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真剣にセフレを探し始めた話

真剣にセフレを探し始めた。

きっかけは、3年ぶりのキスだった。

リアル(SNS上でしかつながりのない人と会うこと。特に、出会い系アプリを通じて知り合った人と会うこと。)をした。リアルをするのは、およそ3年ぶり2回目。自分にとっては縁遠い行為だった。

食事をし、カラオケに行き、キスをした。とても心地良く、深く満たされた。

キスは、いろんなことを教えてくれる。相手からのキスは、言語化するにはもったいないくらいの、愛情と欲情に満ちていた。僕は素直にそれを受け入れるくらいには、大人になっていた。

思えば、この数年、誰かの肌に触れることは全くなかった。それは、コロナ禍の前からだ。触れたいと思うことも、触れられないもどかしさもないまま、ただ、自分の境界を確かめないまま生きていた。

そのキスを振り返って、キスってなんて素晴らしいんだろう。ハグってなんて心地良いんだろう。そう思った。

欲情がなかったわけではない。しかし、それ以上に、深く満たされるものがあった。それは欲情以上のものだった。愛は永遠である必要はない。その一瞬に生じた愛によって、人は十分に満たされるのだ。

僕は人付き合いに疲れてしまうことが多い。特に、継続的なつながりを維持すること、または関係を発展させることに、疲れてしまう。それは、好意を持っている相手であってもだ。なまじっか、好意があるからこそ疲れてしまうことがある。

だから、恋愛というものには消極的だった。とにかく、面倒である。デメリットや負担の方が圧倒的に大きすぎる。恋愛にかけるコストを、読書や勉強や映画鑑賞に費やしたい。そんなことに体力を奪われたくない。少なくとも、恋愛によって活き活きできる人間ではない。

でも、あのキスを振り返っているうちに思った。純粋にぬくもりを交換することであれば、コストに見合ったメリットがあるのではないか。

趣味とか、肩書きとか、年齢とか、思想とか、癖とか、そんなものを不問にする関係。 

恋愛という目的もあやふやなものではなく、明確な目的を満たす為の関係。一つの目的に向けて互いが進むことができる関係。

僕がほしいのは、ぬくもりだけだ。それ以外のものを得るために、いろんなものを犠牲にしたり、自分の心身に負担をかけたりすることがない関係。

だから、セフレを作ることにした。

もちろん、互いの関係についての考え方や、セックスに対する考え、セックスに求めるもの、セックスの相性は大事である。性感染症のリスクも避けたい。だから、ちゃんとしたセフレを持ちたいと思った。

これまでは重視してこなかったけれど、ぬくもりって、けっこう自分にとって必要なものではないかと考え直した。ぬくもりを得ることに集中した関係を築ける人を探したいと思った。

ひとまず、募集し始めたところだけれども、思っていたより前向きに動けている気がする。恋愛相手を探すような苦痛がない。シンプルに、純粋に、目的のために行動できることは大きい。葛藤は、人を疲弊させる。

恋愛だとか友情だとかに精を出せる人や、生きることに余裕のある人は、葛藤を糧に成長する道もある。今の僕には、そんな余裕はない。

今日は性感染症の検査に行ってくる。心当たりは、全くない。あろうはずがない。でも、真剣にセフレを探す第一歩は、検査だろう。そこに何のためらいもない自分がいる。そのことが、この道の正しさを教えてくれている。

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吉村ジョナサン(作家)
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