming』ワン・ビン監督/中国
ワン・ビン監督、「青春3部作」の2作目がベネチア登場です。日本公開も果たした『青春』(23)はカンヌコンペでした。『青春』は215分でしたが、新作は152分。短い!

"Youth: Homecoming"

新作では、大晦日に河北省の朽ちた繊維工場を訪れたり、雲南省の山の中のウェディングに赴いたりしているとのこと。

ワン・ビン作品でしか見られない中国の姿が確実にある。芸術としても、情報としても、ワン・ビン作品に没頭し、浴びることは現在最も刺激的で重要な体験であると信じていますが、何とかして見たいですね。今年のベネチアコンペで、唯一のドキュメンタリーです。

〇『Stranger Eyes』ヨー・シュウホァ監督/シンガポール
ヨー・シュウホァ監督は、『幻土』(18)がロカルノでグランプリを受賞しています。その後フィルメックスでも上映され、今はNetflixで鑑賞できます。広大なシンガポールの埋め立て作業地にて、とある中国人出稼ぎ労働者を探す刑事の物語として始まる『幻土』は、やがて絶妙な視点の転移が起こり、意外な方向に進む。抽象性も絶妙に交え、さすがロカルノを制したと納得の作品でした。そして、長編4作目となる本作で、ベネチアコンペ入りです。

"Stranger Eyes" Copyright Epicentre Films

 『Stranger Eyes』は、若い夫婦の子どもが失踪し、『Missing』(24/吉田恵輔監督)のような形で始まります。しかし、そこから全く映画は予期しない方向に進んでいく。とある事情で僕は本作の内容を知っているのですが、本作は東京の秋の映画祭での上映が期待できるでしょうから(当て推量ですが)、一切を書くのを控えます。

シュウホア監督は、物語のねじり方が巧みで、現実性に抽象性をブレンドする按配が絶妙に上手い。新作を傑作と呼ぶことに僕はためらいがありません。出演者のひとりにリー・カンション。いつもながら、唯一無二の存在感を発揮してくれます。
21本のコンペのうち、アジア作品はワン・ビンと本作だけなので、大飛躍を期待したい!
 

ということで、以上がベネチアのコンペでした。やはり、圧巻ですね。カンヌに匹敵する。アカデミーに絡むだろう作品、日本公開が期待できそうな作品、いろいろありますが、今後追いかけていきたいと思います。

ちなみに、コンペ審査員は、審査員長にイザベル・ユペール。そして、ジェームズ・グレイ、アンドリュー・ヘイ、アグニエシュカ・ホランド、クレベール・メンドンサ・フィーリョ、アブデラマヌ・シサコ、ジョゼッペ・トルナトーレ、ジュリア・フォン・ヘインツ、チャン・ツィイー。すごいな、審査員長級の人ばかりだ(トルナトーレ、長じゃなくて大丈夫かのかな)。

この審査員団がどのような結果を届けてくれるのか、楽しみにしましょう。

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