見出し画像

海外生活で子どもの日本語を維持するために知っておくべきこと【180】

 今回は、海外で日本語を学ぶ子どもの学習について、保護者の方向けにご家庭で大切にしていただきたいことについて書かせていただきます。
 この記事は、以前私が学習記録として残した記事を元に作成いたしました。

 私は現在オランダに暮らしており、自宅の日本語教室で子どもたちの日本語学習のサポートをしております。そして、日本で生まれた6歳の娘は現地の学校に通っています。

 海外生活での日本語学習は難しいとされており、実際に海外で子育てをしている私も同じように感じています。日本語に触れる機会が限られている中で、私たちは保護者としてどのようにして子どもの日本語環境を設定すれば良いのでしょうか。

 この記事では、私自身が日本語講師として学んできたこと、そして親としての経験を織り交ぜながら情報をお伝えできればと思います。現在の私も模索中の身ではありますが、海外生活で子どもの日本語環境について悩んでおられる方のお役に立てれば幸いです。

 なお、子どもの複数言語を発達させるために必要なアプローチは、その子の年齢や性格、海外在住年数などによって異なります。「バイリンガル・マルチリンガル教育はこうすればうまくいく!」というのは、聞こえは良いですが実際にところはないとされています。つまり、一人ひとりに合わせた環境設定が必要なのです。


バイリンガル・マルチリンガルのメリット

 現在はグローバル化が進行し、あらゆることがスピーディに変化する世界になりました。いろんな価値観が混ざる世の中で、他者の考えを受け入れながらうまく折り合いをつけていくこともこれからは求められていきます。
 そのために、言語に紐づく複数の文化を身につけることで他者理解の助けになります。そして、複数の言語(文化)を身につけることによって、子ども自身の世界が広がるとともに、世界全体がより密につながっていきます。

 複数の言語を学ぶメリットは、以下のように記されています。

・思考の柔軟性
・言語に対する理解力・分析力
・話し相手に対する配慮
・他者への偏見、差別意識が低くなる

中島和子『完全改訂版 バイリンガル教育の方法ー12歳までに親と教師ができること』より

 同じ意味の名詞でも呼称が異なる経験をすることで、言語を広く捉え分析しようとする思考が働くようです。また、自分のことばが通じず、うまくコミュニケーションが取れなかった経験からも、相手を配慮した行動ができるようになると考えられています。そして、複数文化の経験から、異文化への受容度が高くなりやすいと言われています。その一方で、モノリンガルの場合は、異言語話者への偏見や差別傾向が見られるそうです。

「母語・継承語」が基盤となり、現地語とお互いに作用しながら発達する

 複数の言語がある環境の中で、子どもたちはどのように「ことば」を発達させていくのでしょうか。
 まず、大人の私たちがあらかじめ理解しておかなければならないことは、母語が確立されていない子どもが複数の言語を同時に習得する場合、大人が外国語を学ぶのとは全く異なる過程をたどるということです。
まだ母語が育っていない子どもは、抽象的な意味の言葉は母語でも理解できないことがあります。そのため、第2・3言語を習得するためには母語を確立することが必要になります。その一方で、学校での言語が母語ではない場合、そちらの言語も育てていかなければなりません。つまり、複数の言語の中で生活する場合、母語・継承語と現地語の両方を大切にしなければならないということです。

 母語と第2・3言語の関係について、現在では子どもの中にある複数の言語は別々に存在するのではなく、お互いに作用し合っていると考えられています。ことばの概念や学習に対する姿勢は言語を超えて共有しているのです。そのため、両方の言語を刺激し続けることでどちらの言語もお互いに作用しながら高めていくことができます。

海外での日本語学習の現状と対策

 海外の日本語学習において私が学んだこと、海外生活で感じたことをまとめておきます。

◯海外での日本語の維持が難しい理由

1、動機づけが難しい
  日本語を家庭内でしか使うことがなく、日本語で関わる友達が限られている場合、日本語を学ぶモチベーションを保つのが難しいことがあります。学校が終わった後や週末に日本語の勉強するとなると、嫌がる子どももいるかもしれません。

2、日本語への自信のなさ
 日本語で親に上手く自分の気持ちを伝えられなかったり、日本語を話す人と上手く会話ができなかった経験から、自信を失ってしまうことがあるようです。そういったネガティブな経験によって、自信のない日本語をなるべく避けて学校で使っている言語の方を意図的に使うようになることがあります。

3、年齢と教科書のギャップ
 国語の教科書を使って学ぶ時、読みや漢字のレベルが到達していないことから、学年を下げて学ぶことがあります。そうなると、年齢に合わない内容を学ぶことになるため、興味を持ちにくいことがあるそうです。これは学年が上がれば上がるほど、そのギャップが大きくなってきます。

 海外で日本語を学ぶのは本当に大変なことです。ちなみに、言語学の研究者の見解によると、「海外で母語の教育を充実させるなら、学校教育の中に組み込まなければならない」としています。それぐらい、個人の働きかけで子どもに母語を学ぶ環境を設定するのは難しいことなのです。


◯保護者としてできること

1、家庭教育が中心だと考える
家庭の中では、家族の会話と絵本の読み聞かせが効果的です。家庭の中では、現地語と混ざり過ぎないように母語をしっかりと使う機会を設けることが何より重要です。ただ、多少の単語が混ざってくることは容認し、言い間違いなどはさらっと言い直してあげて、緊張感が生まれないようにしなければなりません。何よりも伝えたいという気持ちを子どもに持たせてあげることが大切です。
 日本語での会話を活性化させたい場合、イエスorノーが答えになるような「クローズドクエスチョン」ではなく、場所や様子など詳細までを尋ねる「オープンクエスチョン」を使うのが効果的です。

2、「週末補習校」は補助的な役割として考える
 週末の補習校の学習によって、子どもの母語の力はどれぐらい身につくのでしょうか。私が書籍から学んだ情報によると、週に1度2〜3時間の学習では、会話面では学年相応の力は付けられるそうなのですが、日本語の読解力は小学4年生どまりになるという結果が出ているそうです。
 そして、これは日本語の補習校だけでなく、他言語の補習校でも同じような結果が出ているのだそうです。つまり、日々の小さな積み重ねが重要だということが分かります。

3、子どもへの過剰な期待を止め、子どもの自信喪失を回避する
自分の子どもが日本語をうまく話せていないと感じた時、そこに焦りを感じてしまう方も多いと思います。
 日本語と現地語が時々混ざってしまったり、親から見てどちらの言語も中途半端だと感じる時に、その状況をもう一度捉え直していただきたいと思います。それは、いずれかの言語ができていないというネガティブな見方ではなく、「バイリンガルの個性」として捉えることが大切だと言われます。
「この子は2つの言語を頑張って学んでいる、どちらの言語もできてえらい!」とポジティブに考えることで、子どもの言語に対する考え方にも変化が現れるかもしれません。保護者のポジティブな考え方に影響され、「自分はどちらも中途半端でダメだ」と考えるのではなく、「両方できるように頑張ってみよう」と思うかもしれません。
 保護者の価値観は言葉となり、それが子どもに伝わります。そして、やがては子どもの考え方に影響していきます。子どもがポジティブな気持ちで複数の言語を学べるように、保護者がポジティブな姿勢を持つことが重要です。できないことに囚われるのではなく、できることを認めていこうというのがヨーロッパ多言語主義のポリシーでもあります。それは、保護者自身に対しても同じことです。

◯子どもたちは学校で日々"survive"している

 日本人が海外で生活し現地の学校へ通う場合、子どもは現地の学校で異なる言語で学ばなければならず、他の子どもたちに負けないように必死に現地の言葉での学習を頑張っています。言語がわからないことで悔しい思いをして、何かしらのビハインドを感じていることもあります。そこで、家に帰っても「日本語ができていない」と言われたとしたら、子どもはどんな気持ちになるのでしょうか。良いところをしっかり見てあげることも大切です。

継承語としての日本語は難しいからこそ、興味関心を大切に

 日本に住んでいれば、学校で先生が黒板に書いたり、授業中に教科書の文字に触れたり、外に出かければ嫌でも多くの日本語を見かけるので、覚える文字が多くてもさほど気にはなりません。
 しかし、海外で暮らす場合、日本語に触れる機会そのものが限られ、現地の言語が圧倒的に有利になることで、子ども自身も現地でのコミュニケーションの方に傾いていってしまいます。そのため、母語としての日本語を維持するためには、どうしても日本語に触れる機会を積極的に用意していく必要があります。
 しかし、過度に子どもに求めすぎてしまうと逆効果になってしまい、だからと言ってわずかな量では日本語の維持にはつながりません。バランスを保ちながら子どもの日本語の力をつけるというのは本当に難しいことです。

そこで大事なのは、日本語への興味・関心をどれだけ育てるかです。

 楽しいという気持ちが学習を継続させ、その継続によって自信を生み出し、いざ自分でやろうと思った時の精神的な土台になるのです。

 そのためには、日本語で友達とのつながりを感じつつ、日本語で学ぶことが楽しいと思える環境づくりが必要です。それは漫画やアニメ、テレビゲームなどでも良いと思います。つまり、学校とは別の「日本語」でつながれる仲間、子ども自身の好奇心や興味・関心を大切にして、学習者自身が日本語を学びたいと思えるようにします。
 私自身もまだまだ勉強中の身ですが、学習者が母語・継承語の学習に前向きに取り組み、その言語を自身を持って使えるようにするための模索を日本語教室でこれからも続けていきたいと思います。

 最後に私が以前バイリンガル・マルチリンガル教育について学習した記録の記事を紹介させていただきます。ご興味があればご参考になさってください。

 バイリンガル教育についてもう少し詳しく学びたいという方は、今回私が参考にした中島和子さんの著書『完全改訂版 バイリンガル教育の方法ー12歳までに親と教師ができること』(アルク選書シリーズ、2016)をご覧ください。少し内容が難しいところもありますが、海外での日本語学習の不安と向き合うヒントを与えてくれると思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?