オランダ在住(5年目)日本人家族の子どもの日本語事情〜日本語を学ぶのではなく日本語「で」学ぶ機会を[405]
私は日頃、日本語教室で子ども達の日本語学習のサポートをしていますが、教室での授業のノウハウをそのまま我が子に使うことはできません。なぜなら、子どもにとって私は「父親であり講師ではない」からというのが大きいと思います。そのため、我が子の日本語を学習する機会を確保するのが最も困難なことだと感じています。
我が家では、定期的に読み取りの問題(これはオランダ語の読解問題に対応するため、母語の強化を学校から求められている事情もあり)以外は、基本的に本人に任せるようにしています。とはいっても、私の娘は自ら日本語を勉強するために机に向かってドリルをしたりプリントをするということはありません。例外として、6歳ぐらいの頃は、すみっコぐらしのキャラクターがお気に入りだったので、自らひらがなやカタカナのドリルに熱中している時も一時期ありました。ただそれは彼女が「このドリルをやる!」と自分で決めてそれをやり遂げるところまでが目標だったので、達成して以来は取り組んでいません。
そろそろ9歳となる現在は、漢字まんが辞典や本人が気に入っている産婦人科系や理科系などのマンガ、私の好きなアニメを一緒に観てストーリーについて熱く語り合ったり、日本語の歌(アニメの主題歌)を歌ったりしています。特に最近は自分でストーリーを考えて漫画を書くことに熱中しています。
好きなことを組み合わせて趣味を作る
私の娘は、これまで絵を描くことと人形でお話を作って遊ぶことが好きで、本を読む(日本語もオランダ語も)のも大好きでした。ある時に「そろそろ絵を描くのも、本をただ読むのも飽きてきたな〜」と言っていたので、「何か新しいこと始めてみる?」と聞くと「何やっていいかわからんー」と言っていました。
そこで、家族の何気ない会話の中で「漫画読むのが好きで、絵を描くのも好きなんやったら、今度は自分でお話を作って描いてみたらみたらどう?」という話が出てくると「そんなん私ができるんかな?」と言っていたので、「お父さんも小学生の時ボンバーマンのマンガ書いてたで」と伝えました。それがきっかけで娘も自分でストーリーを考えてマンガを書くようになったのです。
いざ描く側にまわってみると、ストーリーやキャラクターを考えたり、描き方を上手くするためにいろいろ試行錯誤が始まりました。すると、時間があれば本を読んだり漫画を描くようになり、暇を見つけては作品制作に勤しんでいるようです。おかげで娘の描いた作品は短編もので100を超えるぐらいはあるんじゃないかと思います。ここに書かれている日本語は、ドリル学習並みの文字量があると思います。
人形遊びから「お話し作り」を、お絵描きから「イラスト」を、そしてマンガを読むから描く側に行くという組み合わせで今の趣味が確立されています。
学校では友達と漫画を交換したり、合作で作品を仕上げたり何やら楽しそうにいつも制作をしています。また、人に読んでもらうために漫画を描くので、セリフが読みにくくならないように、なるべく丁寧に書くようにしたり、たまに漢字にチャレンジしたりして、ここに学習が十分に含まれているのです。おそらくやらされて書くよりも、自らの強い意志で書く方が定着度はかなり高いのではないかと思います。また、ただ書くだけではなく伏線を意識したりして何やら展開などにも工夫を凝らしているようです。
私個人としては消費型の趣味ではなく、生産型の趣味で素敵だなと思っています。
歴史が好きと言った最近の娘
「歴史まんが」は我が家の貴重な日本語教材の1つです。今日航空便で注文した「まんが世界の歴史」が届きました(これまで航空便を頼んだことがなかったのですが、すぐに手に入れたいというのもあって航空便を選択しましたがなかなかな費用でした、、、)。
私は元社会科の教員で、世界史の中でもヨーロッパの古代〜近代と政治経済を教えていました。そのため、オランダに住むようになってからヨーロッパのあちこちに旅行に出かけると、つい歴史的な建造物や博物館の歴史に関連する展示物を見ては興奮している私を見てか、娘も「私も歴史が好き!」と言ってくれるようになりました。
どうやら興奮している私を見て、いろいろ興味が湧いてくるようです。
日常の生活の中で「これはなんでこうなってるの?」という疑問がいろいろあるようで、最近はよくそういったことを聞いてくるようになりました。
例えば、アンネフランクの話からホロコーストがなぜ起こってしまったのか(単にドイツを悪者にしても問題は解決しない)、オランダの教会で見る像の顔が破壊されているのはなぜか、なぜ戦争が起こるのか、なぜオランダと日本はこんなに離れているのに江戸時代は仲が良かったのか、など身近に感じる疑問をよく私に質問してくるようになりました。
また、私がオンラインで行っている理科の授業を聞いて、授業が終わったあとに大豆のいろんな用途や菌の種類などの本を持ってきては私に本の内容を聞いてきたり自分が読んだことを説明してくれるようになりました。
せっかく興味があるなら、と最近は「理科ダマン」やチャレンジの「サイエンスブック」、そして「歴史まんが」を家に置くようにしています。オランダ語で書かれたストーリーブックなどを読むのが好きなのですが、こういった歴史や科学のことを知るのも楽しいようです。
こういった興味・関心はもちろん海外での日本語を維持するのにはとても重要な要素だと感じます。
日本語「で」学ぶということ
「興味を持つから調べてみる→分からない言葉が出てきたら大人に聞く(もしくは自分で調べる)→知らなかったことを知って面白いと思う→もっと調べてみようと思う」というループの中に、日本語での会話や論理的な考え方や伝え方、曖昧な情報や表現を正す力などがついているのではないかと感じます。
もちろん私は娘に歴史を好きにさせようと思ったわけでも、日本語の勉強は歴史や理科から学ぶことを強制したわけではなく、そもそも「日本語は家族の言語でそれを楽しめる環境づくりがしたい」と思っていた結果、偶発的に生まれたものなので娘が日本語に触れることを好きでいてくれて良かったと思っています。ひょっとしたら無理やり何かをさせていたら歴史に限らず日本語そのものを嫌いになっていたかもしれません。
私はこのナチュラルな学び方にとても魅力を感じていて、もちろん語彙や表現に偏りは出てくるものの、継承語としてまずは「好きになる!」というミッションを達成するために興味・関心に基づいた学び方を推奨しており、教室の中でなるべく実践できるようにしています。このような体験を教室の子ども達とも共有していきたいと思います。