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鑑賞レビュー:吉備大臣入唐絵巻(きびのおとどにっとうえまき)

過日、東京都美術館で開催中の展覧会「ボストン美術館展 芸術×力」を見に行きました。

「権力と芸術」がテーマの展覧会なので国と国の関係性とか、とある国においての権力の表現についてを考察することが目的だということかもしれないけど、芸術作品そのものと権力について考えてみるとどうかとおもう。
権力はそれにみあった芸術というものを欲したかもしれないけど、芸術が権力を得たという話は聞いたことはない。名誉と権力は別のものだと思うし。

この展覧会、アメリカのボストン美術館コレクションのうち日本の古典作品群を中心とした展覧会で、海外の作家の作品もありましたが、みどころはアメリカに流出して日本で見られなくなった作品を見ることができるところでした。
絵巻物や刀剣など、国内にあれば国宝や重要文化財となったと言われる名作を鑑賞する機会でしたので、大変楽しみにしておりました。

なかでも”吉備大臣入唐絵巻図(きびのおとどにっとうえまき)”は予想を超えた面白さで、同展で展示されていた”平時物語絵巻(のうち三条殿夜討巻)”には技術的には劣るものの、そのユニークで明るい表現が心に残る作品でした。

まず、吉備大臣入唐絵巻という物語について。
12世紀~13世紀 遣唐使として唐に派遣された実在の人物、吉備真備についてのお話です。物語のはじまりは、真備が船で唐に着いたところ、唐にはその人が有能すぎて国に害を及ぼすのではないかと危惧され、高楼に閉じ込められるところから始まります。
そして唐から数々の難題を吹っ掛けられますが、先に遣唐使としてその地で客死した阿倍仲麻呂が鬼となって現れ、真備はその仲麻呂鬼に助けられながら難を乗り越えて帰国するという物語です。
途中、真備の力を試すための囲碁の試合中には碁石をのみこむというインチキをしたり(みんなでほんとにどうかを確かめるためにうんこの中を調べているというほほえましい場面もある)、雲に乗って宮殿に忍び込み試験の問題をカンニングしたり、なかなかサプライズな物語構成。
 じつは吉備真備の2度の渡航の折、阿倍仲麻呂はまだ存命中であり、この物語はフィクションらしいのですが、「話がおもしろいほうがいい」は現代に通じることかもしれません。 

展覧会においての絵巻物の展示は、その巻の一部だけを見せていることもありますが、この度は大きく広げてありこの物語の全域を見ることができました。しかし、もともとは24メートル以上もあったものを昭和39年に4巻に改装したものだといいます。

展示室でこの作品を最初に見た印象は、白い部分がとても多いということ。巻物の白くて細長い紙のところどころに絵本の挿絵のような小さな絵がぽつぽつと描いてあり、その間は霧のような、雲のようなふわふわとしたしろいモノが描かれているようにもみえる空間で隔てられています。

画面には建物や人物などがたくさん描きこまれているのすが、大変小さく、そして描画が繊細なので30㎝ほどに近寄らないとその様子はうかがえません。小さな人物は各々表情が細かく描かれており、詳しく見ると臨場感のある表現だということが分かります。

人込みをかき分けて近寄ってみると登場人物や建物、植物などが丁寧に描いてあり、人物の表情だけではなく衣装、しぐさ、持ち物、動物や植物、建物や家具の様子などからそこで起こっている事件だけではなく、この物語の背景にある当時の唐の文化なども知ることができ大変興味深い作品だと感じました。

また、この小さな挿絵のような絵を隔てている白い空間はマンガでいう「コマワリ」のための装置だと言われており、白い空間を経ることで鑑賞者は絵巻物に特有の異時同図という表現を体験しつつ、マンガを読んだり映画を見たり本のページをめくるよう物語の進行を受け入れながら見ることができるのだといわれています。
また、吉備真備入唐絵巻においては描画の繊細さだけではなく、キャラクターデザインともいえる人物の描き方など、現代にも通じる表現とも感じられ「古い絵巻物を見ている」というよりも、絵本やマンガを読むようにほっこりとしながらいつまでも見ていられる魅力のある作品だと感じました。
この作品の良さは、古さを感じさせない、あるいは1000年の昔の人が現代と同じように物語の面白さを愉しんだということに思いをはせられるという時空を超えた楽しさにあることかもしれません。

また、あくまでも立体感のない様式的な2次元表現は現代のアニメやマンガにも共通するところがあり、日本特有の気質というものは平安の時代からつらなる絵画表現においての文化的特質にも見られるのではないかと思ったりもしました。

個人的には、鬼になってるのに人間に変装している阿倍仲麻呂とか、二人で空を飛んで脱出する真備と仲麻呂とか、いろんな場面でわさわささわいでいる唐の役人とか、いにしえの”かわいい”を見つけられる作品でした。













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