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35歳のイイ女がハマる“私らしさ”クライシス

 本日は、過去『cakes』にて連載していたコラム「雑誌が切り取るわたしたち」のアーカイブをお届けします。
 本連載は、時代を彩り、かつて女性の生き方や思考を牽引する存在だった、さまざまな雑誌の個性や魅力を擬人化したり、ストーリー仕立てにしながら、そこから得た気づきや興味を紡いだコラム集です。 
 
 今回で取り上げたのは、雑誌『Domani』。当時の本誌は、読者年齢を明確に“35歳”と定めていて、Domani読者――通称ドマ女(独女でも妻でも母でも、“働くイイ女”でありたい人たちのこと)と呼んでいました。
 自分の人生を振り返っても、35歳は「人生のスクランブル交差点」であり、アイデンティティ・クライシスに陥りかけていた時期だったなと。
 本誌を読み解きながら、専属モデルだったエビちゃんを例に、“大人の女性の自分らしさ”について考えています。よろしければ、ぜひ。

Domaniが提唱する“35歳のいい女”像

 ドマ女は、怒っていた。仕事帰りに顔を出したクライアントのパーティーで、酔っぱらった初見のオヤジにからまれたのだ。ナラカミーチェの花柄シャツが全然似合っていないいかにもな業界人!

「何している人? いくつ? あー、待って待って、あてるから! アラサー? 28、29……30はいってないでしょ~。オレ、キミならいくつでもぜんぜんイケちゃう」

 夜の帳とアルコールは恐ろしい。オシャレなアパレル業界のパーティーにこんな不作法なオヤジがいるなんて。
 35歳の女をコムスメ扱いするな! これでも多少のキャリアはある。プレス界隈では一定の評価を築いて、メデイアにも時々、出ているんだけど。おっさん、わたしのインスタグラムのフォロワーは2k超えていること知らないでしょうね。ダサい自撮りとかない、海外誌みたいなオシャレなインスタなんだから! ドマ女は、たぎる怒りを“イイ女仮面”の微笑みで覆い隠して、オヤジをかわした。

 会場をあとにして、渋谷のスクランブル交差点に立ちすくむ。丈の短い派手なスカートが急に自分を小娘に貶めているように思えてくる。なんだか東京に初めてでてきたときの心もとない気持ちを思い出した。まわりがみんな冷たい大人に思えた。

 人混みに流されて、ずいぶん大人になった気がしていたけれど、わたしはいったいどんな大人なのだろう、などとスマホ片手に思いあぐねているうちに、信号が点滅しはじめた――

“35歳の働く女”に残された時間と可能性

 35歳は、女の人生のスクランブル交差点だ。つまり、混乱した岐路に立たされている。

 結婚も出産も仕事のネクストステージも、欲するならば、そろそろ決断すべき時だってわかってる。課題があちこちから一気に押し寄せてくる感覚。もう若くないことは知っているし、現実も見えてきた。見た目はキープしているつもりだけど、気力も体力も右肩下がりはいなめない。どちらにも転べる気がする。一方、自分に残された時間と可能性はわずかではないかとも感じる。

 人生の進行方向を定めたいけれど、ベストがわからず、迷うのだ。

 今時の女性ファッション誌は競争が激しいこともあり、読者年齢に幅をもたせているものが多いが、雑誌『Domani』は、読者年齢を明確に“35歳”と定めている。読者を出産・未出産ではわけない。

 独女でも妻でも母でも、“働くイイ女”でありたい人たち。Domani読者――通称:ドマ女(東村アキコ先生命名)のイメージは、キャリアと呼べる仕事を持って、平均の35歳よりは稼ぎ、一流ブランドも取り入れたクラス感のあるファッションを楽しんで、まだ現役でモテている大人の女性。

 長期休暇は海外へ飛び、政治や社会情勢にもくわしいけれど、決してひけらかせない。ドマ女は上昇志向が強い。そして、従来のイイ女像からはハズれたくない、コンサバな女子たちだ。

「35歳 オシャレも人生も白黒ハッキリつけます❤」(2012年7月号)、「35歳、働くいい女――人生の岐路に“占い”あり」(2015年10月号)など、読者の迷いを共有して払しょくするための特集が目につく。
 また、「○○な女になろう!」的なイイ女の自己啓発企画が多いのも、Domaniの特徴。「2013年はまあるい❤女でいこう」(2013年1月号)、「2014年――OnlyOneな女でいこう」(2014年1月号)……etc.

 ドマ女は、もっと自分を磨けば幸せな未来が訪れると信じて、人一倍、努力している。傍目にみれば、すでに「大人のイイ女!」いや少なくとも「イイ大人」のはずなのに、本人はまだまだ背伸びしている。そして、内心は迷っている。

 そんな“35歳の迷い”を打ち破る術としてDomaniが新たに提案したのが、「35歳・おしゃれも生き方も“自分らしさ”デビューします!」(2015年10月号)という企画。

“自分らしさ”をキャラ化するという落とし穴

 そもそも、35歳にもなって“自分らしさ”とはなんだろう。

 女性誌において、ファッションと生き方は密接にリンクしている。言動だけでは表しきれない自分の生き方を、ファッションにたくす。また、ファッションを楽しむことから、自分を見いだす。だから、Domaniの“自分らしいファッションをしよう”という提案は、“自分らしい魅力や生き方を持とう”ということとつながっている

 2015年、『Domani』の提案する答えは、「ベーシックに必要なのは、“自分らしさ”のエッセンス!」という特集に表れている。黒ジャケットやVネックカーディガンなどの定番服を、自分の体型やキャラクターに合わせて着こなせる女のことを、“自分らしさを持つ女”なのだと定義している。

 ここで謳われているのは、個性や感性のおもむくままに自己表現をするきゃりーぱみゅぱみゅ的な“自分らしさ”ではない。職場や異性など他者からも評価される“大人の女としての自分らしさ”である。
 そこでDomaniは、「大人の女」を演出する良質でセンスの良い定番服を推薦し、微妙なニュアンスで“自分”を小出しにしていくことを提案する。

 35歳くらいになると、“自分らしさ”の落とし穴にはまる女子が多発する。社会に揉まれ、個性は埋没し、職場でも恋愛市場でも“若い女”という役割を失った35歳は、早急に新たなポジションが欲しくなる。いわば、アイデンティティ・クライシス

 そこで新たな“私らしさ”を求めた結果、アネゴキャラ、オカンキャラ、イイ女キャラ……などキャラを半ば無意識に演じる女が増えるのだ。気持ちはわかる。

 とりあえず、アネゴキャラを演じれば、男子にちやほやされなくても体裁が保てるし、オカンキャラになれば、一定の需要もある。Domani的な“働くイイ女”も、そこらの若い女とは一線を画すためのキャラのひとつかもしれない。もちろん、社会に出れば、時にはキャラを演じることだって必要だ。イイ女仮面をかぶって、酔っぱらったオジさんをいなすことも、35歳の女の処世術。
 
 でも、これはあくまで処世術であって、“自分らしさ”とは別ものだ。

 35歳は、迷い多き季節だからこそ、“自分らしさ”が欲しい。ファッションはもちろん、生き方も恋愛も、自分にとってのコレ!を定めたくなる。けれど、むやみに焦れば間違えるし、安易な答えに逃げるのはもったいない。

 では、ドマ女が目指す“大人の女としての自分らしさ”を持っているのはどんな女性だろう? ここで、現在のDomaniのカラーやメッセージを体現する、表紙モデルに注目してみる。

 エビちゃんに学ぶ“大人の女性の自分らしさ”とは?

 かつて、『CanCam』において、甘系モテOLファッションのアイコンだったエビちゃんこと蛯原友里。2015年7月号から、『Domani』は、彼女を表紙モデルに抜擢した。

 結婚、妊娠を経て、ハーバルセラピストの資格を取得。ジャスト35歳になったエビちゃんが、今、キャリアOLの代表に。Amazonのレビューを読むと「エビちゃんには、Domaniの“働くイイ女”のイメージがない!」など否定的な意見もあるが、今ここにいる、エビちゃんは辛口のスーツも堂々と着こなしている。

 ブームから10年以上を経て気付かされるのは、エビちゃんはどんな服を着てもエビちゃんであるという事実。巻髪に淡色のワンピースという“エビちゃんOL”スタイルは世間に消費されたものの、エビちゃん自身の個性や存在は廃らなかった。声高に変化を主張したわけでもないのに、エビちゃんのまま相も変わらぬ清潔感やハッピーな明るさをもって、スーツの似合う女性になっていた。

 同時代、CanCamのメインモデルとして活躍した押切もえと比較するとわかりやすい。もえちゃんが小説執筆に挑戦したり、ディープな内面をインタビューで吐露したりと、“自分探し”“自分磨き”に懸命だったのに比べ、当時からエビちゃんは等身大のままシンプルに進んできたように見える。内には葛藤もあっただろうが、深みまで語らない。

 ブログは、昔も今もお買い物やご飯など牧歌的な女子の日常を綴るのみ。華美な自己演出はなく、肥大した自我は感じられない。 タレントや女優業も求められて多少挑戦したものの、ずっとモデルに軸足を置いてきた。欲も必死感も感じられないのに、若く可愛いままでキャリアを重ね、モデルとしてオンリーワンの地位を築いている。

 等身大の“自分”は、あるけれど、押しつけがましい自己主張はない人だから、甘口なモテファッションでも嫌味がなかったし、スタイルが変わった今も本人らしさは廃れないのだろう。

 この飾り気のないシンプルさ、等身大でいながら社会的にも評価される姿こそ、“大人の女の自分らしさ”を求めているドマ女の目指すべき姿ではないか。

 本来、ファッションも生き方も飾らずに、シンプルな自分で勝負するのは難しい。されど、35歳。社会人生活十余年、誠実に働いて、人と向きあい、いろんなライフスタイルを試してきた。その経験値があるならば、まずは今までオシャレして働き続けてきた自分に自分でOKを出したい。まだ人生に迷っていて、足りないものが多々あるとしてもだ。

*ちなみに最近のエビちゃんはこちら

35歳の私だからこそ、求められることとできること

 ドマ女は、スクランブル交差点の信号が赤になり青になったのを見送った。その時、手の中のスマホが震えた。会社の部下からだ。

「タイアップ記事の校了? 色の判断ができない? わかった、これから戻るから」

 なに弱気になってたんだろう。わたしはもう十分過ぎるほど、わたしだ。
 ふと見上げると、巨大な看板、ハイクのトレンチコートを着こなした蛯原友里が髪をなびかせている。エビちゃん35歳かよ。見えないなあ、ってわたしもか?

 ドマ女は、颯爽と右手を挙げてタクシーを止めると、運転手に言い放った。

「ひとまずこのまま、まっすぐ行ってください」

 明日、校了したら、新しいトレンチコート買おう。働く大人のイイ女仕様のやつ! とドマ女は心に誓った。

イラスト:ハセガワシオリ


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