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人生の転換点:マイ・ストーリー②

フルーツと関わる仕事をし始めてから、気づけば早12年。でも、実は昔からフルーツが大好き!!という私ではありませんでした。

幼少期から家でも多少なりともフルーツとの接点はあったものの、お菓子の方が好きだし、農業の世界ともかけ離れた都会の暮らしを20年以上続けてきたごくごく平凡な人間でした。

それが今、岡山の田舎に子育て移住をして、農起業をするということにまで至った奇跡。その直接的な大きなきっかけは、前職で務めた和歌山・観音山フルーツガーデンとの出逢いでした。


2011 今こそ農業

今でも6代続く柑橘農家であり、ここ数年で農家から新たにフルーツパーラーのフランチャイズ展開も行うという、農業界のエース的存在になりつつある農業生産法人。

もう10年ほども前の出逢った当時、農業が衰退する中、『今こそ!農業こそ面白い!!』『今だからこそ、チャンスなんだ!!』と言って、その魅力を、もぎたてフルーツの本当の美味しいを教えてくれたのが、私の大きな転機となっています。あのいちじく畑で、初めて自分で採って食べた柔らかい完熟&新鮮いちじくの宝石のような輝きととろけるような味わいは、今でも鮮明に覚えています。

その感動があったから、熱い想いがあったから、大阪という大都会を離れ、新天地・自然豊かな和歌山の地へ移住をし、観音山フルーツガーデンの一員となる挑戦をし、加工主任としてフルーツ加工品の開発・製造を担わせて頂きました。

お客様から喜びの声が届き、雑誌やTVからも取材を受けるという充実した時間を過ごした日々でしたが、妊娠発覚を機に、岡山へ移住する決断をしたのが次なる転機。


風景

和歌山から、主人の故郷である岡山へ。しかも、それまでよりも更に田舎という環境。初めての場所に、初めての子育て、何もかも初めてでも、その時は不安や焦りもなかったと言えばうそになるかと思いますが、それよりも楽しみの方が大きかった。自分たちで立ち上げる、何かを創り出す、未知の世界への冒険のように、ワクワクしていたと思います。

そうして暮らして8年間。充実はしていた、いろんな出逢いもあり、実績も少しずつ積み重ねてきた…でも、至ってしまったマンネリ化とこれからの方向性への問い。

そんな昨年2020年、突如として起こったコロナウイルスの蔓延。多くの方の生活が変わった瞬間。もれなく私も巻き込まれ、自問自答しては答えのない渦の中、とりあえず目の前のことに取り組むことで、不安をかき消そうとしていたと思います。

それでは、本当の解決策にはならない、自分自身が満たされないと、どこかで感じつつ、動いているようで、でも根本の解決にはならない動きをずっと繰り返していたのに、ようやく心の底から気が付きました。

2021年春の出会いをきっかけに、改めて自分がすべきことを見つめ、ゲームチェンジをし、動き出したいと思いました。

そうして、自分の中で決めたこと。それが《フルーツスタイルコンサルタント》として、活動をすること。次回マイストーリー③で、今後のビジョンを描かせていただきます。

続く。。。

マイストーリー③ https://note.com/yoshimiota/n/n984cf86ca7ae


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