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カンヌ映画祭2024予習「コンペ」編
第77回を迎えるカンヌ映画祭は、2024年5月14日に開幕し、25日まで開催されます。垂涎のラインアップが4月11日に発表され、23日に追加されました。もう追加はなさそうかなということで、果たして今年はどのような作品が選ばれたのか、部門ごとに予習していきたいと思います。
作品タイトルは原則として英題、国名は(分かる限りにおいて)監督の出身地としています。そして鑑賞前でかつ情報も少なく、記述内容に誤解があったらごめんなさい、ということでよろしくお願いします。
ということで、予習の第1回は、コンペティションから!
【コンペティション部門】
〇『The Apprentice』アリ・アッバシ監督/イラン・デンマーク
デンマークを活動の拠点にしているイラン出身のアリ・アッバシ監督新作。アッバス監督は『Shelley』(16)のホラー風味漂うシャープで不可思議な世界観で注目を浴び、続いて移民問題をファンタスティック寓話で描いた『ボーダー 二つの世界』(18)がカンヌの「ある視点」部門に出品され、今の時代を象徴する作品としてその年のカンヌの話題を独占するほど絶大なインパクトをもたらしたものでした。そして娼婦殺人事件を通じたイランの女性問題に迫る『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22)がカンヌコンペに選出され、見事脚本賞受賞。順調にステップアップを果たし、いまや世界的存在となっています。
前作からインターバル無しで届けられる新作は、な、なんと、トランプの若き日を描くものだそう。70年代を舞台に、不動産業界の若き起業家トランプと、有名な反共主義者で政治と近かった法律家のロイ・コーンとの交流を描く、とのこと。
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いやあ、これはいきなり驚きですね。そもそも、『Apprentice』というのはトランプが司会をしていたテレビのリアリティ番組のタイトルだ。そして、トランプ役に、セバスチャン・スタン。MCUのバッキー・バーンズ役のあの人。今年2月に開催のベルリンでは『A Different Man』で銀熊賞(主演賞)を受賞したばかりで、絶好調ですね。スチール写真で見られるトランプへの変身っぷりもすごい。そして、トランプの弁護士となったロイ・コーン役に、ドラマシリーズ『サクセッション(メディア王~華麗なる一族~)』の哀れなケンドル役のジェレミー・ストロング!このキャストは(特にドラマのファンには)たまらんです。
しかも、本作、この時点(4月25日)で日本がセラーの販売対象に入っていない。ということは、もう日本の配給が決まっているかもしれません。おー。確かに、これは買うよな…。それにしてもアリ・アッバシ監督、恐るべき飛躍だ!
〇『Motel Destino』カリム・アイヌーズ監督/ブラジル・アルジェリア
アイヌーズ監督、なんと、昨年の『Firebrand』(23)に続き、2年連続のカンヌコンペ入り。すごいなあ。もともとブラジルの姉妹を描いた『見えざる人生』(19)が「ある視点」部門の作品賞を受賞して脚光を浴びました。そして『Firebrand』では、ヘンリー8世(ジュード・ロウの変身ぶりが見事だった)と最後の妃のキャサリン・パー(アリシア・ヴィキャンダーがこれまた絵画から抜け出たようにぴったり)の心理戦を描き、初のコンペ入りを果たしたのでした。新作は、前作の16世紀イングランドから、現代ブラジルに舞台を戻したようです。
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「ブラジル北部のセアラーという海岸地。1年を通して気温は30度を超える。『モテル・デスティノ』では、毎夜のように、欲望と権力と暴力のゲームが行われている。ある夜到着した若いエラルドは、モーテルのルールを揺るがせていく」
「自分を殺そうとするシステムと戦う若い青年と、人生を奪おうとする父系制度による攻撃に抵抗する若い女性の愛の物語」
以上2つの紹介文がネット上で見つかりましたが、現代ブラジルの夜の街を舞台にした社会派でノワールな恋愛ドラマ、という感じでしょうか。スター俳優を起用したメジャー感のあった前作『Firebrand』から、フットワークの軽いインディー映画に戻って製作したのかと想像されますが、製作規模を変えてもカンヌのコンペに入るというのは、なかなかただ事ではないですね。
〇『Bird』アンドレア・アーノルド監督/イギリス
アンドレア・アーノルド監督は、2頭の牛の姿を描くドキュメンタリー『Cow』(21)がカンヌでプレミアされていますが(21年はカンヌに行けなかったこともあり、未見のまま)、続く新作が『Bird』となれば、こちらも鳥のドキュメンタリーかと思いきや、そうではなく、ドラマのようです(もともとアーノルド監督は過去にも『Milk』とか『Dog』とかのタイトルが多い)。
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「12歳のベイリーは、兄のハンターと父のバグとともに、ケント地域北部に暮らしている。バグは子にかまっている時間があまりなく、思春期を迎えるベイリーは他所に刺激を求めていく…」
父のバグ役に、バリー・コーガン。なんと、怪しい少年を演じてきたバリー・コーガンが2児の父の役とは。でももう彼も32歳なのですね。適役だ。そして、「バード」という役名の人物が登場するようですが、日本では『大いなる自由』(21)の名演が記憶に新しいドイツのフランツ・ロゴフスキ。バリー・コーガンとフランツ・ロゴフスキの共演には、心が躍りますね。
『Red Road』(06)、『フィッシュ・タンク』(09)、『アメリカン・ハニー』(16)で過去3度カンヌのコンペで審査員賞を受賞しているアーノルド監督、『Bird』は8年振りのカンヌコンペです。 強そう。
〇『Emilia Perez』ジャック・オーディアール監督/フランス
大いに好評を博した『パリ13区』(21)以来、3年振りのオーディアールの新作。当然のように、コンペ入りです。
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「弁護士のリタは、大きな事務所で正義が果たせず、くすぶっている。しかし、メキシコの犯罪組織のトップの男マニタスが、全ての仕事から手を引いて姿を消したいと依頼してきたことで、チャンスが巡ってくる。マニタスは、長年隠してきた夢を叶えようとしていたのだ。女性になる、という夢を」
マニタスが犯罪から逃れるため、そして自分の夢を叶えるために女性となる経緯を描く犯罪映画であり、そしてミュージカルでもあるようです。犯罪を逃れるために性別を変えるという設定はポリコレ的にまずい気もしますが、そういう単純な話ではないのでしょう。ともかくオーディアールがトランスジェンダーの主題に取り組むということで、そのスタンスが話題になりそうな1本です。
俳優にクレジットされているのは、トランス女性でスペイン出身のカルラ・ソフィア・ガスコン。そしてゾーイ・サルダナ(MCUガーディアンズのガモーラ役の人ですね)、セレーナ・ゴメスと、アメリカのスターが並びますが、どうやら本作はスペイン語映画のようです。ストーリーテラーとして、オーディアールは才人溢れるフランス映画界においても今やトップであると言っても過言ではなく、大注目です。
〇『Anora』ショーン・ベイカー監督/アメリカ
来た、みんな大好きショーン・ベイカー監督!もう、愛さずにはいられない『レッド・ロケット』(21)以来、3年振り2度目のカンヌコンペです。その前、『フロリダ・プロジェクト』(17)はカンヌ「監督週間」への出品でした。いまや、新世代のカンヌ常連監督となった感がありますね。『タンジェリン』(15)以来、どっぷりファンの僕としては、なんとも感慨深いです。
しかし、本稿執筆現在(4月25日)、新作はまだまだ情報が少ない!
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「ニューヨークとロスアンゼルスを舞台にしたセックスワーカーのコメディ」
まだこの一文しか見つかりません。とはいえ、この1文だけでショーン・ベイカーの得意分野だということが分かります。『レッド・ロケット』ではポルノ映画の元スター俳優、『タンジェリン』ではクリスマスの町の娼婦を主人公に取り上げているように、セックス事業に関わる彼ら/彼女らの哀しみとおかしみを交えたリアルな感情を描かせたら、おそらく現在ショーン・ベイカーは世界トップでしょう。
しかし、別途見つけた記事によれば、ベイカー監督が初めて「金持ち」を主役にしたとあり、もうこうなると見るしかないですね。キャストは、マイキー・マディソン(最近の『スクリーム』シリーズや、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にも出ていた)が主演かな。ともかく心の底から楽しみです。
〇『Megalopolis』フランシス・フォード・コッポラ監督/アメリカ
コッポラ新作がカンヌコンペ入りというニュースは、ラインアップ発表会見より前にスクープされましたね。カンヌ発表始まるよ~、という狼煙のような役割に見えました。
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新作は、NY的なメガロポリスが破壊の危機に陥る様を描く寓話であるよう。都市の再建を巡り、新たなアイディアと建設素材で再興を目指そうとする建築家シーザー(アダム・ドライバー)と、彼の敵で旧来型の保守派市長キケロ(ジャンカルロ・エスポジート=「ブレイキング・バッド」の悪役のあの人)が対立するドラマで、コッポラが未来の世代に託すメッセージが克明に刻まれていると、既に試写を見た米国人記者の報告がありました。役名から分かるように、欲望と腐敗によって崩壊の道を進んだローマ帝国になぞらえた世界観でもあるのでしょう。
ナタリー・エマニュエル(「ゲーム・オヴ・スローンズ」のミッサンディですね)が市長の娘役でメイン級の立場であることに加え、ジョン・ヴォイト、ローレンス・フィッシュバーン、オーブリー・プラザ、シャイア・ラブーフ、ダスティン・ホフマンなどなど、数多くの人物が交差する濃厚なドラマが期待できそうです。カンヌを超えて、2024年最大の話題作の1本ですね。
〇『The Shrouds』デヴィッド・クロネンバーグ監督/カナダ
大巨匠が続きます。クロネンバーグ、『クライム・オブ・ザ・フューチャー』(22)から2年で早くも新作届きます。元気だ。
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「成功したビジネスマンである50歳のカーシュは、妻の死から立ち直れないままでいるが、生者が死者とつながることのできる画期的なシステムを開発し、物議を醸す。ある夜、妻の墓が荒らされる。カーシュは犯人の捜査を始める」
クロネンバーグ、81歳。驚異的にブレないですね。見事に芸風を引き継いだ息子のブランドンの活躍も目覚ましいですが、まだまだ父クロもバリバリだ。とはいえ、本作の物語には、悲しい出来事が背景となっています。デヴィッドの妻であるキャロライン・クロネンバーグが、長い闘病生活の末、66歳の若さで2017年に逝去していることです。以下は、デヴィッドの発言:
「私たちの結婚生活は43年間に及び、妻とともに私の大きな部分も死にました。この作品を作ることは、私の体の一部でもあった彼女を抱きしめる方法でもありました。もちろん、そう説明しないと、見ただけでは分からないはずです。でも私を良く知る人々ならば、どの部分が自伝的であるのかが分かるでしょう」
デヴィッド・クロネンバーグ自身が投影された主人公には、ヴァンサン・カッセル。共演がディアン・クルーガーと、ガイ・ピアース。
〇『The Substance』コラリー・ファルジャ監督/フランス
コラリー・ファルジャ監督、2本目の長編でカンヌ初登場です。1作目『REVENGE リベンジ』(17)は、砂漠地帯を舞台にした、膨大な量の血が飛び散るリベンジ・スリラーでした。その迫力たるや圧倒的で、18年のフランス映画祭で来日したファルジャ監督は黒沢清監督との対談形式のマスタークラスに臨んでくれたのですが(僕は進行役を担当しました)、黒沢監督も『REVENGE リベンジ』の血の量には驚いていたことが思い出されます。
当時、青春人肉食ドラマ『RAW~少女のめざめ~』(16)でカンヌの話題をさらっていたジュリア・デュクルノー監督と並ぶ形で、ファルジャ監督はジャンルを更新するフランスの女性監督の旗手として一躍注目されたのでした。ご存じの通り、ジュリア・デュクルノー監督はその後『チタン』(21)でパルムドールを受賞し、カンヌ映画祭史上28年振り2人目となる女性の監督の受賞者となりますが、今度はファルジャ監督がカンヌに殴り込みをかける番ということになりました。
まだ本作のプロットの情報は無いのですが、肉体を媒介にしたホラー的作品であることは確かなようです。
キャストは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』や、『哀れなるものたち』(23)に出演歴のあるマーガレット・クアリー。そして、デニス・クエイドに、デミ・ムーア。おお。撮影はアメリカで、英語映画ですね。
ちなみに、フォルジャ監督の短編『Reality+』(16)が、短編専門配信プラットフォーム「SAMANSA」で鑑賞可能で、おすすめです。
〇『Grand Tour』ミゲル・ゴメス監督/ポルトガル
ミゲル・ゴメス監督、初のカンヌコンペ。世界的ブレイク作となった『熱波』(12)はベルリンでした。もっとも、『私たちの好きな八月』(09)は「監督週間」に出品されて激賞されており、『アラビアン・ナイト』3部作も「監督週間」でしたし、カンヌとの縁も深い。満を持してのカンヌコンペ、という感じでしょうか。
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「1917年のビルマ、ラングーン。大英帝国の役人であるエドワードは、婚約者のモリーとの結婚式の当日に逃げ出す。逃避中のパニックはやがてメランコリーに取って代わり、臆病なエドワードは虚無な自分を見つめ、そしてモリーの身の上を案じる。一方、結婚への決意が固いモリーは、エドワードの行動に興味を抱き、彼を探す旅に出る。アジアをまたぐ、グランド・ツアーへと」
画面から立ち上る濃厚な香りがすでに漂っているようです。予想不能なミゲル・ゴメス、とにかくもう観るしかない。
〇『Marcello Mio』クリストフ・オノレ監督/フランス
精力的に作品を発表するオノレ監督、日本では『Winter Boy』(22)の公開(23年12月)が記憶に新しいところですが、自らのセクシュアリティに向き合う姿勢が自作の多くの主題となっています。2024年3月に来日してマスタークラスに登場してくれたヴァンサン・ラコストさんも、同性愛者を演じた『ソーリー・エンジェル/Plaire aimer et courir vite』(18)が自分の演技の幅を広げてくれたとオノレ監督に感謝のコメントを寄せていたのも印象的です。
しかし、一転して本作は、まったく驚きのコメディー・ドラマであるようです。主演がキアラ・マストロヤンニ。共演クレジットに、カトリーヌ・ドヌーヴ、バンジャマン・ビオレ、ファブリス・ルキーニ、メルヴィル・プポー、など超豪華。
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「キアラという女性の物語。女優である彼女は、カトリーヌ・ドヌーヴとマルチェロ・マストロヤンニを両親に持つ。父親の影響の大きさに耐えかね、逆にキアラはむしろ父マルチェロになりきることにする。マルチェロと名乗り、彼の服装をまとい、彼のように話し、女優でなく男優としての扱いを求める。周囲の人は一時的なジョークと受け止めていたが、キアラは新しいパーソナリティーを手放す気はさらさらないのだった」
なんという内容!そしてこのスチール!奇抜なコメディの姿でありつつ、ジェンダーの主題も持つ作品なのでしょう。カンヌのフランス映画は常に注目されますが、本作は大きな話題を集めそうです。
ここで余談を。僕のカンヌの数少ない(本当に)華やかな記憶のひとつとして、キアラと一緒に花火を見上げたことがあるというものがあります。カンヌ映画祭が他の映画祭のプログラマーたちを招待するディナーに出席したことがあるのですが、そこには数名の監督や俳優なども招待されていました。そして、ディナーの後半に、外で花火の音がしたので、一同バルコニーに出て花火を見上げたのですが、何故か僕の隣にキアラが立っていたのです。自然の流れで会話を交わすことになり、その時、彼女が「父と一緒にカンヌで花火を見たのがいい思い出なんです」と僕に語ってくれたのでした。
飾り気のないキアラの魅力に気絶しそうな思いでしたが、見知らぬ相手にお父さんのことをこんなに自然に話すんだ、と心底驚きました。なので、本作はキアラのマルチェロ・マストロヤンニに対する心の底からの愛が注がれているのだろうと、確信しています。
〇『Caught By The Tides』ジャ・ジャンクー監督/中国
『青の稲妻』(02)、『四川の歌』(08)、『罪の手触り』(13)、『山河ノスタルジア』(15)、『帰れない二人』(18)、に続き、ジャ・ジャンクー監督6本目のカンヌコンペ作です。多くのジャ・ジャンクー監督作に主演してきたジャオ・タオを新作でも起用し、愛の物語が描かれるようです。
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「2000年代初頭の中国。シャオシャオとグアオビンは情熱的だが壊れやすい愛を生きている。グアオピンが地方で人生をやりなおすために姿を消すと、シャオシャオは彼を探そうと決意する」
ジャ・ジャンクーの過去作が描いてきた激動の中国の25年間を総括するような作品であるとの記述もあり、愛の物語を通じたジャ・ジャンクーの雄大な、スケールの大きい映画体験が期待されます。現状、東アジアから唯一のコンペ参加作品なので、今年のアジア映画関係者はジャ・ジャンクー一押しモードになること必至。
〇『All We Imagine As Light』パヤル・カパディア監督/インド
86年生のインドの女性、パヤル・カパディア監督は、短編『Afternoon Clouds』(17)がカンヌの短編部門に選出されており、次の短編がベルリンで上映されるなど、近年実力を蓄えてきた映像作家です。特に、ドキュメンタリー作品『A Night of Knowing Nothing』(21)はカンヌ「監督週間」に出品され、カンヌの全部門を横断して決められる「最優秀ドキュメンタリー賞(Golden Eye)」の受賞は特筆されます。無念ながら僕は未見ですが、現実に夢やフィクションを交え、右派勢力の増大に起因したインド社会に見られる差別の構図を指摘する内容であったようです。新作はドラマです。
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「二人の女性の物語。ムンバイに住む看護師のプラバは、外国に移住した男との見合い結婚に巻き込まれたことがある。彼女のルームメートのアヌは、恋人と念願のセックスができる場所を探している。プラバとアヌは、海岸沿いの町に赴く。熱帯の神秘的な森が、彼女たちの欲望と夢が実現する場となるだろう」
現代に重要な主題を独創的に描く実力と、斬新なビジュアルのセンスが期待されます。インドからの新星であると今から喧伝してしまいそうですが、巨匠居並ぶカンヌのコンペにおいて、ここ数年は若い才能も積極的に選出されてきており、カパディア監督の存在は一層高まっていくでしょう。
〇『Kinds Of Kindness』ヨルゴス・ランティモス/ギリシャ
え、『哀れなるものたち』で23年のベネチアを制したランティモスが、もう新作?と驚かされますが、まぎれもない新作です。しかも、またまたエマ・ストーンとウィレム・デフォー。『哀れなるものたち』と同時に撮影していた?いやいや、まさか。撮影は22年の秋にニューオーリンズで行われたと、エマ・ストーンがインタビューで語っています。
『Kinds of Kindness』の脚本は、ランティモスが『ロブスター』(15)や『聖なる鹿殺し』(17)で共作したエフティミス・フィリップとともに手掛けており(『哀れなるものたち』や『女王陛下のお気に入り』はトニ・マクナマラ)、久しぶりにランティモス特有の毒気の効いた世界が見られるかもしれません。
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「三つの物語。予定調和な自分の人生を自らの手に取り戻そうとする男、溺死したはずが戻ってきた妻の態度に疑問を抱く警察官、偉大なスピリチュアル導師となると予言された女性の居場所を探す女」
主要の俳優が7名いて、それぞれ3つのエピソードで異なる人物を演じるというものらしい。これはもう、当然大注目です。
〇『L’Amour Ouf』ジル・ルルーシュ監督/フランス
カンヌ入りの競争率が無茶苦茶激しいフランス映画において、ジル・ルルーシュがコンペ入りを勝ち取るとは、正直驚きでした。とはいえ、コメディとアクションの双方を得意とする当代きっての人気俳優であり、『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』(18)を監督して特大ヒットに導いた映画人としてのジル・ルルーシュの才能に疑問の余地はなく、完璧な恋愛映画を作り上げてきたものと思われます。
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「80年代のフランス北部。ジャッキーとクロタールは高校や港で育つ。ジャッキーは勉強し、クロタールはブラブラしている。ふたりの運命が交差し、狂ったような愛が始まる。人生はふたりを別れさせようとするが、そんなことは無駄なのだ。二人は一つの心臓に宿る二つの心室のような関係なのだから」
激しい愛を生きるのは、男性はフランソワ・シヴィル。日本では『ダンサー イン Paris』(22/セドリック・クラピッシュ監督)の愛すべき整体師役が実に印象的でしたが、本国では「三銃士」の映画化シリーズで国民的キャラクターである「ダルタニアン」を演じており(23年末にPart2が公開されたところで、まだまだ進行中)、まさに今が旬の人気俳優です。女性は、アデル・エグザルコプロスで、こちらは説明不要かな。抜群の実力と人気を誇る存在ですね。いやあ、これは楽しみ。
ちなみに、仏語タイトルL’amour ouf、ですが、アムールが愛であるのはいいとして、ouf/ウフ は俗語で、ひっくり返してfou/フー、つまり狂った、という意味。フランス語の俗語で、単語をひっくり返すのが若者言葉になったりしているのですね。ザギンでシースー、みたいな。つまり、L’amour oufは、若者言葉で「狂った愛」、というわけです。
さらに調べてみるとこの企画、2013年には既に同名小説がジル・ルルーシュ監督で映画化とのアナウンスされていたようです。10年の時を経てついに実現したということになりますが、さらなる情報としては、本作は20年に渡る愛を描くミュージカルであり、そしてなんと、ウルトラ・ヴァイオレントであるとも言われています。さらに共演者として、アラン・シャバ、ブノワ・ポールヴールド、ヴァンサン・ラコストなどが並び、これはカンヌのフランス映画ファンが騒ぐ1本になるでしょう。
〇『Wild Diamond』アガト・リーディンジェ監督/フランス
リーディンジェ(Riedinger)監督、長編1作目がコンペ入り!あらゆるフランス映画がカンヌのコンペを目指す中、フランスの新人監督がコンペに入ることは極めて稀であるはずです。短編で実績はあるものの、中央ではまだ全く無名の存在と言っていいでしょう。今回のコンペでは女性の監督は4名ですが、アンドレア・アーノルド監督以外の3人は、ほぼ新人。女性の監督の数は少ないけれど、若手を引き立てるのは女性から、という意図が映画祭側にあるのかどうか。
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「怖いもの知らずの19歳のリアンヌは、母や妹とともに、埃っぽい空気の南フランスのフレジュに暮らしている。リアンヌは美への関心と自己承認欲求が強く、テレビのリアリティー・ショーに可能性を見出す。『ミラクル・アイランド』という番組のオーディションに参加し、リアンヌの運命はついに微笑むように見えた」
本作は、部門横断的に決定される「新人監督賞(カメラ・ドール)」対象作品になっています。キャストも新人を起用していると思われ、大いなる可能性を秘めた作品を期待しましょう。
〇『Oh Canada』ポール・シュレーダー監督/アメリカ
ポール・シュレーダー御大、カンヌコンペに降臨です。ソリッドな演出で健在を示した『カード・カウンター』(21)の魅力が記憶に新しいですが、カンヌコンペは芸術貢献賞を受賞した『Mishima』(1985)と、『テロリズムの夜/パティ・ハースト誘拐事件』(1988)以来3度目。36年振りというのはすごい。
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「著名なカナダのドキュメンタリー監督の男が病に侵され、かつての弟子のインタビューに応じることにする。そこで、ついに彼は自分の人生について、前妻の目の前で語りはじめる」
「レオナール・フィフは、ベトナム兵役を逃れてカナダに移住した6万人の徴兵忌避者のひとりである。彼は神話化された人生を脱神話化すべく、語りはじめる」
ネットでは上記ふたつのあらすじが見つかりましたが、これはアメリカの知られざる暗部に踏み込む内容のようで、大いに興味をそそられます。主演が、リチャード・ギア。彼の若き日を、ジェイコブ・エロルディ。現在公開中の『プリシラ』でプレスリー役を演じている人ですね。妻役に、ユマ・サーマン。その少女時代役に、ノルウェー出身のクリスティン・フロセス。
ベトナム帰りの男を苦悩を書いた『タクシー・ドライバー』(76)から約50年を経て、ベトナム兵役逃れの男の苦悩を書くポール・シュレーダー。と考えると、もう感慨深すぎて、いてもたってもいられません。
〇『Limonov – The Ballad』キリル・セレブレニコフ監督/ロシア
キリル・セレブレニコフ監督、『チャイコフスキーの妻』(22)から2年で新作が届きます。ロシア当局から数度に渡る干渉を受け、自宅軟禁を強いられた時期もあったセレブレニコフですが、前作時にはカンヌ行きが実現したものの、ウクライナ戦争のあおりを受け、複雑な立場に立たされていました。もちろん、本人が戦争に賛成のわけもないですが、会見の質問が戦争に集中し、作品への注目が薄れてしまった感がありました。とはいえ、『チャイコフスキーの妻』は女性の目線を通じた狂おしい愛を描く傑作でした。
そして、新作について、先日話す機会のあった知り合いの某映画祭のプログラマーは、パルムドール有力候補間違いなし、と断言していたのですが、果たして。
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「活動家、革命家、ダンディ、凶悪犯、執事、またはホームレス。その全てであると同時に、怒りっぽく好戦的な詩人、政治扇動者、そして偉大な小説家でもあった。エドゥアルド・リモノフの人生は、硫黄の足跡のようなものだ。20 世紀後半の、モスクワのにぎやかな街路やニューヨークの高層ビル群、パリの路地からシベリアの刑務所の中心までを巡る旅」
エドゥアルド・リモノフは驚愕の人生を送った文学者で、活動家でウクライナ出身、となれば、セレブレニコフにとってこれ以上の対象はいないと思わせます。ロシアのカルト的ロックバンド(『レト』)、作曲家の妻(『チャイコフスキーの妻』)に続き、セレブレニコフが手掛ける伝記映画の決定版である予感に震えます。
ただ、本作には紆余曲折があったようです。もともと、フランスの作家エマニュエル・キャリエールが2011年に著した伝記「リモノフ」がベストセラーとなっており、その映画化は当初イタリアのサヴェリオ・コスタンツォ監督が手掛けるとされていました。そして、コスタンツォ監督に代わり、ポーランドのパヴェル・パヴリコフスキが監督し、撮影は2018年を予定しているとのニュースが、2017年にネットに上がっています。
その後の経緯は分からないのですが、最終的にセレブレニコフという最適の監督の手に渡ったということになります。パヴェル・パヴリコフスキの名前は、セレブレニコフとともに共同脚本にクレジットされており、本作は別の企画ではなく、かつての企画の延長線上にあることが伺えます。これは間違いなくカンヌの目玉になりそうです。
〇『Parthenope』パオロ・ソレンティーノ監督/イタリア
カンヌ常連のソレンティーノ、少し久しぶりかなと思ったら、なんと『グランドフィナーレ』(2015)以来9年振り!ここ10年は、ベルルスコーニを取り上げた『Loro』や、ジュード・ロウとジョン・マルコビッチがローマ法王として対決するテレビシリーズ『ニュー・ポープ』(20)を手掛け、そしてマラドーナの神の手をモチーフにした『Hand of God』(21)はネットフリックス映画でした。満を持してのカンヌ復帰という感じがします。
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「1950年代から現在に至る、パルテノーペの物語。自由、ナポリ、そして愛を愛する女性的な叙事詩。明日無き、真実の愛。苦いが、再生と繋がる愛。カプリの海の水平線に出口は無いが、きままな若者にとっては完璧な夏。パルテノーペの周りには、ナポリ人がいる。波乱に満ちた彼らの人生を我々は追う。人生は長かったり、印象深かったり、平凡であったりする。長い時間が、あらゆる感情を用意する。その主役となるのは、ナポリの町である」
というような、長く抽象的な紹介文がフランスの映画DBで見つかりますが、とにかくナポリを舞台にした女性の一代記のようですね。パルテノープというのは、サイレンのことで、オディッセイアに登場する海の怪物の別名のはず。ナポリ、海、歌、愛、死、などを軸にした、50年代から現在に至る叙事詩、ということなのでしょう。ソレンティーノ特有の優雅で壮大な世界観が堪能できそうです。
おそらくヒロインは新人で、Celeste Dalla Portaという今年27歳になる女性。長く演技と踊りを勉強し、モデル業とともに短編に出演の後、今作で大舞台に初登場ということになるようです。共演にゲイリー・オールドマン、ステファニア・サンドレッリ、シルヴィオ・オルランドなど。ああ、楽しみです。
〇『The Girl With The Needle』マグヌス・フォン・ホーン監督/スウェーデン
スウェーデン出身の男性、フォン・ホーン監督、長編第1作『波紋(The Here After)』(15)がカンヌ「監督週間」に出品されています。続く『スウェット』(20)は当時勤務していた東京国際映画祭で選出しましたが、インフルエンサーの女性エクササイズ・インストラクターの受難が描かれ、クリアな映像とスリリングなリアリズムが映画を見事に牽引し、監督の才能を確信させました。続く長編3作目がカンヌのコンペ、ということで、自分の見る目は間違っていなかったなあという自己満足も入りつつ、嬉しいです。
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「1919年、コペンハーゲン。職を失い、妊娠している若い女性カロリンヌ。彼女はダグマーという女性に出会い、アンダーグランドの養子縁組事務所の存在を知る。カロリンヌは深く関わるようになるが、仕事の背景の恐ろしい真実を知った時、彼女の人生は崩壊する」
若い女性の受難をリアリズムで描くというフォン・ホーン監督の主題は前作から引き継がれたようです。ビジュアルを見る限りではシャープなモノクロが期待できそう(前作は非常に色彩豊かなカラーだった)。フランスの映画DBには「ホラー」との記載もあり、ジャンル的な楽しみも期待できるかもしれません。
主演のカロリンヌには、22年にカンヌ「ある視点」で話題となったアイスランド・デンマーク・スウェーデンなどの合作『ゴッドランド GODLAND』(22/フリーヌル・パルマソン監督/24年4月現在東京公開中)に出演のビクトリア・カルメン・ゾンネ。彼女を(おそらく)ダークサイドに誘う女性のダグマー役に、デンマークのスター女優トリーヌ・ディルホム。
今年のコンペの若手飛躍枠の1本ですね。期待しましょう。
〇『The Most Precious of Cargoes』ミシェル・アザナヴィシウス監督/フランス
ラインアップ発表会見から約2週間後に追加発表になったのが、ここからの3本。まずはアザナヴィシウス監督新作。『キャメラを止めるな!』(22)から2年振りのカンヌ。コンペは、『グッバイ、ゴダール!』(17)以来6年振り。かつて『アーティスト』(11)が会期中に特別上映からコンペに部門替えされたゴタゴタが懐かしいですが、アザナヴィシウス監督も今や堂々たるカンヌコンペの常連になりました。そして、新作はアニメーション!
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「昔々、ポーランドの森の奥に、貧しい男女の木こりが暮らしていました。木こりの女は、自分に子どもが出来ないことを嘆いていました。昔々、ユダヤ人家族がいました。双子の子どもが生まれたばかりでしたが、両親は逮捕されてアウシュヴィッツの収容所に連行されました。彼らを死地へと運ぶ列車の中、父親は大胆な行動に出ます。絶望的な望みを賭け、双子のひとりを列車の外に投げ出したのです。貧しい木こりの女が貨物列車と思って列車を眺めていると、そこから包みが放られ、雪の中に落ちました。空からの恵みのように、この小さな商品は、まさに彼女が熱望していたものだったのです。女の子の赤ちゃんでした」
なんとなんと、カンヌのコンペにアニメーションが入るのは、かなり久しぶりです。ベルリンは時折あるのだけど、カンヌはいつ以来だろう…。と思って確認してみたら、『戦場でワルツを』(08/アリ・フォルマン監督)以来だった。16年振り!
本作は、2019年に出版されたジャン=クロード・グルムベール(1939年生)の著作をベースしたアニメーションで、脚本はグルムベールとアザナヴィシウスが共同で手掛けているとのこと。グルムベールの実体験を元にした部分も多いのだろうと予想されます。企画の存在はアヌシー映画祭で発表されていましたが、今回アヌシーでなくカンヌでの上映、しかもコンペということで、カンヌとアヌシーの間の調整に時間がかかったのかもしれないと邪推してしまいます。
そして、さらに感動的なのが、本作のナレーションをジャン=ルイ・トランティニャンが担当しているということ。2022年6月にトランティニャンはその極めて重要なキャリアの幕を閉じましたが、彼の最後の仕事が本作であったということです。本作の重要度がさらに増しますね。
一方で、ちょっとネガティブなニュースとしては、当初男の木こりの声優にはジェラール・ドパルデューが発表されていましたが、役を降りたそうです。ドパルデューは性加害を訴えられ、実質俳優業を休業中。目下最後の主演作品が日本が舞台の『UMAMI(旨味)』(長塚京三らと共演)なのが何ともアレですが、日本で上映されるという噂もなく、僕はベルリン出張時の機内で見ましたが、興味がある人は国際線の機内をチャレンジしてみて下さい。
そんなことはともかく、『The Most Precious of Cargoes』、これまたカンヌの目玉の1本になりそうです。
〇『Three Kilometers to the End of the World』エマニュエル・パルヴュ監督/ルーマニア
79年生のパルヴュ監督は2000年代から役者として活動し、ムンジウ監督作品にも出演していますが、監督業も積極的に手掛け、複数の短編に続いて第2作の長編『Marocco』(21)がサンセバスチャン映画祭の新人監督部門に選ばれるなど、評価を受けています。とはいえ、そこからいきなりカンヌのコンペ入りとは、大躍進と言っていいはずです。
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「保守的なドナウ・デルタ地域のコミュニティ。ティーンの青年がゲイである自らのセクシュアリティを発見するが、その精神的な旅は両親や近隣の人々が守ってきた伝統的な価値観と衝突する」
正面からLGBTQを語る作品が今年のコンペに無く、その意味でも重要な位置づけの作品になりそうです。ルーマニア映画特有の作家性が期待できるのか、全く異なるタッチを見せてくれるのか。主演の青年はちょっと分からないのですが、ムンジウ監督『4ヶ月、3週間と2日』に出ていたローラ・バシリウ(中絶を助ける方の女学生の役)や、クリスティ・プイユ監督作にも出ているボグダン・ドゥミトラケなど、ルーマニア映画好きには馴染みの役者が出演していることも嬉しい。期待大です。
〇『The Seed of the Sacred Fig』モハマド・ラスロフ監督/イラン
コンペの最後の1本に、ラスロフ監督が入ったことに戦慄が走ります。見事な4つの短編を通してイランの死刑制度を語り、ベルリンで金熊を受賞した『There is no Evil(悪は存在せず)』(20)を東京国際映画祭で上映した際に監督にズームでQ&Aをしてもらいましたが、軟禁が伝えられた監督は元気そうで、優しい物腰で厳しい体験を語ってくれる姿勢がとても印象的でした。心から尊敬する反骨の映画作家です。前作『Intentional Crime』(22)を無念ながら未見なのですが、獄中で病死した政治犯について家族や関係者に話を聞くドキュメンタリーであったようです。
新作『The Seed of the Sacred Fig』のプロットやビジュアルはまだ(4月25日現在)公表されていません。
気になるのは、ラスロフ監督がカンヌに来られるかどうかという点です。2023年に、ラスロフ監督は「ある視点」部門の審査員としてカンヌに招聘されましたが、「反政府的行為」によって22年に逮捕され、国外に出ることを許されていませんでした。そこであえて招待をすることで、ラスロフが国外に出られない事実が国際的に知られることになり、世界的な支援や共感を得ることに繋がる。カンヌ映画祭は苦境にある映画作家にこういう形で支援をしているわけで、メジャー映画祭の役割はかくも重いものかと感じ入るばかりです。
20223年には健康上の理由で一時的に赦免されており、その後「反体制プロパガンダ」の罪で1年の刑と2年間の出国禁止を課されていると、ネット媒体のIndie Wireが伝えています。
ラスロフがカンヌに来場し、自作のワールドプレミアに立ち会えることを、心から願わずにいられません。
以上、コンペは22本です。やはり、強烈ですね。どれも強い。東アジアから中国1本というのが、少し寂しいですが、これはもう例年のこと。追って紹介する他の部門には日本の未来のスター監督が選ばれているので、将来を楽しみにするとして、コンペの多彩な作品群に大いに期待したいと思います。
ちなみに審査員長はグレタ・ガーウィグ!!
次回は、公式部門のひとつで第2コンペ的位置づけの、「ある視点」部門を予習します!