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三輪車とマラッカの夕日 - 2

オレンジ色の町。
マラッカの第一印象を尋ねられたら僕は真っ先にこう答える。

ゲストハウスから町の中心部オランダ広場へは徒歩で5分ほど。道中から鮮やかな色の建物がチラホラ見えていたけれど、何よりもオランダ広場から見渡す景色は圧巻だった。

時計台、教会、寺院や倉庫に至るまで視界に映る建物すべてが鮮やかなオレンジに塗られていて目がチカチカする。正確には「赤茶色」と言うべきなのかもしれないけれど、その一瞬でマラッカは「オレンジ色の町」として僕の脳内に記録された。辺りを見渡すとそこかしこに土産物屋が並び、路上アートや大道芸人が道を賑わせている。なかなか活気があって楽しげな町だ。

広場の真ん中ではどうやら歩道の工事をしているようで、くたびれた顔のおっちゃんたちが汗をかきながら地面をならしていた。泥の付いた敷石がその横に乱雑に積み重ねられている。

おっちゃん達の格好はそれぞれバラバラで、それはどうやら各自の私服のようだった。なぜだかその光景をとても印象強く覚えている。日本の工事現場で私服の作業員なんて見たことがないからかだろうか。改めて考えてみると、工事現場でみんなが同じ作業着を着ている必要もないよなあ、と妙に納得する。

色とりどりの格好をした観光客が傍らを通り過ぎていく。西洋人もいれば中国人もいるしマレー人もいる。時おり日本語の会話も聞こえてきた。

全体的に綺麗な街ではあったけど、どこか雑多な印象も漂っていて、きちんと整備された観光地を想像していた僕は少し驚いた。せっかくの世界遺産なんだからもっと景観に気を配ればいいのに、と思ったけれどこれは日本の環境に慣れすぎているせいだろうか。

とはいえ明らかに異国だと感じられるこの雰囲気も嫌いじゃないな、と思いながら街を歩く。

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しばらく歩いて中心部から外れると、辺りは少し落ち着いて、趣のあるエリアになった。古い教会や要塞の跡、フランシスコ=ザビエルの像などマラッカの名所を見て回る。

日本ではあの肖像画のイメージが先行しがちなザビエルだけど、銅像で見る姿は凛々しく素敵な紳士のようでなかなか格好良かった。(よく見ると右手がないのだけれど、この右手に関しては色々な逸話があるそうだ)

もう少し散策してみようかとも思ったけれど、さすがに歩き疲れたので宿に戻ることにした。帰ってからあまりにガイドブック通りの観光をしていた自分に気付いて、少しだけ凹んだ。

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宿でシャワーを浴び、ぐっすり昼寝をして起きた頃、すでに日は暮れはじめていた。

マラッカの中心部には西洋風のおしゃれな町並みや歴史的な教会がある一方で、割と大きなチャイナタウンも存在していて、週末の夜にはナイトマーケットで賑わうらしい。ちょうど金曜日だったので腹ごしらえも兼ねて出かけることにしたのだけれど、これがなんとも刺激的だった。

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宿を出てチャイナタウンの目抜き通り・ジョンカーウォークを目指して歩く。すると間もなく、前方から夜市の賑わいらしい音が聞こえてきた。その喧騒はチャイナタウンが近づくにつれてますます激しさを増していく。

「うわ、すげえ、、」

ジョンカーウォークの入り口に着いた瞬間、僕は思わず口に出していた。

色とりどりの電球、古道具が雑多に並べられた土産物屋、屋台から漂う香辛料の匂い、人、会話、煙、蒸気、喧騒、熱気。日本の夏祭りにも似ているけれど、それとはきっと根本的な何かが違う。濃くて混沌とした熱量が辺り一面に充満していて、その熱気の下で数え切れない人の群れがうごめいている。エネルギーの氾濫を見ているようだった。

通りの向こうには鮮やかなナイフさばきでココナッツを剥く屋台職人がいる。今しがた通り過ぎた広場ではコンサートが開かれていて、けばけばしい舞台上に中国語の演歌が流れている。ガラクタまじりの家電製品を熱心に品定めする主婦がいる。地元の若者は煙草を吸いながら大声で互いをなじりながら、笑う。

僕は熱と人波に圧倒されながらも、熱気の中に足を踏み入れた。土産物屋に並ぶ支離滅裂な日本語が書かれたTシャツを眺めたり、使い方も分からない古道具を気まぐれに買ってみたり、生まれてはじめて飲むココナッツジュースのに青臭い味に驚いたり、名物の海南鶏飯粒(チキンライスボール)をつまんだりしながら、通りを何度も往復した。いくら歩いても飽きることがなかった。

観光客、屋台の主人、中国人、地元のおじさん、子供、客引き、西洋人、タクシー運転手、主婦、マレー人、若者。ここにいる人たちの間には一定の格差があるように見えたし、それぞれの持つ背景や暮らしぶりは当然全く違うのだろう。しかし、そのことごとく異なる人々の交わりから生み出されるこの異常な熱量は、むしろその全ての違いを曖昧にしているようで、この時、僕はマレーシアという多民族国家のあり方を垣間見た気がした。

「誰も俺のことなんて気にしていないんだよな」ということを実感すると妙に心が踊るものだ。どこの国から来ていようと、英語が拙かろうと、旅慣れてなかろうと、ここでは何も気にしなくて良い。暑苦しくてうるさいこのチャイナタウンは、それでいてとても心地良い空間だった。周りの目や余計なことを考えている暇もないほど夜市は刺激に溢れている。ここにいる間、僕は純粋に旅を楽しめている気がした。

夜市は思考を麻痺させてくれた。

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