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ツールを「使える人」と「活用する人」

ポジション柄、人のレポートをよく見る機会が多くある。
いろんなレポートを見ていると、グラフを使ってトンマナがあって綺麗に一見わかりやすいように見えるが、見たままのメッセージだったり、何を伝えたいのかわからない、ということがたまにある。一方で「なるほど」と、気付きがあるレポートも。
この違いはなんなのか。


便利の罠

トラフィック解析ツールがわかりやすい例だが、最近のツールは、複雑な操作をせずともいろんな切り口で集計ができるようになっている。
お陰で作業時間が短縮し仕事が捗るのは良いことなのだが、その切り口に依存してしまい、本来見るべきものが省略されやすくなっているのではないか。まるでカーナビが便利すぎて使うあまり、道を覚えなくなるかのように・・・
確かにいろんな側面で見えるようになっていて便利ではあるのだが、その分、わかった気になりやすい。それだけでは気付きは出にくいし、本来何を知りかったのか脇に置いてしまいやすくなるのではないだろうか。

分析の始め方の違い

分析の手順が以下の流れだとする。
1.分析の目的・仮説設定
2.関連する指標の事象を確認
3.傾向確認
4.仮説
5.方針設定
仮に、目的設定がなかったり曖昧だったりすると、確認する指標にズレがあったり、見なくても良い指標を見たり、見るべき傾向の視点が少し違っていたり、仮説が出せなかったりするのではないか。
ツールを使うと、分析目的の設定が疎かになりやすく、事象の確認から始まりがちになるのではないだろうか。まるでプレゼン資料を作るときに、パワーポイントを開くことから始めてしまうのに近い感覚。
まずは何のために集計をするのかを考えることが大事だと感じる。

方程式を見つける

ツールを使うのは良くないという訳ではなく、目的化させず、まずは何を導くのか考えてから、その分析を効率化するためにツールを使うというのが大事なのでは。
最近、自身でも自社サービスの販売数を伸ばすために日々分析を行うが、販路、販路のイベント、価格、キャンペーンのありなし、季節性、ニュースなどなど、様々な要因がある中で、どの変数がどのように寄与しているのかということは、なかなか導けないものだと感じる。
変数を見つけることで、自分の読みの確率が当たってくると、施策の成功率も上がる訳で、このために分析をしているのだなと感じる。そのために、いろんな切り口で見ていく。結果、何もなかったというのは、目的があるので中身がない訳ではなく意味があるものだと感じる。これは一つの例。

どう使うかは人にしかできない

最後にタイトルの話に戻るが、ツールはその存在目的から誰でも簡単に使える。大事なのはどう使うかで、使う前に考えて、どこに可能性があるか見当をつけてみるだけで内容はより濃いものになるのではないか。
そこには試行錯誤が必要で、今は、それは人にしかできないように感じる。
最近のAIツールは、寄与分析を簡単にできるものもあるが、全ての情報を説明変数として保持するのはなかなか難しいし、突発的なイベントなど絶対にデータ化できないものもあるので、そのあたりの匙加減も人の経験が必要なのではないか。そしてそこに介在する人の価値があるのではと思う。

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