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カンヌ映画祭2024日記 Day11

24日、金曜日。昨夜は日記ブログを書き切れずに寝落ちしたので、5時半起床でパソコンに向かう。『Bird」の余韻を思い出しながら、本日も重要作が待っており、いそいそと外へ。
 
本日も晴れ。序盤は天気イマイチだった今年のカンヌ、中盤から回復して良かった!
 
9時から、コンペで、インドのパヤル・カパディア監督による『All We Imagine As Light』。ムンバイの病院に勤務する看護師の女性を中心にした、3人の女性の物語。

"All We Imagine As Light" Copyright Condor Distribution

小声のモノローグが連なる形でムンバイの町の街角の風景が浮かび上がり、静かに個々の心情が綴られていく。主人公は夫がドイツで働いており、寂しさを抱えて生きている。病院の受付業務の若い女性は年との恋を探る。食堂勤務の中年女性は、住居からの立ち退き依頼に抵抗している。都会の生活が庶民の視点で淡々と語られる。
 
物語に抑揚が少ないものの、後半に不思議な事件も起こり、虚実の間を漂うような展開が効果的で、染みる。フェミニズムの主題も根底にあるが声高に訴えるのではなく、詩的な音楽のような形で伝わってくる。落ち着いた佇まいが心地よい、良作。

"All We Imagine As Light" Copyright Condor Distribution

ところで上映中、隣席男性のスマートウォッチの光が気になってしょうがなかった。業界人向けのマーケット試写だと、携帯の使用は無法地帯だけど、一般上映で目に余る場合はやめて下さいと言いたくなる。でも、時計は言いにくい。一度ベルリンで言ったら、あからさまに嫌な顔をされたことがあって、なかなか難しい…。
 
11時半から、コンペでフランスのジル・ルルーシュ監督新作『Beating Hearts』。スター俳優のジル・ルルーシュは出演せず、監督に専念。
 
まじめな少女と、不良の少年による、長年にわたる愛の物語。『愛と誠』に遡ることもできる(例えが古過ぎる)、普遍的な愛の物語。ティーン時代に一気に盛り上がり、しかし少年は悪の道に進み、少女は別の道を歩むように見えたが…、という展開。

"Beating Heart" 2023 – TRESOR FILMS - CHI-FOU-MI PRODUCTIONS.

しかし、男女の仲が盛り上がっていく様を驚くべきスピードでクールに見せたショーン・ベイカーや、人物の内面を切実な形で描いてくれるアンドレア・アーノルドなど、現在の世界のトップたちによる極上のセンスと技術に触れた後だと、ジル・ルルーシュは残念ながらとても不利である(そして気の毒である)のは否めない。どうにも冗長で、古典的な内容に終始してしまっている。力作であることは間違いないのだけれど、そして役者(アデル・エグザルコプロス、フランソワ・シヴィル、ヴァンサン・ラコスト)はとても良いのだけれど、いささか残念。
 
15時から、イランのモハマド・ラスロフ監督新作『The Seed of the Sacred Fig』(扉写真も/Copyright RUN WAY PICTURES)。イラン当局によるあまりに酷い実刑宣告を逃れ、国外脱出に成功したことが報じられていた中、カンヌに姿を現すかどうかが注目されていて、僕も絶対に立ち会いたいと熱望していた上映だ。14時にはメイン会場のリュミエールに入り、スクリーンに映し出されるレッドカーペットの様子を眺める。
 
そして、ラスロフ監督、登場!会場は割れるような拍手で迎える。やはりみんな監督の苦難を知っている。上映前のスタンディングオベーションがこれほど長かったのは、ちょっと記憶にないかもしれない。コンペでは監督の挨拶はない替わりに、観客が拍手で出迎えるのが慣習。そして今回は、いつものスター監督を迎える拍手とは明らかに質が異なり、とても感動する。

劇場スクリーンに中継されるレッドカーペットに登場した監督。来場できない主演俳優の写真を掲げている。

映画の出来も、期待に違わず素晴らしかった。ある家族が、司法関連省庁で昇進した父を祝う。ただ、父は死刑執行の書類にサインをする立場であり、逆恨みが家族に及ぶ恐れがあるため、高校生と大学生の2人の娘は目立たないように行動するよう厳命される。一方、反スカーフ運動のデモは勢いを増し、警察の弾圧で怪我人と逮捕者が続出していた。そんな状況下、長女の友人がデモ排除に巻き込まれ、大怪我を負う…。
 
というのは、映画の入り口に過ぎず、ここから全く意外な方向に物語は向かっていく。前作『There Is No Evil』で描いたイランの死刑制度の闇という主題は本作にも引き継がれ、そして実際にデモに対する暴力の様子を捉えたスマホ動画を挿入して現実の様子を見せつつ、若い世代の待つ考えを堂々と登場人物に代弁させる。現在のイランでこの内容を映画にするのは、文字通り命を賭ける行為であるはずで、ラスロフ監督の勇気は並外れている。

"The Seed of the Sacred Fig" Copyright RUN WAY PICTURES

そして、ラスロフは単なる社会派監督ではなく、観客を楽しませるストーリーテラーであり、しかも今作はアクション活劇をも取り入れて、見応えたっぷりに仕上げている。ラストは、あるアメリカ映画へのオマージュであると見たのだけど、それが何かはまだここでは伏せておこう。
 
上映後も歓声と大拍手。僕は次があるので出てしまったけど、おそらく永遠にスタンディング・オベーションは続いたのだろう。
 
明日がクロージングで、ラスロフの受賞は100%確実だろう。絶対に受賞スピーチをさせようと映画祭も審査員も思うはず。問題は、どの賞か…。僕はパルムドールもあると思うけど、予想は今日の最後に。
 
18時45分から、「監督週間」のフランス映画で『Plastic Guns』。人を喰った、ダークコメディの怪作。
 
一家の夫が、妻と3人の子どもを殺害して埋めたという、フランスを震撼させた事件があった。その事件を趣味で捜査している2人の中年女性、デンマークで誤認逮捕されてしまう中年男、そして逃亡中の真犯人の男などの様子が、面白おかしく、シュールに、ダークに、ポリコレ無視で描かれる。

"Plastic Guns" Copyright Bac Films

フランスの有名人をネタにしたギャグなど、他国人には分かりにくい箇所も少なくないものの、ハイテンションな不条理性が洗練されていて、なかなか見せる。そして、肝となる場面では、悪ふざけを封印して見事に戦慄の演出が発揮され、監督がギャグばかりでない確信犯的実力者であることがよく分かる。これは思わぬ拾い物かもしれない。実話を緩やかにベースにしているそうだけれど、まさかね。それもギャグかな。

"Plastic Guns" Copyright Bac Films

21時15分から、「監督週間」でアメリカのインディア・ドナルドソン監督による『Good One』。ハイティーンの少女が、週末に父とその親友の山のキャンプ旅行に同行する物語。山を歩き、テントを張り、食事を作り、川で水浴びをする。本当にそれだけの、実にシンプルな設定であるのだけれど、そこで交わされる会話の隅々から、3人の抱える事情が浮き彫りになっていくという脚本が、とてもうまい。

Good One" Copyright International Pigeon Production

そして、大人には些細に思えることでも、少女の気持ちが濁ってしまう状況を丁寧にすくい取り、それに対する少女の報復もささやかな形で描かれる。自然の美しさは言うまでもなく、良きアメリカン・インディーのタッチを備えた繊細な佳作だ。新人であろうヒロイン役女優の抑えた魅力もとても印象に残る。深く満足。

Good One" Copyright International Pigeon Production

上映が終わって22時45分。今日は早い!ホテルに戻り、日記をパタパタ書きつつ、明日のクロージングに向けて受賞予想を考えてみる。現時点で、コンペではミゲル・ゴメス監督新作と、ミシェル・アザナヴィシウス監督の新作(アニメーション)が見られていない(明日見る予定)。なので、その2本を除いた予想となるけれど、うう、難しい。
 
・パルムドール:『The Substance』コラリー・ファルジャ監督
・グランプリ:『Anora』ショーン・ベイカー監督
・審査員賞:『Bird』アンドレア・アーノルド監督
・監督賞:モハマド・ラスロフ監督
・脚本賞:『The Apprentice』アリ・アッバシ監督
・男優賞:ジェシー・プレモンス(『Kind of Kindness』)
・女優賞:ゾーイ・サルダナ(『Emilia Peres』)
 
大いに気に入った作品を並べただけになってしまったけれど、僕のフェイバリットは順不同で上記の上からの4本。本当に素晴らしかった。さて、明日の結果はいかに!!
 

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