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中高年女性の“大人の恋”は二度目の春か、地獄の幻か

本日は、過去『cakes』にて連載していたコラム「雑誌が切り取るわたしたち」のアーカイブをお届けします。
 本連載は、時代を彩り、かつて女性の生き方や思考を牽引する存在だった、さまざまな雑誌の個性や魅力を擬人化したり、ストーリー仕立てにしながら、そこから得た気づきや興味を紡いだコラム集です。
 こちらの回では、ミドルエイジ女性のリアルな悩みをすくいあげて、唯一無二の存在感を示す、雑誌「婦人公論」について思考しています。執筆当時は、かなり上の世代の雑誌というイメージでしたが、実はそうでもないのかもしれないと書きながらも気付かされました。


“婦人公論”ワールドの考察 ハードな人生後半戦こそ、甘い恋が必要?

 ここは百花繚乱ひゃっかりょうらんか、それとも魑魅魍魎ちみもうりょうか。四十の不惑をとうに過ぎた婦人たちが集い、日々、人生についてディープに語りあう“婦人公園”。

 女であれば、誰もが入場可能な場だと聞く。まことしやかな囁き声に誘われ、私もその輪に吸い込まれそうになる。

母親の介護でうつになってるみたい」
「私も最近、尿漏れしてきちゃって」
夫とのセックスはね、家事なのよ」

 うわ! 中高年女たちの会話は、何ともあけすけだ。

 なんだかこれ以上近づくのが恐い……。誰にも見つからないうちに立ち去ろうとしたが、公園の奥には、豊かに色づいた木立が見える。あそこには何があるのだろう?

「72歳で出会った彼が生涯最高の快感をくれた」

 “婦人公園”ならぬ、雑誌『婦人公論』は、その名の通り、世間一般の婦人たちがさまざまなテーマについて語り合う“しゃべり場”だ。読者年齢もメインは50~60代。結婚、仕事、子育てをひととおり経験して人生を折り返した女性たち。 ゆえにテーマも「更年期」「介護」「母娘問題」まで、女が人生の局面で遭遇する難問がフルスロットルで扱われ、アンケートや手記などの「読者の声」に重きをおいている。

「ああ、夫の親族」(2001年)、「男に溺れる母を憎んで求めて」(2012年)など現実問題を下世話なほど深掘り、その先にある本質や希望もあわせて読者にお届けするのが婦人公論流。一方、政治問題や上野千鶴子先生のフェミニズム論を取り上げた読み物、俳句など、大人の知性を研ぐページも充実している。

 中でも、1年に2回は特集される人気テーマが恋愛。「婚外恋愛白書2012」「やさしい愛と性が欲しい」……etc.

 そして、その王道が“大人の恋”。2008年には「大人の恋の理想と現実」、2015年には「大人の恋 運命の引き寄せ方からトラブル回避術まで」というタイトルで特集。

 婦人公論読者は、独身、既婚者、バツイチ、死別……十人十色の状況にあるはずだが、みんな“大人の恋”を切望しているよう。

最高の大人の恋は、地獄の沙汰もワンセット

 そもそも、ご婦人たちは、どんな“大人の恋”を求めているのか?

 2015年の平均年齢55.3歳の読者アンケート「私たちが見た 天国と地獄」を読むと、透けて見えてくる。「これまで最高の恋の体験は?」という質問には、「72歳で出会った彼が生涯最高の快感をくれた」(74歳・自営業)、「初めてホテルに入るなり、思いっきり抱きしめられてディープキス」(68歳・主婦)、「悩み事を相談したら、彼が共感して泣いてくれました」(55歳・公務員)。

 つまり、求めているのは、「性愛」「ときめき」「安心」と、恋愛がもたらしてくれるものすべて。でもこれって、20代の頃から変わらない女の理想の恋愛像。歳を重ねて“恋ばかりもしていられない”のが現実でも、女は恋に夢を見続けるようだ。その証拠に、「あと何度恋をしますか?」という問いには、「最後に1度は絶対」と答えた中高年女性がもっとも多かった。

 しかし、中高年女性が背負っている現実は、やはり重い。20代と違うのは、恋愛がもたらす“地獄”の部分だ。

「一番つらかった事件は?」という問いに「無断で借金の連帯保証人にされ、給料も貯金もスッカラカンに」(76歳・元教員)、「彼が私の三段腹を見て、あろうことか萎えた」(58歳・会社員)……etc.

 そして、恐ろしいことに、惚れた腫れたの悩みも健在のようだ。熟年婚活の体験記を読むと正直、びっくりする。

「マッチングサイトで出会った男性と3回セックスしたら連絡がつかなくなった」とコムスメのような悩みを打ち明ける54歳の女性に、婚活の専門家が「女性はときめきに弱いし、熟年者は性に対してユルすぎます。出会ってすぐセックスしないで」とこれまた基礎的なアドバイス。いい大人になって、どっちもどっちという感じが否めない。

 流石にこの人はウブすぎるだろう、と一笑に付したいところだが、歳とともに人生経験を積み、責任を背負って生きてきたところで、恋に入れ込めば、自分を見失って、少女のように傷つくのかもしれない。

 婦人公論の一連の恋愛特集を読みながら思う。

「恋愛したい」という欲望は、ある種の女にとって「死ぬまで治らない持病」なのだ。

 「結婚したい」病は、1度経験すれば免疫ができる。でも「恋愛したい」病は、何度でも患う。渦中の痛みも忘れて、穴に落ちるのを心待ちにしてしまう。少なくとも私はそう。最良のパートナーを得ても、あの欲望は完全には消えないだろう。恋愛はよろこびも悲しみもふくめて心身にダイレクトに効く刺激物だから、一度、味わったら忘れがたいのだ。

 あるいは、「ずっと現役の女でいなければ」というプレッシャーから恋を欲する婦人たちもいるだろう。

 また、恋愛したら、ありふれた日常や先の見えた人生も彩り豊かなものに変わるかもしれない。

 女としての自分を保てて、大切にしてもらえるかもしれない。恋愛とは、年を重ねて現実にまみれた女にとっての一縷の望みでもあるのだ。

川島なお美の“デザート婚”こそ大人の夢と現実のマリアージュ!

 そんな中高年たちが“大人の恋患い”に向き合うのなら、どのような処方箋があるのだろうか。

 婦人公論に登場する賢者たちの生き様や発言は、妙薬といえる。

 誌面を飾る有名人は、旬の美人女優やイケメンを除けば、レギュラー化している。瀬戸内寂聴先輩を頂点に、山田詠美先輩、大竹しのぶ先輩……etc. みなさん長らく現役で恋愛をしてきた女性たち。

 表紙に数回登場した川島なお美さんもそのひとり。

 恋多き女として生きながら、47歳の時、5歳年下の世界的パティシエ、鎧塚俊彦氏と大恋愛の末に結婚。互いに愛し合ったまま、先日54歳でこの世を去った。その生き方は、永遠に恋愛したい女性たちにとっての憧れだ。

 2008年の「大人の恋」特集でのインタビューは、「婚約後もなかなか入籍しない。破談では?」という世間の意地悪な声に答えたものだった。

「私たちのペースがある」と一笑にふした後、これまでも結婚を考えたことは2回あるが、30代は道ならぬ恋ゆえに叶わなかったこと。

 でも、年齢を重ねた今だからこそ、彼(鎧塚氏)を深く理解できる。そんな自分の結婚は「デザート婚。結婚は私の人生にとって、最後の最後のお楽しみのデザートだった」と。

 川島さんの言葉は気の利いたユーモアにくるまれているが、その芯に大人の女としてのプライドや潔さが感じられる。

依存心を持たず、強い女になることが、必ず良い恋愛につながる

 彼女の著書『熟婚のすすめ』には、最初のデートもベッドインもプロポーズも、「待っているだけでは大人の女がすたる(笑)。自分から彼に誘わせた」と読者に伝わるよう具体的な方法まで率直に綴っていた。

 本書にて何度も語っていたのが、「依存心を持たず、強い女になることが、必ず良い恋愛につながる」。シンプルなメッセージもそれを強く信じて体現してきた本人が語ると響く。

「人前では“女優・川島なお美”を演じているだけ。実は、恋愛の数は少ないし、強い女でもない。不器用だから弱みを見せられないだけ。でも、強がることが大事」。

 弱さを武器にするズルい女になるよりも、強がりこそ、女の美徳。

 それはいつか本物の強さに変わるし、心を許せるたった1人の男に深く愛されるようになるのだと。

 そもそもひと回り下の私にとって、川島さんは、ワイドショータレントとしてのイメージのほうが強かった。女子大生タレントとして登場後、33歳でヌード写真集を出版、ドラマ『失楽園』が話題呼び、女優として活躍。

 不倫の噂や「私の血はワインで出来ているの」という名言、事故を起こして包帯を巻きながらもワイン教室に登場したニュースなどを見て、“年齢を重ねるほどに痛くなるタイプの女性”だと思いこんでいた。

 でも、時を経て見方は変わった。

 以前は彼女が、「私は女優」と何かにつけ宣言するのが苦手だったが、その発言と行動はブレることなく、キャリアを重ねていた。

 美貌も生き方も、理想の“川島なお美”であるべく、一心に努力している人。マスコミの前での発言や行動は、世俗をかわしながらも視聴者を楽しませるための“大人のサービス”なのだと理解するようになった。

 村上春樹氏は「年齢を重ねても、魅力的な大人の女性の共通項は?」という問い※に、「闘う姿勢を失わない人」だと答えていた。

「ある程度の年齢を超えると、いろんなものと闘っていかなくては、現状を維持することができなくなってきます。(中略)でもそうしてしっかりと闘っているうちに、ある種の特別な女性的魅力が生まれてくるみたいです」。
※『村上さんのところ コンプリート版』より

 これって、まさに川島さんのこと。大人の女は、加齢や仕事や人間関係、厳しい現実や世間と闘わずして美しくは生きられない。時に強がってでもカッコつけて生きて行くのが大人の女の作法なのだ。

 おそらく、婦人公論に登場する“理想の女性”たち――大竹しのぶ、山田詠美、瀬戸内寂聴などの諸先輩方も諦めずに闘ってきたし、今も闘っている人たちだ。

 大人の女が半端な気持ちで恋に依存したり、逃げ場にすると若い頃よりもさらに手痛い目にあう

 けれど、現実の厳しさと闘う覚悟やエネルギーを持った大人ならば、その先にあるファンタジーを味わえるに違いない。

女の人生には四季折々の恋がある

  婦人公園の入口付近に立ちすくんでいるうちに、すっかり陽も暮れていた。

「あなた、ここの紅葉と夕暮れのハーモニーはとてもきれいよ」

 遠くから誰かの声が聞こえた。川島さん? それとも寂聴先生?

「奥の木立まで行ってみたら? あら怯えているのね。
 女の人生にはね、四季があるのよ。その時々の恋の美しさを楽しめるわ。
 さしずめ、40代は実りの秋ね。冬もくるけど、その先にはまた春が巡ってくるの

 この胸に実るのは、どんな恋だろうか。二度目の春は、暖かいのだろうか。

 ここで立ちすくんで噂話を聞いているよりも、きっと素敵なことが待っているのかな。私は心の内の望みを認めて、紅葉の色づく木立まで歩くことに決めた。

イラスト:ハセガワシオリ


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