【短編小説】Vtuberとガチ恋リスナーが姉妹になったら
私、河井杏美は今世紀最大の危機に直面していた。先ほどから手足のしびれと冷や汗が止まらない。
元凶は曇りない澄み切った瞳をこちらに向けて、投げかけた質問に私が答えるのを今か今かと待っている。
それは私からしたら、笑顔で腹に包丁を突き立てられるのと同じだった。
――杏美さん、御使杏子って知ってますよね。
それが数分前に彼女、長瀬つむぎちゃんが私にした問いだ。
うん、知ってるよ。そりゃあもう、誰よりも知ってる。だってそれは――私が使っているバーチャルアバターの名前だから。
御使杏子。堕落して下界に落とされた元天使。婚活と間違えてVtuber事務所に応募し採用されてしまったので、婚活片手間に配信活動をしている……という設定だ。ちなみに登録者数は先月五十万人を達成し、今年で活動三周年になる。
つまり何が言いたいかというと、身バレだ。それだけでも由々しき事態なのに、問題はそれだけじゃない。
つむぎちゃんは私の義妹なのだ。父が三年前に結婚した相手の連れ子。
これがまだ『しってますか?』という質問だったら、義理の姉と趣味を共有したくて質問してきた可愛い妹なんだけど、残念ながら『知ってますよね』と断定形。確実にバレている。
さて、ここまでのことを踏まえてどう答えるべきか。やっぱり一回シラを切ってみようか。
「ええっと、ちょっと知らないかなぁ?」
「わかりました質問を変えます。杏美さんは杏子さんですよね」
「ち、違うよぉ?」
「声が一緒です。それに、今の語尾の独特な伸ばし方も」
「……」
おっと、これは想定外だ。どうやらつむぎちゃんは私の事に詳しいらしい。ほぼ確で『ワルちゃん』(ファンネーム。ワルキューレから適当に取った)だろう。
というより語尾の伸ばし方とかそんなすぐわかるモン? そりゃまあ、たまにというか割りとよく『喋り方特徴的でわかりやすいですね』って言われるけども。なんなら同業者の方にも『杏子さんは特徴的すぎてマネできない』とか言われるけども。そんなにかぁ?
そう首を傾げていると、つむぎちゃんが「安心してください」と言った。
「わたしは杏美さんを脅すつもりはありません」
「ほ、ほんとぉ……?」
「はい。わたしはただ純粋に杏美さん――御使杏子さんを推してるだけなんです。トークや他のライバーさんとの絡みが面白くて、新人ライバーに対する配慮とか優しい面もあって、全部が好きなんです」
「お、おうふ」
面と向かって好きだと言われるとついキョドってしまう。オタクの悲しい性だった。
「そういう反応も可愛くて好きです」
もうなんなのこの子! さっきから好きとか可愛いとか、もぅっ!
つむぎちゃんの猛攻撃に、慣れていない私は悶えることしかできなかった。
「なので杏美さん、結婚しましょう」
――しかし次に出たつむぎちゃんの言葉に私の高揚は収まった。
「えっと、結婚?」
なにを言ってるんだろう。
理解が追いつかずに固まっていると、つむぎちゃんはポケットからスマホを取り出してなにやら操作をする。
そしてすぐに聞き慣れたBGMが聞こえてくる。私が雑談配信の時に使っているものだ。
それもすぐに途切れて、つむぎちゃんは真剣な面持ちをして白く細い指で画面をスワイプしている。
「あった。これです」
探していたものを見つけたらしく、つむぎちゃんはスマホの画面をこちらに向けてくる。
そこには私、もとい杏子の配信画面が映っていた。それも先月のジューンブライドボイスの宣伝をしていた場面。
リスナーからのおめでとうコメに対して私が『なんで他人事なんだ? お前たちが私と結婚するんだぞ?』キレていた。(もちろんキレ芸だけど)
まあ、一応婚活堕天使って設定だし。その設定を守ってリスナーとプロレスしてたんだけども。
えっと、つまり……?
「私は杏子さんが好きです。なので結婚しましょう?」
「……えっと、その…………」
どうやらつむぎちゃんは、ファンを越えてガチ恋リスナーのようだった。
本当にどうしよう……。