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鵺と捩花

ここ一週間ばかり寝不足である。

原因はいくつかある。
ありきたりな仕事のストレスや煩雑な脳内に滞留する雑事。が、もう一つある。

鵺(ぬえ)である。
妖怪鵺が夜半から朝方までずっと泣いている。いや鳴いている。
公園の錆びたブランコが風に揺られて寂しげにきいきい鳴るようななんとも言えない声が夜中ずっと続く。

最初聞いた時は驚いた。
そしてなんだか正体がわからなかった。ここに住んで早十数年、今まで一度も聞いたことがない。

誰かの目覚まし?ゲーム機の音?とにかく不思議な音である。先述のようなブランコの音とするのが一番しっくりくるが、残念ながら私の住んでいる限界集落には古びた児童公園すらない。(自販機もない。街灯も少ない。夜はクルマも通らない)

長男がどうしても気になるというので一緒に外に出る。相変わらず同じテンポで金属音が鳴り続けている。
真っ暗な道の真ん中に立つ。どうやら北西の雑木林の中から聞こえる。危機感のない警報のようにただただきいきい鳴っている。耳障りだ。
なにか人造のものなのかと考え出したとたん、
きぃ・・・ききき
音が南東に移動した。声が大きくなる。「近づいてる!」全身総毛立つ。得たいの知れないモノに対する恐怖心。

これは。
これは鳥だ。今まで聞いたことないけど。

とりあえず長男にそう告げ、家に入る。
文明の利器スマートフォンさんで検索する。だいたい辺りはついている。夜中に鳴く鳥は限られているから調べやすい。

・・・やっぱり。
トラツグミ。別名鵺(ぬえ)。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※森の中で夜中に細い声で鳴くため、(ぬえ)または鵺鳥(ぬえどり)とも呼ばれ、気味悪がられることがあった。「鵺鳥の」は、「うらなけ」「片恋づま」「のどよふ」という悲しげな言葉の枕詞となっている。トラツグミの声で鳴くとされた架空の動物はその名を奪って鵺と呼ばれ、今ではそちらの方が有名となっている。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
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トラツグミという鳥の鳴き声だった。話には聞いたことあったけど聞くのは初めて。しかしわかってもこれが鳥の鳴き声とはとても思えない。やっぱり物の怪の類だ。

とうわけで、昨夜まで一週間いつも夜中から明け方までこの声で覚醒してしまう。今日の人間ドックの結果が悪かったらこいつのせいだ。まあ、迷惑だけど仕方がない。家族は気にせず寝られるようなのでよしとする。

ヨタカにしても、夜鳴く鳥っていうのはどことなく物悲しい。別に彼らは寂しくも悲しくもないのだろうけど。

清涼な夜の空気に響く。

寂しいのは自分だ。
ふと気付く。

そいういことか。



朝、寝不足の頭で霧掛かった家の周りをうろうろする。
春先と比べると花は少なくなり、代わりに緑が生い茂っている。草刈りしないと。
そんななかふと目を引く桃。
ネジバナ。
最近でこそ自然観察大好きおじさんだが、20代のときは雑草の類はそんなに詳しくなかった。(まあ、当たり前か)
そんな頃からなぜか名前がわかっていた数少ない雑草がこれ。捩花。ねじばな。小さな花弁が螺旋に並ぶ。小さな建築物。

ねじれているのがかわいい、と言ったのは自分だったか他の誰かだったのか。
今となっては記憶が混沌としている。

そんな捩花がたくさん咲いていた。霧の中。見つめていると取り込まれそうだ。
幻想の世界。昨夜の鵺の鳴き声とともにどこまで現実なのかわからなくなる。ぼんやりしてくる。

あ、
新聞取らなきゃ。



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