【短編小説】卒業旅行とナンパ

 3年間の高校生活を終えて3月の中旬。俺――曲渕くまぶち拓夢たくむは友人たちと共に2泊3日の卒業旅行に来ていた。といっても場所は県内のちょっとした観光地だけど。

 そして2日目の今日――俺は一人でナンパに挑んでいた。

 言っておくけど俺は普段からナンパをするタイプじゃない。なんなら高校3年間で日常的に女子と話してすらいない、異性とはあまり縁がない男子高校生だった。

 ならどうして旅行に来てまでナンパしているのか。それはひとえに俺が弱かったからだ。

 さかのぼって昨晩のこと。俺たちは寝る前にトランプで遊んでいた。ポーカーやババ抜き、七並べ……三人という人数こそ微妙だったがどれも楽しかった。

 そして日付が変わってそろそろ寝ようというところで、一人が最後のゲームに罰ゲームを設けようと提案した。半ば深夜テンションになっていた俺たちは満場一致で賛成。そしてビリになった俺が罰ゲームでナンパをするハメになったのだ。

 まあ今日限りのことだし、成功するはずもないのでわざわざ断る理由がなかった。それはそれとして女子に話しかけるのは緊張するんだけど。

 友人たちの視線を感じながら道沿いを歩くこと10分、20分、30分。

 うーん………………………………………………ナンパってムズくね?

 俺は、誰にも声をかけられずにいた。

 わかってはいたことだけど、観光地なだけあって一人で歩いている人がまずいない。すれ違う人たちは全員連れがいる。奇跡的に見つけたとしても、店前に出て呼び込みしている店員だった。

 さすがに1時間も成果がなければ友人たちも止めてくれると思うけど、なんというか盛り上がりに欠ける。

 こうなれば大爆死覚悟で声をかけるか。ビンタくらいなら許容しよう。

 腹をくくった俺は、ふとお土産屋に一人でいる女の子を見つけた。年齢はぱっと見俺と変わらないくらいで、腰に届きそうなくらい長い黒髪が特徴的だ。

 好機。彼氏が離籍中だとしても知ったものか。盛大に振られてやろう。

 バクバクと高鳴る鼓動を感じながら、俺はゆっくりと女の子に近づく。他の人と間違われないよう、彼女の視界に入るように位置取りして、

「おっ、お姉さん今ヒマー?」

 声が上擦った。

 くっ、こんなのナンパ素人なの丸出しじゃないか……。

 湧き上がる羞恥心を噛み殺しながら、俺は笑顔を維持する。

 女の子は幼さと大人っぽさが混在する整った顔に困惑の表情を浮かべて、俺の顔をじっと見つめてくる。

 な、なにか反応をしてくれぇ……っ!

 笑顔を張り付けたまま内心で俺は叫ぶ。

 ビンタでも許容するつもりで声をかけたが、反応がないのが一番心にくる。

 はやく、はやくこの地獄を終わらせてくれ……頼む……。

 そう切実に願っていると、女の子はポンと手を叩いた。

「ああ、これがナンパっていうやつね」

 うっそだろおい。第一声それ?

「ここ観光地だけど、普通ナンパって街中でやらない? どうして?」

「え、いや……」

 予想外のリアクションに困惑していると、女の子は好奇心を瞳に灯して質問をしてきた。

 なんだこの状況。

「あー、もしかしてワンナイ目的とか? でもこの辺りってラ◯ホなさそうだよね。旅館とか連れ込み禁止だと思うし……もしかしてそういう趣味?」

 返答に悩んでいると女の子はひとり早口で考察をしては心外な結論に至っていた。

 くっ、一人でチャンスだと思ったけどコミュニケーションにクセがあるタイプの人間だったか……。

 清楚な雰囲気に反する発言に俺は頭を抱えたくなった。

「いやいや、そういうんじゃないって。ただお茶くらいどうかなって」

「そう? まあけど私お母さんを待ってるところだから、付き合えないの。ごめんね」

 なぜ謝る。というか母親がいるのか……めんどくさそうだし、早く去ろう。

「そっか、じゃあ俺はこの辺で」

 俺は足早にお土産屋を後にして友人たちの隠れる場所へ向かう。

「おつー。なんか割りと長くいたけど成功したの?」

「んや、失敗」

「へー。ちなみにどんな人だった?」

「見た目は清楚ポカったけど、ちょっとクセが強かった」

「なるほどなあ。まあ罰ゲームお疲れ」

「お疲れー」

「いや、ほんと疲れたよ……」

 まあ、もう会うことはないだろうし面白い経験ができたと思えばいいだろう。

 そう納得した俺は、友人二人と適当に散策を始めるのであった。

 


 そして、旅行から帰宅してしばらくのことだった。

「父さん、再婚しようと思うんだ」

「まあ、好きにすれば?」

 なんてやり取りがあった翌日の日曜日、昼すぎ。父さんの再婚相手は遅れることなくやって来た――娘を連れて。

 その姿を見た瞬間、俺は固まった。

 う、嘘だろ……どうしてここに……。

 父さんの説明が聞こえなくなるくらい、俺の頭は混乱した。

「――それで、そちらの子は美咲みさきちゃん。今年高校3年生で、お前の妹になる子だ」

 幼さと大人っぽさが混在した整った容姿の、清楚な雰囲気をまとう女の子は心底愉快そうにニヤリと笑う。

「今日からよろしくお願いしますね、拓夢さん」


 旅行先でナンパした女の子が妹になるなんて、誰が想像できるだろうか。

 

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