誤解されるオペラント条件付け
オペラント条件づけ(operant conditioning)とは、報酬や嫌悪刺激(罰)に適応して、自発的に対象となる行動を行うようにまたは止めるように、学習するようになるという、行動主義心理学の基本的な理論です。
刺激が加えられるか、刺激を減らすか。それによって行動が増えるか減るかに分けられます。
刺激が減る 行動が減る 負の弱化
刺激が減る 行動が増える 負の強化
刺激が増る 行動が減る 正の弱化
刺激が増る 行動が増える 正の強化
この時の「正」「負」は増減を意味し、善悪や強弱と言った意味は全くありません。これを踏まえて次のクイズの答えを考えてみましょう。答えは4択で上記の4種類から選んでください。
ご褒美を使って望ましい行動を増やしていくのを「正の強化」といいます。では嫌悪刺激を使って望ましくない行動をなくす方法は何でしょう。
嫌悪刺激を使う、つまりこれは刺激が増えるで「正」
それで行動が減るので「弱化」
答えは「正の弱化」になります。
実際354人の返答のうち正解したのは22%、78人にとどまりました。
下記はTwitterで行ったクイズの結果です。
このクイズが興味深いのは、354人もの人がクイズに参加したこと。オペラント条件付けを何らなの形で知っている人、または興味を持っている人が多くいる事が見受けられます。
しかしオペラント条件付けを正しく理解している人はかなり少ない。怖いのは理解されていないということより、誤解がされていることが多い事。現状はその誤解が大手を振って拡散され、嫌悪刺激を平気で使ったり、強化子を提示しないトレーニングに疑問を抱けないトレーナーや動物愛護団体、飼い主が動物の教育に関わっていることです。
強化子の誤解
行動が起こる仕組みを理解していなければならないドッグトレーナーでさえ、オペラント条件付けに基づいたトレーニングを「おやつで釣るトレーニング」とか「おやつを使った(ばら撒く)トレーニング」と表現してしまっているのを頻繁に目にします。そして、おやつを使わずに、褒めましょうとか叱りましょうと言っているのは、強化子とは何かをまったく理解できていないことがわかります。
強化子には、直接的なもの(一次強化刺激)と間接的なもの(二次強化刺激)があります。一次強化刺激とは生まれつき強化子となるもの、食べ物、飲み物、感覚刺激がそれに当たります。二次的強化刺激は一次性強化刺激と繰り返し対提示される経験を繰り返したことで、一次性強化刺激と同様の力を獲得した刺激のことです。
誤解を生む表現例
▶︎トレーニングの最高のご褒美は食べ物ではなく、飼い主の喜びです
▶︎おやつをあげる必要はありません、しっかり褒めましょう
「飼い主が喜ぶ」「褒める」という現象に意味が加わるのは、それが犬にとって望んでいるものを提示されるサインであるときだけです。飼い主が喜ぶだけで終わっては何の意味もない。
これはクリッカーの仕組みと同じ。
クリッカー音自体には何の意味もありません。ただの音。それが動物に対して重要な意味を持ってくるのは、この音に付随して100%動物が望んでいるものが提示されるからです。つまり、クリッカーや飼い主の誉め言葉は二次強化子であり、この後必ず一次強化子が出ないと効果はなくなるのです。
設定対象の誤認
刺激を加える(正)にしろ刺激を減らす(負)にしろ、対象が必要となります。
⑴負の弱化 望ましくない行動→ 負→ 望ましくない行動が減る
X 負の強化 望ましくない行動→ 負→ 望ましくない行動が増える
⑵正の弱化 望ましくない行動→ 正→ 望ましくない行動が減る
X 正の強化 望ましくない行動→ 正→ 望ましくない行動が増える
X 負の弱化 望ましい行動→ 負→ 望ましい行動が減る
⑶負の強化 望ましい行動→ 負→ 望ましい行動が増える
X 正の弱化 望ましい行動→ 正→ 望ましい行動が減る
⑷正の強化 望ましい行動→ 正→ 望ましい行動増える
減らしたいと思っている行動(問題行動)が増えることは目的にそぐわないので除外します。
増やしたいと思っている行動(望ましい行動)が減少することも誰も望んでいないでしょうから除外です。
これで4タイプのソリューション方程式が浮かびあがります。具体的にどんなトレーニングがこの4タイプにあたるのかは割愛させていただきます。
ここで一つ鍵となるのは、何のためにトレーニングをするのかです。トレーニングは動物に行動を教え選択肢を増やすことによって生活の向上を目指すものです。つまり行動を減らすためのトレーニングは存在しないし、もし行動が減ったならその代わりのなる別の行動が増えていなくてはなりません。つまり、減らしたいと思っている行動(問題行動)にトレーニングの焦点を置く初期設定はありがちな過ちです。
先行事象設定の欠落
何らかの行動がとられるには、その行動を起こす原因となるもの「先行事象」があります。つまり先行事象が正しく設定されていると、それに付随して望ましい行動がでてくるのです。その先行事象を検証する事なく、行動のみに焦点をてて修正を加えようとすると、行動を否定するしか方法がなくなるのです。ここでも問題行動に焦点を置くのではなく、その行動を起こさせている先行事象(環境設定)をまず見直す必要があるのです。
理論を理解していれば明白なはずが、なぜこれほどに誤解されてしまうのでしょう。基本はとてもシンプル、しかし実践はとても複雑であるというケン・ラミレスの言葉が蘇ります。困難に直面した時、それを細部にまでわたって丁寧に分析し評価し、そして基本に基づいた新たなソルーションを打ち立てる技力をプロのトレーナーには求めたいです。