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トロント映画祭2024日記 Day0&1

トロント映画祭を初めて訪れることになりました。毎年9月初頭に開催される、北米で最重要の映画祭のひとつであるトロントに参加することは数十年来の夢だったのですが、10月開催の東京国際映画祭に長年勤務していたため、9月は忙し過ぎてトロント行きは無理だったのでした。東京映画祭を離れて数年が経ち、いよいよ今年は行けそうだということになり、ならばせっかくなので日記ブログを書いてみようと思います。
 
<9月3日まで>
トロント映画祭の知られる特徴としては、作品数が膨大にあること、他のメジャー映画祭と異なり「コンペティション」部門を中心に回っていない(ただし賞を伴うコンペ的部門はあるにはある)こと、アカデミー賞を狙うアメリカ映画のプレミアから世界のアート系まで幅広く揃うこと、市民と密着した映画祭で大きなボランティア組織が有名であること、などが挙げられるかな。とにかくファン第一の姿勢を大事にして、幅広く世界の最新映画を紹介する映画祭という印象を世界に与えている。

カンヌやベネチアの作品も多く取り上げ、年の前半の話題作も追うことが出来る。ちょうどベネチアの終盤とトロントの序盤が重なる日程になっていて、マスコミの人はベネチアに行くことが多く、セラーやバイヤーなどのマーケット関係者はトロントに行く、という構図が出来ている。僕もベネチアにも行きたいのはやまやまなのだけど、今年はマーケット関係でトロントに行くということになった次第。
 
ただ、トロントには、ベルリンに併設されているEFM(European Film Market)やカンヌのマルシェ(Marché du Film)のような正式なマーケットがあるわけではなく、同じくマーケットが無い(トライしているけれど定着しない)ベネチアと大差があるわけではない。ただ、トロントにはホテルを中心に商談の場が実質存在していて、ベネチアより商売がしやすい。さらにトロントは来年から本格的にマーケットを立ち上げることを発表していて、来年に向けた動きも見られるかもしれないというのも、今年トロントを訪れる楽しみのひとつだったりする。
すこしややこしいので改めて整理すると、トロントには正式にフィルム・マーケットは(まだ)無いけれど、マーケット機能はそれなりにある、ということ。なので、正式なマーケットは無いけれど、映画の権利を扱うエージェント会社による(かならずしもトロント出品作ではなくとも自社が売りたい作品の試写をする)「マーケット試写」も存在する。ちょっとややこしい。
 
というわけで、マーケットパスを取得してトロントに臨むことになるのだけど、これがなかなかに厄介なのだ。何が厄介って、チケットシステム。毎年このnoteの「カンヌ日記」でいかに上映チケットを確保するのが大変かという泣き言を書いているけれど、トロントは大変さの質が異なっている。
マーケットパス保有者は、映画祭出品作品の関係者向け試写(プレス&インダストリー上映=P&I上映)や、上述した「マーケット上映」は全てパスの提示だけで入場することが出来る。
それに加えて、一般上映については、25本まで無料で見ることが出来る。それはありがたいのだけど、問題は、その25本を、会期前に全て決めて申し込まなくてはならないことなのだ。しかも、24本で26本でもダメで、きっちり25本でないといけない(ぴったり25本でないとシステムが受け付けてくれない)。
なので、10日間で200本以上ある上映作品のスケジュールを初日から全て組み立て、見たい一般上映の回を決めていかないといけない。
それを映画祭のチケットシステムにアクセスして手続きするのだけど、マーケットパス保有者を対象にしたそのチケットシステムへのアクセス開始日は、8月31日だった。ここにもうひとつハードルがあって、個人によってアクセス開始時間が異なっているのだ。一斉開始ではなく、個人にランダムに(?)アクセス開始時間が割り当てられているらしい。そして僕に割り当てられた時間は、日本時間の9月1日午前3時。むむ…。
 
かくして、8月後半から作品を研究して自分の鑑賞スケジュールを詰めていく作業が必要になってくるのだけど、なんだか小忙しくて全く時間が割けず、結局8月30日になって泥縄式で作品リストを眺め、なんとかざっくりとリストを作り、31日深夜0時にいったん仮眠して、午前2時半に起きて、チケットサイトにログインが最初できずにパスワードを再取得したりして焦りまくり、なんとかクリアして3時に間に合い、そこからシステムと格闘し、試行錯誤を繰り返し、終わって午前4時。もう見たい作品の吟味というよりは、取れたら取るという感じになってしまったのだけど、なんだか燃え尽きた…。
 
ただ、ベルリンやカンヌは毎朝2日後のチケットを取る仕組みで、毎朝が一喜一憂の勝負になるけど、トロントは事前に苦労すればあとの毎日は楽だということも言えるかもしれない。トロントのチケットシステムはまだまだ奥が深そうなので(25枚の中で交換したり譲ったりできる?)引き続き研究が必要みたいだ。
 
とまあ書いたけれど、それもこれもトロント映画祭は「一般の観客第一主義」を通しているからのことであるので、業界関係者はこのくらいの苦労はして当たり前なのだとも言える。一般上映に関係者席の空席を作らないための、長年に渡る試行錯誤の末のこのシステムなのだろうと、映画祭内部にいた者としては理解する。トロントが市民に浸透している巨大映画祭であるということは、この姿勢を貫いてきたからに他ならず、マーケットパス保有者はチケットシステムに不服を漏らしてはならないよなと、思う…。
 
ところで、トロントでは登録パスでチケットを押さえることを「redemption」と呼んでいて、あまり他の映画祭で使われているのを聞いたことがないのだけど、北米では普通のタームなのだろうか?どうしても「redemption」というと贖罪だったり、それこそボブ・マーレーの「Redemption Song」だったり、ちょっと高尚で神聖なイメージがある感じがして、あとは債券の償還という金融用語のイメージもある中で、映画祭のチケットシステムでredemptionと言われると縁遠い気がしてしまう。欧州の映画祭には慣れているけれど、僕にとって初の北米英語映画祭なので、英語面でも色々と勉強になりそうだ!
 
勉強といえば、悔しい授業料を払うことになってしまったのが、カナダの入国に関わる「電子渡航認定(ETA)」の手続き。アメリカのESTAはよく知られていると思うけど、そのカナダ版。カナダ入国に関してはETAが必要ということで、ETAで検索して出てきたサイトにアクセスして、聞かれたこと入力してカードで手数料を払って、終了。と思っていたら、なんだか何の反応も無い。ちょっと一瞬おかしいな、という気がしてETAを日本語検索してみたら、「ETAは詐欺サイトが多いので要注意」と真っ先に出てきた。あー、やられた。偽サイトだったっか。実にチョロいカモになってしまった…。その後、カナダ政府の公式HPを見つけて改めて入力手続きをして、これはすぐに受理のメールが来て、手続き完了の確認が出来た。
 
僕は偽サイトに90ドル近く払ってしまい(1万円越え)、本当は7ドル(千円程度)で済む。しかし、サイトはとても良く出来ているので、ちょっと区別が付かない。これからカナダに初めて行かれる方、絶対にカナダ政府のHPであることを確認してから手続きするように!
 
 
<9月4日>
4日、水曜日。本日出発だけど夕方の便なので、午前中は仕事が出来るのがありがたい。パソコン作業をしてからパッキング。経験者の皆さんから。トロントは前半暖かくて後半寒くなるということを聞いていたので、服選びにちょっと悩む。12時半に支度を終えて、出発。成田へ。
 
今回選んだのはエア・カナダで、モントリオール乗り換えのトロント行き。東京=トロントの直行便もあるのだけど、乗り継ぎの方が安価なので、こちらにした次第。まあ、直行便が楽だけどね…。
少し遅れたモントリオール行きの便に19時くらいに搭乗。機内満席。それから30分ほどしてから、いよいよ離陸。
 
トロント到着が4日22時くらいになるので、飛行機の中ではあまり寝ない方がいいというアドバイスを経験者からもらっていた。機内でたくさん寝てしまうと、到着した夜から寝られなくなり、時差ボケが悲惨なことになるらしい。なので、約12時間のフライトのうち、序盤に1時間くらい寝てからは、あとはほとんど寝ないで過ごす。嬉しいことに『ホビット』3部作があったので、ずーっとホビットを見て過ごす。ちょっと久しぶりだったので、やっぱり面白いなあ。
 
現地時間の9月4日17時くらいにモントリオールに到着し、入国手続き。カナダETAのことは、受理書類を見せろとか聞かれないし、何も言われない。全く入国手続きフローに入ってこない。そうなのか。まあ、だからといって不要なわけではないだろうから、日本で手続きはしておくべきなのだろう。とはいえ、自分の凡ミスを悔やまずにはいられない…。
 
20時15分の便に乗り換えて、トロントには21時半着。今回はトロントに長年暮らす実兄の家に泊めてもらうことになっていて、タクシーで家に到着して23時。トロントではホテル代が実に高く、うまく実兄の家に泊めてもらえるタイミングでもあったので、甘えることにした次第。
 
<9月5日>
5日、木曜日。昨夜は0時半に寝たものの、1時半にトイレで目が覚め、そしてまたすぐに熟睡できたものの、4時にパッチリ目が覚めてしまった。ほぼ3時間しか寝られていないわけで、これで1日を乗り切るのは厳しくなるなあと思いつつ、もう寝られないのでしょうがない。時差ボケとの闘い、スタートだ。
 
7時に外に出ると、25度くらいの実に爽やかな晴れの朝。東京から来るとこの爽やかさが別惑星のように感じられる。なんという気持ち良さ。そして、街道に出ると、広い。北米っぽい!

地下鉄を乗り継いで25分くらいで「セント・アンドリュース駅」に到着。ここからキング・ストリートを東に歩いていくと、映画祭の会場が続々と現れる。自然と気持ちも高揚する!
 
まずは、マーケット的な会場となるリージェント・ハイアット・ホテルに行き、パスをピックアップ。そして横にあるスタバでコーヒーとマフィンサンド。1,200円くらい。物価の高さ(というか日本とのギャップ)は覚悟しているけれど、これはまあ、ギリ許そう。
 
さて、最初の上映は、9時半から、トロント映画祭の本拠地であるTIFF Lightbox という建物にある会場でイタリア映画『Sicilian Letters』のマーケット上映。TIFF Lightboxはトロント映画祭の事務局として通年稼働する建物で、小ぶりの試写室を複数持っている。こういう施設を持っているトロントはやっぱり強いと痛感する。

「TIFF Lightbox」入り口

さて、『狼は暗闇の天使』と『シチリアン・ゴースト・ストーリー』のファビオ・グラッサドニア&アントニオ・ピアッツァ監督の新作である『Sicilian Letters』は、ベネチア映画祭のコンペティション部門の作品でもあって、「ベネチア予習note」を書いているときに、僕が最も興奮した1本でもあった。それがいきなりトロントのしょっぱなに見られるなんて、幸先がいい。マーケット上映とはいえ、ベネチアコンペ作だから混むかなと思ったけれど杞憂で、余裕を持って入場。
 
前2作と同様に、新作もシチリアが舞台。マフィアと通じた罪で失脚した元市長と、彼が息子のように慕ったマフィアの跡取り息子の2人が主人公となる。警察が元市長をひきこんで、逃亡中のマフィアの跡取り息子の行方を突き止め、その犯罪ネットワークも暴こうとする。

"Sicilian Letters" Copyright Les Films du Losange

さすがグラッサドニア&ピアッツァ監督コンビだけに、凡百の犯罪映画にはならない。跡取り息子に連絡するには手紙を書かなくてはならず、そこに文学や聖書的記述が用いられ、一種の知的ゲームが繰り広げられる。元市長にトニ・セルヴィッロ、跡取り息子にエリオ・ジェルマーノという痺れるキャストが、なんといっても注目だ。
七変化が得意なトニ・セルヴィッロは、今回はバーコード頭の冴えない初老男に嬉々として扮し、貫禄の存在感を発揮。そしてジェルマーノは、まるで若き日のデニーロを彷彿とさせる佇まいでキャリア屈指の色気を見せる。手紙のやり取りが軸となってアクションがなく、犯罪映画としてはかなり異色であり、エピソードも断片的で流暢に物語が進行しない作りに賛否が分れそうではあるけれど、キャラクターを重視し、作品ごとにスタイルを変えてシチリアを語る監督を僕は大いに評価したい。
 
続いて、同じくTIFF Lightbox会場で『They Will Be Dust』。スペインのカルロス・マルケス=マルセ監督による新作で、「Platform」という部門に出品されている。僕の認識が間違っていなければ、この部門はコンペ部門で授賞がある。トロントは長年コンペの無い映画祭として開催されていたけれど、やはり賞があった方が映画祭は盛り上がるということと、製作サイドはコンペ部門を優先したがるという傾向もあって、10数年前にこのPlatformが作られたという経緯があったはず。僕がトーキョーでディレクターをしていた時にこの件は結構影響が大きかったのでよく覚えているのだけど、詳細は省くとしてともかく注目したい部門である。
 
『They Will Be Dust』は、脳腫瘍を患い錯乱を起こす妻とその夫が安楽死を選択したことに子供達がいかに向き合うかを、時折コンテンポラリー・ダンス的ミュージカルシーンを挟みながら、とてもシリアスに語るもの。そのままのヘヴィーな展開で、ミュージカルシーンがハマっているかどうかは好みが分れるかもしれない。というか、物語がストレート過ぎて、映画的な幅が無いところをミュージカルシーンで補おうとしている感がある。とはいえ、スペインの名優アンヘラ・モリーナと、チリを代表する存在のアルフレド・カストロの共演なので、そこはたっぷり堪能したい。

"They Will Be Dust" Copyright Latido Films

上映終わって14時。どうしてもお腹が空いてしまったので、TIFF Lightboxの建物に併設されているレストランに入り、ハンバーガーを注文。ポテト付き。まあ普通に美味しいかな。食後にホットコーヒを頼んで、チップ15%入れて合計33ドル。115円計算で3,795円。いやあ、まあそうなるか。今日は初日ということで許すとして、明日からは持参したエナジーバーをかじるか、たくさん集まっているフードトラックにトライしよう。
 
Lightboxから歩いて7,8分のところに、Scotiabankというシネコンがあって、ここが映画祭のメインの会場のひとつになっている。IMAX含めて12スクリーンあるのかな。大きなシネコン。『Diciannove』というイタリアの作品の関係者試写(Press & Industry = P&I上映)。トロントの出品部門は、要注目監督や未来の才能を取り上げる「ディスカバリー」部門。ジョヴァンニ・トルトリチ監督の長編1作目で、ベネチアの「オリゾンティ」部門にも選出されている。

"Diciannove"

イタリア語原題は「19歳」の意味で、文字通り19歳の青年がシエナの大学で文学専攻を選び、書籍を通じた知的世界とクラブと酒の遊興世界を通じて精神的に成長する様をクールな映像と音楽を駆使して描く、スタイリッシュでフレッシュな作品。ゴマンとあるような青春映画にまだ新しい切り口があるなんて、驚きだ。なかなかの監督デビュー作。
 
続いて同じ会場で『U Are The Universe』というウクライナの作品。パヴロ・オストリコフ監督の長編デビュー作で、こちらも「ディスカバリー」部門。

"U Are The Universe"

地球が出した核廃棄物を木星の月に投棄するワンオペ・ミッションが採用されている近未来を舞台にしたSF。ミッションに派遣されたウクライナ人男性が主人公で、彼が宇宙で任務遂行中に地球が核戦争で滅んでしまい、最後の地球人になったと思いきや、フランス人女性との通信が繋がり、希望が見えるが…、という物語。
 
ウクライナの作家が核戦争で地球が粉々になる物語を作っていることに胸を痛めずにいられない一方で、それなりに見栄えがするSF作品がウクライナで製作可能であることに希望を抱かせる作品でもある。応援したくなる作品だっただけに、関係者試写(P&I上映)で観たのが悔やまれる。もし監督がトロントに来ているのなら、登壇のある一般試写で観たかった。ここまでの細かいスケジュール配慮が、事前に出来ていなかったと深く反省…。
 
会場を出て20時。外はかなりの人出で賑わっている。近隣の道路は歩行者天国になっていて、映画祭初日の夜を楽しもうと、大勢の人が押し寄せている。夜店ならぬフードトラックもずらりと並び、これはまさに日本のお祭りの光景だ。映画祭がちゃんとお祭りになっているのがトロントだ、との実感を強くする。これは素晴らしい。
 
が、何せ4時から起きているので、猛烈に眠くなってしまい、どうやら次の21時45分の上映まで持ちそうにない。初日から無理するのは止めて、今日のところは引き上げることにする。家に帰還してパソコンを叩き、0時半に就寝。

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