「ラスト枠、ストゼロ片手においでませ」
吉原で、こんな出逢いが果たしてあっていいんだろうか。久々にnoteを更新しようと思った。手元のめんべいと通りもんを見下ろしながら。
いつの記事(ヘブン日記)かすらも忘れてしまったけれど、「最後の枠はお酒片手に軽い宴をすることもあります」と書いたのは朧気に覚えている。事実──ストゼロじゃなくもう一つの私の好きなチューハイ、99.99であることも多いけれど──ラスト枠でそれが行われることは少なくない。極小単位の酒池肉林、という訳である。
念の為記しておくと、酒の持ち込みはキャストに確認をお願いしたい。飲めない人も居れば、NGのお店もあるだろうから。私は甘くないお酒であれば何でも飲むし好きだし、ほろ酔いで互いの人生を語るも笑い転げるもそのまま少し苦いキスから始まるセックスも好きだから。2020年の元旦、お猪口を店のプラスチック桶に置いて浴槽に浮かべたのは楽しかった。
『明けた風呂屋で日本酒を』
「ラスト枠はコレがないと入れないって聞いたので!」
言ってない。そんなこと書いてないですよ? 開口一番ふふ、と笑ってしまった。ノリの良さは最早関西人。笑顔の可愛い人だった。近くのファミマでご丁寧にアイスカップも買ってきてくれて、つまみにと出されたのは砕きめんべいwithピーナッツ。福岡風柿の種、と言ったら怒られるのだろうか。
「勝手が分からないんですけど、開けていいですか!」
こぽこぽと互いのカップにストゼロを注ぐ。どこまでが冗談なのかと思っていたら、最初の言葉だけだったらしい。
「noteから知ったんです!」
なんと稀有な。そうなったらいいなと思ってはいたけれど、私の小さな夢が叶ったというわけだ。乾杯。プラスチック越しに氷が揺れて、鈍い音を立てる。
「覚えてます? メッセージ、これ、送ったんですけど」
「覚えてます! 嬉しい、あの時の方だ。ありがとうございます」
彼の向けるスマホ画面には、かつての彼からのメッセージと私の返信が表示されていた。一番印象的だったのは、彼のペンネーム。綺麗な響きだと思ったのだ。ふと疑問が口をついて出る。どうしてそのペンネームにしたんですか。
「本当は子どもにつけたかった名前なんですよ」
なるほど、奥さんかご両親にごねられてつけられなかったクチかな。なんて予想は秒速で裏切られる。
「福島の震災で、流されちゃったんです。お腹に子どもがいた妻と一緒に」
思わず相手の横顔を見上げた。あまりにびっくりして、かける言葉が見当たらない。話を続ける彼の目は、けれど変わらずなつっこかった。
「その妻が、このnoteに辿り着いた理由なんですよ」
かつて、彼女はとある理由で私と同じ仕事をしていたらしい。打ち明けられた時それは既に過去の話。…けれど例えそれが過去であろうと、その事実はパートナーへの罪悪感を生む。私にも、同じような経験がある。仕事を恥じている訳でなくてもだ。
「実は東京初めてなんですよ、人生で。こういうお店も初めてだから勝手が分からないし、昨日は台風だったから便が飛ぶかも分からなくて。飛んで良かった、半休もぎ取って来た甲斐がありました」
10年。いや、正確にはもう少しかもしれない。その過去を打ち明けられてから彼の中に芽生えた、「嬢との恋愛は成立するのか」。結婚もして、子どもを授かってなお、ずっとそのテーマは彼の中に居座り続けているのだと言う。勿論答えなんかない問いで、ある種彼と彼女の間には成立したにも関わらず、それでも時折ネットの海で探してしまう。──そして、今回辿り着いたのが此処だった。
『嬢とお客さまとの恋愛は成立するのか』
気付けば120分。汗をかいたのはプラスチックのカップだけ。勝手が分からないからと、羽田のホテルに帰る彼の終電が迫る。足りないと思った。初めてだったのなら尚更、会話だけで終わってしまったこととか。奥さんがどんな方だったのかとか。何もかもがもどかしい。
「また絶対来ますね」
スタッフさんにタクシーの手配を足早に伝え、お礼もそぞろに見送った。明日の朝の便で帰るのだと言う。この為だけに、この人はここへ足を向けてくれたのだ。
足を向けて寝られない地がまた増えたなと思う。名の通り福を運んでくれた二つの地。こういう出逢いがあるのだから──また重かった腰を据え直して、noteを綴っていきたいと思う。