Vol.525「渡部昇一の遺伝子」
(2025.1.14)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…今なお保守派全体に大きな影響力を及ぼしている故・渡部昇一。歴史認識などの問題では、渡部昇一が主張していたことには賛同できる部分もあるし、その言論活動の中には意義を認めるべきところもある。しかし、渡部によって保守派全体が男系固執カルトに染め上げられ、そのために皇統が断絶の危機に瀕しているのだ。これ以上の「罪」はあるまい。渡部が「Y染色体カルト」にすっかり嵌り込んだのには、彼が元々持っていた「優生思想」が原因である。彼が心酔していたアレキシス・カレルの“優生学”とは一体なにか?
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…12日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア軍によってウクライナとの戦闘に投入された北朝鮮兵を捕らえ、尋問している映像をSNSで発信。北朝鮮がロシアの対ウクライナ戦争に参加している証拠を示すとともに、「金正恩がロシアで捕虜になったウクライナ兵と交換する準備ができるなら、北朝鮮兵を引き渡す」とも発表した。この北朝鮮捕虜の発表の前に、日米のSNSで広く話題になっていたのが、ゼレンスキー大統領のインタビュー動画だ。そこで語られたアメリカの「ウクライナ支援」の実態とは?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…「これからはエンタメ」とのことですが、『ゴー宣』も初期のような描き方に戻すのは難しい?昔のようなスケールのデカい人間が生まれるためにはどうあるべき?馴染みの店がなくなったことで、困ったり、戸惑ったりしたことはある?トランプ氏の「メキシコ湾をアメリカ湾に改名する」「デンマーク自治領であるグリーンランドを買収する」等の発言をどう思う?大河ドラマで尻が出たくらいで性暴力だとか社会的構造の抑圧みたいなことを言って騒いでいることをどう思う?…等々、よしりんの回答や如何に!?
1. ゴーマニズム宣言・第554回「渡部昇一の遺伝子」
わしは平成10年(1998)に『戦争論』を出した際には、これで出版界からは完全に干されるかもしれないということまで覚悟していた。当時は、サヨク自虐史観の空気がそこまで世の中を席巻していたのだ。
それだけに、わしはそれ以前からサヨク自虐史観と戦っていた人たちには最大限の敬意を表してきた。しかし、それにも限度というものがある。
昭和57年(1982)、文部省(当時)の検定で高校歴史教科書の「侵略」の記述が「進出」に改められたと全マスコミが報道、特に朝日新聞は「戦前回帰だ!」と騒ぎ立てた。中国・韓国は猛抗議、日本政府はこれに無条件降伏し、次の検定からは歴史教科書の記述には中韓らの意向に配慮しなければならないとする「近隣諸国条項」が設けられ、これを機に自虐史観の過激化に歯止めがかからなくなってしまった。
ところが、「侵略」を「進出」に書き換えた教科書などそもそも存在せず、これは全くの誤報だった。自虐史観は「デマ」によってエスカレートしたのである。
そしてこの時に「教科書書き換え」が誤報であることを訴え、その後も一貫して自虐史観と戦っていたのが渡部昇一(上智大学名誉教授)である。そのため、わしは渡部にもずっと敬意を以て接し、『戦争論』の出版後には対談本も出した。
渡部は昭和5年(1930)生まれ、専門は英語学だったが、その名を一躍有名にしたのは昭和51年(1976)の著書『知的生活の方法』である。
これは思想の左右とは関係のない「自己啓発本」で、新書一冊読んだくらいで「知的生活」ができるのなら誰も苦労しないはずだが、大衆の知的コンプレックスを上手く刺激してベストセラーとなり、シリーズ化された。そして渡部は日本の歴史・文化などに関する著作を次々に刊行、テレビ出演や雑誌のコラム連載などもするようになった。
普通こうして有名になった知識人は、世間に迎合するような意見しか言わなくなるものだが、渡部は今よりもずっと左翼全体主義が強固だった70年代末から戦後体制に異議を唱え、日本の歴史を肯定的に見直そうと訴え、南京大虐殺を否定していた。
あの当時にリスクも恐れずそんな発言をするなんて、相当の「変人」でなければできないことだった。そして渡部は、確かにかなりの「変人」だった。しかも多分に悪い意味で。
昭和55年(1980)、渡部と作家・大西巨人の間で「『神聖な義務』事件」と呼ばれる筆禍騒動が起きた。
大西の長男は血友病患者で、この頃に生まれた次男も血友病だった。
そして渡部は当時連載していた週刊文春のエッセイ(10月2日号)で大西を批判した。障害者は社会に莫大な負担をかけるから、その出現を未然に防ぐことは「神聖な義務」である。大西は長男が血友病という遺伝病を持っていることがわかっていたのだから、第二子を作るのは慎むべきだった…と書いたのだ。
当然ながら大西は激怒し、それを朝日新聞が7段抜きの大きな記事にして、話題に一気に火がついた。今でいう「大炎上」である。
この渡部の発言、あまりにも酷くて、本当にそんなことを言ったのかと思う人がいるかもしれないから、もう少し丁寧に紹介しよう。
エッセイはまず、渡部が西ドイツに留学していた学生時代の話から始まる。
大戦であれだけの損失を受けた西ドイツが急速に復興した理由について、ドイツ人医学生の友人が「大声では言えないことだが」としながら、こう言ったという。
「ヒトラーが遺伝的に欠陥ある者たちやジプシーを全部処理しておいてくれたためである」
さらに渡部は、今年(1980)ヨーロッパを旅行した際、パリやイタリアでは必ずガイドから「スリやかっぱらいに注意せよ」と言われたが、ドイツやオーストリアでは言われず、別世界という印象を受けたため、30数年前の学生時代に聞いたその話を思い出したと書いている。
回りくどい書き方だが、要するに「ヒトラーがジプシーを始末したからドイツやオーストリアは今でも治安がいい」と言っているのだ。
続けて渡部は、フランスのノーベル賞医学者アレキシス・カレル(1873-1944)も「異常者や劣弱者が、ある比率以上に社会に存在すると、社会全体がおかしくなるのではないか」と指摘していたとして、こう言い切るのだ。
「劣悪な遺伝子があると自覚した人は、犠牲と克己の精神によって『自発的に』その遺伝子を残さないようにすべきであると強くすすめる」
さらに渡部は、失明などの可能性を懸念して、早産で生まれた子を保育器に入れることを断った「知人」の話などを紹介し、大西巨人の批判を始める。
渡部は、大西が生活保護家庭でありながら1か月の医療扶助費が1500万円だとして、「既に」生まれた子供のために1月1500万円もの治療費を税金から使うのはいいが、「未然に」2人目の子は避けねばならないと主張した。
これだと大西の長男の医療費が毎月1500万円かかっていながら、さらに次男に毎月1500万円かかるとしか読めないが、実際には次男が手術をした月に、1か月の医療費が1500万円だったということらしく、渡部は話を誇張していた。
そして、渡部はこう書いたのだ。
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