インスタの沼に溺れた2年間〜実験は成功だった〜
僕は教師として生徒の行動を理解するために、色々と「わざとはまって」きました。
数年前から、わざとゲームにはまって、課金し、そして夏休みが終わる前にピタッと止めるという実験を繰り返してきました。
生徒たちは「やめなさい」では聞かないと思います。
むしろ、一緒に話をしながら「それむっちゃ無駄やん」と言わせることに価値を感じてました。
パンデミックが訪れたあの年、僕はその「実験」に喰われてしまいました。
自分のキャリアが行き詰まり、パンデミックの暇な時間が相まって、僕は見事に沼に落ちていきました。
今回のアメリカ生活では、インスタを実験台にしました。
もちろん、インスタをやり始めたのはそれだけが理由ではありません。
① 中学校の生徒に詳しいことを話せないまま学校を離れたので、現状報告をしたかった。
②アメリカで僕が体験することを通じて、何か感じてくれたらと思った。
③ アウトプットの場所を求めて
今回は、インスタ(SNS)の“効果“について、自分の気づいたことをまとめます。
1️⃣ うまく使えば、アルゴリズムを味方につけられる
アルゴリズムは、うまく利用すれば「英語学習」の大きな味方になると思います。
実際、僕はインスタの「リール動画」を利用して、英語の発音のコツをまとめた動画を何回も見てました。繰り返し再生されるから、何回も聞けるし、アルゴリズムがどんどん似たようなビデオを配給してくれるので、かなり便利でした。
YouTubeのアルゴリズムもすごく強い味方でした。
その時の興味が強いものに連動して、おすすめに出てくる動画が変わってくるので、「英語のビデオ足りないな」と思ったら、あえて多めに英語の動画を開いていました。
そうすることで次の日には、英語のビデオばかりがサジェスチョンに出てきますから。
アルゴリズムは「extensive reading / listening ]、「多読」に使えるものだと思います。短期間に何回も「同じような語句が使われるコンテンツ」に触れることで、単語や表現を理解できるんです。
2️⃣ アルゴリズムはコントールを怠ると、毒素に変わる
1️⃣の裏を返せば、「コントロールを怠った場合」は損害が大きいと言えるでしょう。
僕も経験しましたが、「暇だ」=「リールを見る」🟰「リールを見ているつもりでぼーっとする」みたいなサイクルが生まれ、いつの間にか全然関係ないビデオが大量に目の前に・・・。そうなってくると、人間の弱さが出てきます。わざとドーパミンを出してやる気をブーストしようとしてたはずのインスタ利用、SNS利用が早々と毒素に変わって行くんです。
正直、この「ぼーっと」してる時間ってのが「やばい」と思いました。
このヤバさに気づきながらも「喰われない」ようにするには、今自分が何のためにこれをいているのか常に意識する必要がありました。
3️⃣ 「自分は自分」と思いづらくなる
インスタは「アウトプットの場」として使ってたんですけどね・・・。
いつの間にか、「人の日常の華やかさ」が気になるようになってました。
人がどこかのパーティで楽しそうにしてる、どこかに旅に出かけている・・・・
自分が旅に出かけているのに、「あ、この写真インスタに使おう」って考える時間が増えました。これって、「この場面を美しく切り取って、楽しい時間を過ごしていると思ってもらいたい」って願望の現れでしょう。
ストーリーはかなり毒性強いなって思いました。
自分でも相当、「この場面を写そう」って意識強くなったし、その割には他の人のストーリーを見てほのぼのするよりも、「俺は大丈夫かな」って比較の対象になっていたんですよね。
この2年間、繰り返してNoteに書いてきましたが、
「秤は自分の中にしかない」
基準が他の人になってしまった場合、自分の外にはかりを置いてしまう時って、心が疲れるんですよね。
ちょうど、ミネソタの冬の厳しさにメンタルやられている時にインスタの毒素にもやられたという感じで、この毒素を体の中から取り去るのは結構難しい作業でした。
4️⃣ 自分が何のためにインスタ(SNS)を使うのかを考えないと・・・
日本に帰る時間が近づいてきたので、インスタの使用を基本的には「終えました。」
圧倒的に携帯を持ち運ぶ時間、ぼーっと見る時間・・・少なくなってます。
それだけではなく、気持ちも全然違います。
別に自分の生活を他の人と比べる必要なんかどこにもない。
わかっているのにできない。
この状態って、実は「わかってない」の究極なんだろうなって感じます。
ルームメイトのデスクトップにこんな付箋が貼られていました。
こいつ、まじで心がやられているなって思いました。
“ DO your job.
Staiyng on Discord doesn’t get your jobs done.”
彼、今僕がこうして記事を書いている間に、ピザ食べてます。大きなピザ。
ピザ食べながらインスタのリール動画無意識に見てます。ちなみに彼はさっきジムから帰ってきました。ピザとビールがいい感じ。
さっき友達が彼女を連れてきました。
その友達を見て羨ましがる彼。
就職や大学の仕事の忙しい時期が来てるんですが、彼が動いている感じはないです。
彼は22歳になっても、「美しいブロンドの彼女を作らなきゃ」って信じてます。
苦手なバーに向かいます。人と話すのが苦手なのに、ビールで自分を酔わせて、3時間くらい苦手な場所で楽しいフリを。
インスタを使っているからこうなるって単純な式を作るのはまずいですよね。
でも、「他の誰かが言っている」から「こうしなきゃ」って、全然モチベーションにならないし、続かないんですよね。自分の価値を自ら否定してしまいかねない思考だと思う。
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