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サルスベリの(割としょうもない)記憶

今朝初めて、そこかしこのサルスベリが満開なのに気付いた。早朝トレイルランニングしている途中。青空に濃いピンクの花が映えていた。

もっと前から咲いていたんだろうけど、全然気付いてなかった。見渡せばいろんなところにピンクの花。こんなにたくさんサルスベリってあったんだね。

サルスベリは別名「百日紅(ひゃくじつこう)」といって長い期間咲き続ける、というのはウィキペディアの受け売り。

サルスベリを見ていたら、小さい頃の記憶がよみがえった。とはいっても、ドラマチックでも感動的な話ではない。割としょうもない。
簡単に言うと、「サルスベリの幹を掴んだままじわじわと池に落ちた」という話。

当時(40年以上前!)、家の庭には池があって鯉を飼っていた・・・なんて言うとスネ夫の家みたいな豪邸を連想してしまうことに今気付いたが、決してそんなことはなく。
家はちっちゃな平屋(小学生の自分はなんかあると屋根に上がって遊んでた)だったし、池は父親が自分で穴を掘ってコンクリートで固めたものだった。更には鯉はいつの間にか全滅し、僕が小川で取ってきたドジョウや金魚すくいの金魚が住む池になっていた。たまに蛇も泳いでた。

そんな池の脇に、小振りなサルスベリがあった。
「猿でも滑って落ちる」と聞いたその幹はツルツルしていて、妙に説得力のある名前だと思っていた。たぶん僕が最初に覚えた樹木の名前だったと思う。

で、細かな経緯は忘れたけど、たぶん「本当に滑るのか」実証することになったんだろう。気が付けば僕はその幹を掴んでしがみついていた。傍らで弟が見ていた。
よいしょ。
思ったほど滑らない。しっかり掴める。なんだ、サルスベラナイじゃん、と話したのもつかの間、木自体がゆっくりと湾曲してきた。僕の体重を支えるには幹が細かったわけだ。
じわじわじわ、と曲がる幹。硬直する身体。そして僕の後ろには池。
少しずつ背中が冷たくなる。動けない。
弟が「お母さん!」と呼びに行く。
僕はじわじわと・・・池の中へ。
全身すっかり水の中に入ったところで手を離した。サルスベリは元に戻る。僕の鼻には水が入る。わあー!

その後は縁側で裸になって身体を拭いてた。 太陽が暖かくて気持ちよかった。
家族みんなに笑われた。自分も笑ってた。飼ってた犬も笑ってた気がする。だんだん妄想がまじってきたぞ。

何年も会ってない弟に会いたくなりました。







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