アントフィーバー
11月5日に中国の決済事業者大手(アリペイ)である、アントファクトリーが上海市場(科創板)と香港市場に同時上場することが正式に決まりました。(米国大統領選挙の直後に上場日を設定したのは何か国家的戦略を感じてしまいますが・・・)
上場前の株式募集では、個人投資家から上海市場で約290兆円、香港市場で約16兆円の申し込みがあり、空前の人気となりました。
同社は、当初は放出する株式の約97%を機関投資家を中心に、約3%を個人に販売する方針でしたが、個人枠を広げ10%にし、機関投資家向けには追加での発行を行い、調達する総額も当初想定よりも増額となり約4兆円強を調達する予定です。
最低投資額を約54,000円にするなど、個人の投資意欲を刺激する戦略と併せて、「人気がある」「注目されている」という雰囲気を醸し出す、上場時のこれらの技術的な面での「ストーリー」の構築も良かったのではないかと思います。
アントの収益源(利益)は、アリペイによる決済事業ではなく、主にアリペイの利用状況に基づく個人や中小事業者の「与信枠」を設定する技術による「融資事業」と「金融サービス事業」です。(芝麻(ごま)信用がベース)。
アリペイの決済手数料を低く抑えることにより、利用機会を増やし、より多くの個人・中小事業者情報を収集し、それを元に「融資事業」と「金融サービス事業」を高収益事業にするという戦略を取っていると言われています。不良債権比率は1%未満とも言われています。
時価総額は当初見込みよりも上昇し、約32兆円程度になると見込まれており、上場後は40兆円とも言われています。
これは、米国ペイパルの約25兆円を大きく上回り、日本で最も時価総額が大きい銀行である三菱UFJの6倍から8倍、みずほの10倍以上、クレジットカード世界大手の「ビザ」の約40兆円に相当する規模です。
まさに、世界の株式市場に「巨大な金融サービス会社」が誕生することになります。
ちなみに、アントの陰に隠れて、AI与信データサービスを主力事業とする「陸金所(ルーファックス・ホールディングス)」という中国の企業が30日にNY市場に上場し時価総額約3兆円をつけています。
アントの上場戦略は、実質オーナーであるジャック・マーがアリババで苦しんだ資本政策に関する教訓を生かし、2010年頃から周到に準備したものであると言われています。
外部株主は自らが選んだ投資家で固め、経営の自由度と資金調達を両立させながら、アリババとの関係も徐々に薄くしていき、独立性を確保する戦略を取りました。
そして2018年に初めて、中国関係者以外の投資家に株式保有を打診します。
この時にはすでに時価総額は約15兆円規模までになっており、以前に株主となった中国関係者は十分すぎる含み益を享受することになります。
2018年の増資では約1兆円強を調達するのですが、投資家の大半はジャック・マーが自ら選びます。最低投資金額は200億円程度で、シンガポールの政府系ファンド(GIC)が約780億円、米国プライベートファンドのウォーバーグ・ピンカスが約570億円、カ-ライルが約500億円、その他カナダ年金基金、ブラックロック、フィディリティなど、名だたる世界の中長期投資家(個人含む)に割り当てています。
上場時の株主構成も「金ピカ」ということです。
事業の成長性あってのことですが、こうした周到な準備もあって、今回の上場時に行なった機関投資家向け募集では、募集開始約3時間で、約11兆円の応募があったということです。
一方で、個人投資家は応募するための「申込金」を金融機関からの融資で行っているケースも多く、数十兆円規模の「新規融資」が金融機関から個人に貸し出されています。
現地の上海や香港の様子を直接見ているわけではありませんが、1987年の日本市場における「NTT民営化」による新規上場の時のような様相なのではないかと想像してしまいます。
当時の日本でもNTT株式を申し込むために個人向けに多額の融資が発生し、上場後半年程度で売却した人は「利益」を得て、さらに融資を受けてその後のバブルの頂点に向かう原動力の一つの要因になりました。
相場の格言に、米国の著名投資家ジョン・テンプルトンが言った「強気相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、陶酔の中で消えていく」というものがありますが、新型コロナで3月に世界の株価が急落し、コロナの悲観の中で、株式市場は急回復し(強気相場は悲観の中で生まれ)、その後も上昇し比較的安定していました(懐疑の中で育ち)。そして、アントの上場をはじめ、世界のIPO市場は活況です(楽観の中で成熟し)。年末に向けて波乱が起き(陶酔の中で消えていく)にならないことを切に願います。