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対馬ぐらし② 釣り天国★対馬

対馬に移住して12年目の夏を迎えました。正直なところ、移住した時にはまさかここまで長く対馬で過ごすとは想像もしませんでした。対馬に移住した理由は前回の記事を参照していただけたらと思いますが、ここでは、対馬に居続けている理由について紹介します。

どの地域や都会でも「住めば都」だと思いますが、これからも私が対馬で暮らし続けたい明確な理由がたくさんあります。大きく分けると自然の豊かさと人の温かさです。そこに紐づいて進めているやりがいのある仕事があり、仲間がいることが大きいと思います。一言で表現すれば、「心の豊かさを感じ、毎日幸せを感じて過ごせる」ことが一番の理由だと思います。

東京にいた3年間は、楽しいこともたくさんありましたが、とにかく苦しかったです。ストレス社会・消費社会の中、仕事も誰のためにやっているかもわからず、生きている意味や意義を見失い、途方に暮れていたと思います。とにかく、そこから逃げ出したかった。一般的には、私は都会での暮らしや仕事に馴染めず、「都落ち」したということなのでしょう。逃げたい時は逃げればいいと思います。そんなに人間強い生き物ではありません。

そこから対馬に移住して人生や価値観が180度、変わりました。幸せ度MAXを持続中です。本当に対馬には感謝しかありません。都会でうまく馴染めない人は是非対馬への移住という選択肢を検討していただくことをお勧めします。

さて今回は、定住する理由のうち、自然の豊かさ・魅力、特に「釣り天国★対馬」について、私の体験をご紹介します。

マダイと私

生きた魚が触れないところからの釣り

対馬に来て始めて、まともに釣りをやろうと思いました。目の前が海で、美味しい魚がウヨウヨと泳いでいるのですから、釣りをしないわけにはいかなかったです。ところが、私は生き物が好きなあまり(?)、ぬるぬるした生き物を触るのが苦手でした。生きた魚を触るのも苦手でしたし、怖くて魚を自分の手で殺めることや捌くこともできませんでした。

最初は、堤防からMITの冨永事務局長と一緒に釣りを始めました。サビキ釣りで、釣れる時はアジや小さいメジナ等が入れ食い状態です。ブラクリという錘の先に針がついた道具に餌をつけてテトラポットの中に沈めて、カサゴ等を釣ったり。それを恐る恐る触って、針を外して、血抜きして〆る。家に帰って、時間をかけて、捌いて、頂く。アジやカサゴがまた美味しすぎて感動してました。

防波堤から入れ食いできるアジ(しかもとても美味しい)

漁師さんから絶品のハガツオ(旬は11月ころ)を頂いた際は捌くのに1時間はかかりました。しかもうまく捌けない…。今みたいにYouTubeで捌く動画がアップされていなかったので、漁師さんに捌き方を教えてもらいながら、何度も繰り返し捌きました。次第に、包丁も良いのが欲しくなり、そうすると、研ぎ石を買って自分で磨くようにも。

地元の漁師さんから頂いたハガツオ(これが一番美味しい)

生きた魚を触れるようになったのは、釣りをまともに始めてから1ヶ月くらい経ってからでしょうか。人は慣れる生き物ですね。今では、魚を触っても、殺めても、何も感じない状態です。そうならないと、生きていけないので、体や神経が適応したということだと思います。命を頂くという感謝の気持ちと畏敬の念は常に忘れずに。。。

1年くらい釣りをやってきて、釣り方が分からなかったのが、イカ釣り、エギングです。エビや魚の形をしたエギを動かしてイカを釣るのですが、これが釣れるイメージが湧かなかったです。対馬移住(MIT設立)2年目に、釣りが趣味で得意な銭本慧さんが入社して、魚の釣り方をたくさん教えていただきました。おかげで、アオリイカを釣れるようにもなりました。イカを釣れた時は感激しました。そして、イカの美味しさが半端ないのです。とても甘くて、柔くて、これまでに食べたことのないくらい美味しい対馬のイカ。焼いても美味しいし、冷凍すれば、1年間は刺身でも食べられるということで、最強の食材です。

2kgのアオリイカを釣った感動はいまも忘れません

釣りにハマりすぎていた時は、灯りのある堤防で、夕方から釣りをして、そのまま朝を迎えたことも何度かありました。それだけ夢中になれたということですね。

船舶免許を取り船外機で大海原へ

MITの初代代表理事の細井さんは海子丸の船長であり、一本釣り漁師です。細井さんには何度も海子丸で釣りや漁に乗せていただき、海釣りの楽しさを味わせていただきました。丘から釣れない大物が釣れる漁場に船で行って釣り上げるのは本当に楽しいです。島外からわざわざ対馬に来て、遊魚船をチャーターして釣りをする方も多くいますが、気持ちがわかります。天気さえよければ、漁師さんに釣りに連れて行ってもらえる。この恵まれた環境も釣り好きにはたまらない、対馬ぐらしの醍醐味です。

2017年には第一種小型船舶免許を取り、使われなくなっていた船外機を知り合いから安く譲ってもらい、大海原へ出航するようになりました。
一丁前に魚群探知機も購入して、潮の流れや風に流されても垂直に漁具を落とせるようにするためのパラシュートアンカーなどの設備も入れました。釣りにかけたお金は結構な額になりましたね。

my船で大海原へ(自由を手に入れた瞬間)

そこからはどんどん釣りスキルが上がっていき、タイラバやジギング等で、たくさんの高級魚も釣れるようになっていきました。

アジ、サバ、カサゴ、イトヨリ、メジナ、イサキ、キジハタ、マハタ、クエ、ヒラマサ、ブリ、ハガツオ、イシダイ、アオリイカ、シロマダイ等。
私が船を停めていた港は、上対馬町の大浦という地区で、そこから湾の中でも十分に楽しめる場所です。凪の日は、外海まで出ていきます。
小さい船なので、あまり遠くにはいけないですし、海の天候はすぐに変わるので、恐る恐る大海原へ出ていきました。

ヒラマサ
キジハタ(アコウ)
クエ
イシダイ
アオリイカ
幻のシロアマダイ

「半漁半MIT」の働き方を目指す

釣った魚は、しっかりと血抜き・鮮度処理をして、地元のスーパータケスエさんの漁師の鮮魚コーナーに出店するまでになりました。自分で値段をつけて、値札を貼り、2日間販売します。売れ残ったものは、回収して、自分で食べたり、知人や隣人にお裾分けしたり。

当然漁獲量は少ないですし、ガソリンも使うし、漁具の購入や船のメンテナンスなどで、支出も多いため、決して黒字になるわけではありませんが、自分で釣った魚を食べたり、売ったりする営みには夢中になりました。地産地消にも貢献していると思えました。地元の方も、私の魚を心待ちにしてくださる方も現れるという状況に。

鮮度処理もバッチリで出荷
地元スーパーに出荷

一時期は、塩見直紀氏さんが提唱する「半農半X」に倣って、「半漁半MIT」を掲げて、凪の日は船を出して漁をして、シケの日は事務作業や通常のMITの仕事をする働き方をやってみました。それができたのは、半年くらいで、次第にMITの仕事が忙しくなり、釣りに行ける機会が減っていきました。またそのような働き方ができるように、これからの自分の働き方を見直したいくらいです。

漁師になった気分です

釣って、捌いて、おもてなし

釣りができるようになり、魚も捌けるようになったことで、お客様をおもてなしするスキルもつきました。MITで受託した域学連携事業の中でも、学生さんが長期滞在する際は、釣った魚を捌いて食卓で出したり、一緒に船で釣りに行ったりしました。専門家として対馬に招聘した方々も乗せて接待釣りを何度したことか。皆さん大変喜んでくださり、リピートする方もいらっしゃいます。対馬に来ていただけることは、本当にありがたいことです。視察の受け入れや研修会を主催した時には、釣った魚を捌いて、提供することもありました。民泊を経営できるのではないかと思えるくらい、スキルも付いてきたので、将来は民泊も開業したいと思います。

研修会での差し入れ(ヒラスの刺し盛り)
ハガツオ
炙り〆サバ

そんな対馬の豊かな漁場の危機

私を魅了してやまない対馬の豊かな海。

ところが、対馬の海に異変が起こっています。基幹産業が水産業の対馬において、昔に比べて、漁獲量が大幅に減っています。高齢化に伴い、漁師も少なくなっていますし、漁業で生計を立てることが難しいために辞めていく漁師もいます。さらに追い討ちをかけるように、対馬全島で磯焼けが起こり、藻場がなくなっています。対馬の人々は、昔から、藻場で海藻類(ヒジキやカジメ等)や魚介類を採集して、現金収入を得てきましたが、今はほとんど何も取れない状況です。アワビは、ツシマヤマネコを見るよりも難しくなったと、潜り漁をされている漁師さんがおっしゃっています。

対馬近海で魚を獲り過ぎていることや、気候変動により海洋環境が変わり、魚群の海遊ルートや漁場などが変わってしまったこと等、理由は複合的であり、特定することは難しい状況ですが、魚介類が獲れないというのは、対馬にとっては本当に死活問題です。

磯焼けについては、南方系の植食性魚類(イスズミやアイゴ等)が海水温上昇に伴って北上し、冬場も温かい海の中で活発に海藻類を食べることで、藻場がなくなることが原因の一つと言われています。実際に、防護柵で食害に合わないところでは海藻が生えてきます。魚礁を作ったり、防護柵を湾内に設置したり、漁村ごとに対策を進めていますが、回復の兆しは見えてきていません。

対馬市では、地元の漁師さんに補助金を出して、食害魚を捕獲して、磯焼け対策を進めています。定置網に魚群で入網する時期があることもわかってきました。そういった食害魚(美味しくないので捨てられてきた魚)を、美味しく食べて資源として利用するというプロジェクトが2019年から立ち上がりました。こちらについては、また別のnoteの記事でご紹介します。

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