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サンセバ映画祭2022日記Day5

20日、火曜日。昨夜は早く寝たので、朝は5時半に起床。パソコンいじって、朝食食べて、7時30分に外へ出る。
 
ひんやりとした秋の空気。僕は小学校をヨーロッパで過ごしたので、この9月の初秋の朝の空気が瞬時に自分を当時に連れて行ってしまい、ノスタルジアお化けになってしまう。新年度で少し緊張しながら学校へ行く、あの秋の朝の感じ…。思えば、秋の季節に欧州に来るのは20年以上振りなので、この感覚も久しぶりだ…。
 
ところで、昨夜のポカを受けて、今後チケットを取った上映に英語字幕なしの上映があるかどうか問題は、とりあえず放置することにした。予定を見直すのがとても面倒だし、まあそんなには無いだろうと、根拠のない自信を信じることにする。
 
ということで、朝は8時半から「ヴィクトリア・ユージニア」というメイン会場のそばにある劇場に向かう。それにしても、徒歩圏内に上映会場が沢山あって、実に素晴らしい。と思ったら、ここは映画館でなく、由緒がありそうな演劇の劇場だった。

館内の壮麗な美しさは嬉しいのだけど、深く考えずに2階バルコニーの最前席を取ってしまっていたようで(チケット予約時に座席は選べる)、座席にもたれるとバルコニーの落下防止用の柵が目の前を横切る形で視界を遮り、まともに映画を見るには身を乗り出さないといけない。すると上から一階席を見下ろす形になり、一階席の観客が時折り覗くスマホの光が夜空に瞬く星のように視界の中に輝き続ける。映画を見るには、最悪だ。「『ヴィクトリア・ユージニア』会場のバルコニー席は絶対取らないように」と、来年の自分への申し送り事項にメモする。
 
そういう不機嫌さの中で見られてしまう映画も不幸だけれど、見たのはコンペに出品のスペイン映画で、『La Maternal』という作品。2020年の『スクール・ガールズ』がゴヤ賞新人監督賞はじめ多くの賞に輝いた期待の新鋭、ピラール・パロメロ監督の長編2作目だ。

"Maternal"

ダメ母の下で無軌道な日々を送る14歳の少女が妊娠してしまう物語で、ティーンの受難ものにはかなり食傷気味なのだけれど、ここは我慢して見続ける。同じ境遇の少女たちの面倒を見るシェルター的な施設があり、親切なスタッフと仲間たちのサポートを得て、少女はそこで出産し、苦労しながら子を育てる。遊びたい盛りの主人公が育児を嫌がる描写はあるものの、結局は「母性」の発露という形で美談に着地する。
 
それはそれでいいのかもしれないけれど、14歳の少女に対して、映画が中絶というオプションの検討の機会を与えなかったことに、アメリカの状況が浮かぶこのご時世において、落ち着かない気分にもなってしまった。もっとも、これはちょっと穿った見方かもしれない。監督の演出力は安定しており、今後が楽しみな存在であることには変わりない。
 
続いて11時半に別会場に移動し、コンペ部門で、ポルトガルのマルコ・マルチンズ監督新作『GREAT YARMOUTH - PROVISIONAL FIGURES』。舞台はグレート・ヤーマスという英国東部の町。仕事を求めてこの地を訪れるポルトガル人労働者たちを鶏肉精製工場に斡旋する、英国人男性と結婚した中年ポルトガル人女性の苦闘を描く作品。

"GREAT YARMOUTH"

序盤から暗く混沌とした状況を、矢継ぎ早なカット繋ぎで近視眼的に見せ、人物関係や全体像が把握できず、いささか置いてかれてしまった。ヒロインはポルトガル人労働者を宿泊させている建物を、将来はシニア向け一般ホテルに生まれ変わらせようとの夢を抱いているが、夫がドッグレース狂いのダメ男であることもあり、夢は遠ざかるばかりである。ということがなんとなくは分かるのだけれど、ダークな雰囲気作りに重きが置かれ、どうにも役者の芝居も空回りに見えてしまう。太い物語が掴めず、映画がドライブしない。ただならない迫力はあるのだけど、僕が乗れなかっただけなのか。残念。
 
続けて14時からは「新人監督部門」で『A Tale of Shemroom』というイランの作品へ。Emad Aleebrahim Dehkordi監督はイランとフランスの両国に拠点を置いて活動していて、本作が長編1作目とのこと。

"A Tale of Shemroon"

悪人では無いけれどドラッグ取引に手を出してしまう兄と、真面目な性格でムエタイ選手として活躍する弟の、ふたりの兄弟の姿を描く物語。家族の土地を巡る親族間のいざこざや、兄弟の皮肉な運命が語られる。手持ちカメラの長回し以外には、取り立てて個性が目立つ演出では無いものの、しっかりと物語を伝える力はあり、安定した作品だった。
 
上映が終わり、今日は詰まっているので小走りで別会場に向かい、16時からコンペで『Pornomelancolia』という作品で、アルゼンチン出身のマヌエル・アブラモビッチ監督の長編処女作。

"Pornomelancolia"

舞台はおそらくメキシコ。自らの際どい写真をソーシャルメディアに上げている工場勤務の33歳のゲイの男性が、まずは由緒正しい(メキシコの革命をパロディ化したドラマ仕立ての)ポルノ映画に出演し、やがて自分でネットの動画チャンネルを立ち上げ、ゲイポルノのインフルエンサーになっていく物語。
 
セックス描写はたっぷりと出てくるのだけど、商品用の撮影現場のそれとして描かれるので、あっけらかんとしてユーモラスですらあり、映像も端正で綺麗。そして、個人的趣向と実益を兼ねたセックスを楽しんでいるかに見えた主人公も、やがて愛の不在から来る孤独により、確実に心身を苛まされていく展開が胸を打つ。「セックス描写をポルノから解放したい」と語ったアラン・ギロディー監督の一言が想起される作品でもあった…。。
ユニークな個性が際立ち、シャープで、これは賞に絡むかもしれない。しかし局部の露出が多いので、日本での上映は難しいか…。自分が東京国際映画祭のプログラマーだったら、悩みそうな作品だ。
 
続けて18時から、「Made in Spain(スペイン映画部門」で『Unfinished Affairs』という作品。これはクライム商業映画で、アート系からしばし解放され、気楽に見られる箸休め的な作品だった、と言ったら失礼かな。

"Unfinished Affairs"

スペインの港町カディスを舞台に、自分の娘を殺されてキャリアを台無しにしてしまった刑事が、別の少女誘拐殺害事件の解決に走ることで過去の傷を乗り越えていく物語。特筆すべき点は無いけれど、退屈せずに見られるクライムムービーで、せっかくスペインにいるのだから一般的なスペイン映画を観られるのもはるばる来た甲斐があるというものだ。
 
そして本日6本目は、20時45分から「ラテン映画コンペ部門」で、2012年の処女作がベネチアの批評家週間で上映されたメキシコのナタリア・ベリステン監督による4本目の長編で、『Noise』(扉写真)という作品。
 
暴力のはびこるメキシコにおいて、9ヶ月前に失踪してしまった娘を探し続ける母親の闘いを描く物語。1本前に見た『Unfinished Affairs』と同じく娘が失踪する事態を題材にしているものの、こちらは完全にシリアスな骨太の社会派作品。
 
2020年の東京国際映画祭で上映し、その後劇場公開もされた『息子の面影』という衝撃的な傑作と同様に、本作も現在のメキシコで数万人が行方不明となっている状況を物語の背景に持っている。Netflix作品であり、相応の予算を投じ、女性が被り続けている甚大な被害と、彼女たちの怒りを大規模なスケールで訴える。女性監督である点も見落とせない。6本目の疲れを吹き飛ばす秀作だった。見られて本当に良かった。
 
上映終わって23時、本日はバル街には寄らず、バスに乗ってまっすぐホテルへ帰還。鑑賞した作品をゆっくりと思い出しながら、良き1日だったと噛みしめてブログを書き、そろそろ1時。おやすみなさい!







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