その妄想、全部叶えていいですよ
「僕らの人生を作っているもの」について書きたいと思う。
彼の話を聞いて悟ったのは
「苦労は要らない」「成功していい」「成功するにはまず、自分に成功していいと許可を与えなければ成功は出来ない」ということだ。
彼は「人生で挫折を経験したことがない」と言った。
彼の話を聞いて、挫折なんてものは成功するだけの人生じゃつまらないから、自分で挫折するよう仕向けてるのだとわかった。
彼の見た目は普通。まあ、イケメンの部類に入っているかもしれない。K-Popグループのあんまりイケメンじゃないやつっぽい感じ。身長は185cm、痩せ型。少し話をしてみても特にこれといって強い印象を受けるということはなかった。
一方、まだ22才だけど彼が歩んできた人生はなかなか面白かった。
色々話している中で最近腰の調子が良くないとのこと。この仕事の職業病といっても良いかもしれない。しかし、彼の場合それは仕事からくるものではなく、高校生の頃背骨を折ったそうだ。
高校生までサッカーをやっていた。しかも日本代表にも選ばれたほどの選手だった。それが海外遠征に出発する前日、母校で練習している時に事故は起こった。選手と接触し気がついた時には病院のベッドの上だった。接触し仰向けに倒れた背骨のところに相手選手の頭があったそうだ。サッカーは諦めなければいけなかった。その後栄養士の専門学校、介護系の仕事を経て、今の現場監督になった。しかし、最近腰が悲鳴をあげ出し、この仕事はこれ以上続けられないかもしれないと考えている。特に何か情熱を持ってやっていることがあるという事もなく、将来については少し悩んでいると話してくれた。
22年の人生はまだまだこれからの方が長く、色々悩みはあるようだった。僕が22才の時まだ大学生で取らなければならない単位はまだ半分程度残っていた(笑)。それでも42才の今、まあなんとか人並み程度にはやれているようだし、その年では色々悩んで当たり前だ、くらいなアドバイスをした。人のことをとやかく言えるような人生ではない。
次に彼に会った時もう少し詳しく彼の人生を聞かせてくれた。
サッカーを初めたのは小学生の頃。その時はフィールドプレーヤーだった。中学に上がる時、有名私立校からサッカーの特待生のスカウトが来た。そのオファーを受け東北にある学校に入った。そして(そんなのがあるのは初めて知ったが)日本代表の選考会に参加し見事選ばれた。が、靭帯を切る大怪我をした。その後復帰したが体力が戻らずゴールキーパーにコンバートしたそうだ。すると今までキーパーの経験がなかったにも関わらずレギュラーの座を掴んだ。
高校に上がる時、そのまま特待生として高校に進学することをコーチに薦められたが、このまま東北に居続けるより全国から猛者が集まる東京の高校に進学することを選んだ。そして彼はそこでもレギュラーを勝ち取りまたしても日本代表に選ばれる。そしてその後彼にとっての悲劇が起こった。
環境に恵まれていたということはもちろんあったと思う。しかし、それよりは彼のマインドセットの方が彼を(高校時代までの)成功へ導いたのだと僕は考える。逆境や上手くいかない時にモチベーションを維持して乗り越える方法の見つけ方。周りのサポートの引き出し方。失敗から効率よく学び改善するための戦略。そういったモノを無意識的に系統立てて確立する回路が自然と出来ていたのだろう。ルールに縛られることなく「良い、悪い」「やる、やらない」などを自分の基準に照らして判断できる柔軟性。僕はそれを知性と呼ぶ。
一見普通の若者に見えたが、彼には本物の知性があるのだろうと思った。
その知性を以ても、今まで全てを捧げてきたモノを突然奪われるのは並大抵の試練ではなかったと思う。その後の人生がぱっとしないものになったとしても不思議ではない。初めて彼の話を聞いた時とても同情した。君にはきっと本物の知性があるはずだ、そうじゃなかったら何千人もサッカーをやっている子がいる中で日本代表になんてなれるわけがない。君ならその気になればなんだってできる。そう言って慰めた。
しかし、彼の話には続きがあった。
僕は現場監督をする前ホームページを作ったり、デザインの仕事なんかを少しやっていたことがある。
その話を聞いた彼は、
「僕も副業でそんな感じの仕事をしてるんです。年収は1億6000万円くらいあります。」
「えっ、、、(話しちゃうやん、なにやったら良いのか迷ってるんじゃないの?)」
彼は副業でホームページを作ったり動画制作をしたりしていたのだ。しかも、すでに彼は今や普通の人の生涯賃金を1年で稼いでしまっていた。
背骨を折る大怪我をした彼は病院で3ヶ月寝たきりの生活。その後半年のリハビリを経て普通の生活ならできるまで回復した。その時同じ病室に入院していた中小企業の社長さんと知り合いになった。退院祝いに食事に連れて行ってもらい、その席で会社のホームページを作ってくれないかとお願いされたそうだ。別に仕事がなくて困っているわけではないけど、そういうのがあった方が何かといいだろう。社長さんとしてはそんな程度の気持ちで依頼したそうだ。元々彼はそんな知識はなかったそうだが独学でホームページを作ってあげた。その時には報酬は貰わなかった。しばらくして彼が作ったホームページ経由で2人従業員が増えた。社長さんは従業員が増えて発生した利益の一部を彼に支払った。サッカーしかしてこなかった彼が初めて自分で稼いだお金だ。
その社長さんは地元の商工会のようなものに所属していてその話を仲間にしてくれた。仲間の社長さんたちも興味を持ち彼にホームページの制作を依頼してきた。横のつながりが広がり仕事はどんどん拡大する。
そのうちに会社のPR動画を作って欲しいという依頼も来るようになった。動画制作も独学で勉強し事業はさらに拡大していった。
「こんなことがあり得るのか」と思った。現実にあり得ている。目の前にいる22歳の(見た目は)なんということのない青年が誰もが描く妄想を体現している。
なんという衝撃。本で読んだりセミナーの講師の話ではない。目の前の同僚がそれを現実化させて、その話を僕に聞かせてくれた。
僕の中で何かが壊れた。今までいっぱい努力した。手が届きそうなところにそれはようやく近づいてきている実感はある。でもまだ手にはしていない。いっぱい勉強して少しずつではあるがいろんな目標を実現させてきた。次の目標は副業で本業の収入を上回って独立。年収1000万円がスタート。最終的には5000万円程度の年収は確保したい。そう思っていた。僕の妄想はそんな程度だった。知ってる現実の範囲。これくらいだったら僕でもできるんじゃないかの範囲。「だって毎年10億円稼いじゃったら、税金で半分取られて5億円が手元に入って、で頑張って1億円使って4億円貯金。これを3年続けたら12億円も貯金が貯まっちゃうよ。そんなにいらないしそのお金どうすればいいんだよ?それは稼ぎすぎでしょ?だめだよ」。僕は妄想の中でも謙虚な男だった。
努力はいらない(何もしなくていい、遊んでいて良いという意味ではない)。遠慮なく欲しがっていい。欲しいものは全部手にしていい。自分のモノにしていい。妄想は全部叶えていい。
自分の欲しいものを妄想する時、遠慮してはいけない。全部欲しがって下さい。
神様にお願いする時、そのリストを全部神様に渡して下さい。
一番大切なことは「欲しがっていい、全部手にしていい、と自分に許可を出すこと」
これなんだと彼の話を聞いて悟った。それが出来ていないから中途半端なんだ。