12月7日東京思風塾『いのちの総括』
今年最後の東京思風塾では、思風先生にいのちの総括をテーマに語って頂きました。
生きるということは、何かのために死ぬのであり、何かのために死ぬのは何かのために生きること
生死一如(しょうじいちにょ)
生と死は表裏一体で切り離せないもの
生き方の1つとして死というものを意識し
誰しも人生の締めくくりとして死に方を自ら選び取り、創り出して生きるという事が「自覚的存在」という人生を文化として考えた場合の死のあり方。
来年、2025年令和7年度
東京思風塾テーマは『在り方に生きる』
月別テーマ
1月 『問いに生きる』
2月 『直観に生きる』
3月 『異和感に生きる』
4月 『問題に生きる』
5月 『決断に生きる』
6月 『使命に生きる』
7月 『自覚的存在として生きる』
8月 『天分を生きる』
9月 『矛盾を生きる』
10月『理想を生きる』
11月 『愛を生きる』
12月『自由律を生きる』
昨日の思風塾において、思風先生がいみじくも最後に語られたのが自由律という言葉でした。
因果律に対する思風先生独特の言葉ですが、それをヒントとなって来年度のテーマを思風先生に提案させていただきました。
感性論哲学が説く生き方とは、どうあるのかという在り方を問いかけ、
その在り方による生き方を提唱されています。