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展示記録「ホワイトアウト」

連作「ホワイトアウト」は東北大学学友会美術部有志による「季節の展覧会〈冬〉」(2024)に展示されました。会期の終了に伴い、作品の記録をここに残すことにしました。

展示のようす

ほろび

さいごに顔をよくみせて。
ぎこちなく微笑むあなたは、
それでもこの世の何より愛おしい。

あなたの無垢が、
無垢のままで凍てつくこと
それがこんなにも嬉しい。

きっと俺はひどいやつなんだろう。


この期に及んでも、
あなたはわたしになにも告げてくれない。
ぜんぶわたしから見えないように、
自分の背中に隠して
いたずらっぽく笑っている。

あなたがわたしから、
世界の残酷さを隔ててしまうこと
それがどうしようもなく悲しい。

あなたはさいごまでひどい人だ。

ゆるし

可能性にすがるのは
生命の冒涜でしょうか
ちっぽけな生命に
尊厳ある死を与えるのは
傲慢なのでしょうか
凍てつくようなこの土地の寒さを
あなたと分かち合うことは
罪なのでしょうか
わたしにはわかりません
わかりたくもありません
ただ わたしたちに用意されたこの結末は
つまるところわたしたちへの罰なのだと
どうしてもわたしは認めたくなかった


めがさめたら そばにあなたはいなくて
吹き込む風がいたいから
いまは冬だとさとりました
すべてが白く晒されて世界は
とても とてもきれいで
この景色を見せてくれたあなたに
ありがとうと伝えたいのに
もうそんな時間は
わたしにも あなたにも
残されていないようでした
口を開けばねばつく鉄の味
どこかで都市の灼けるにおい
目頭も 頬も 指の先も
皮膚を内側から刺すように痛くて
この痛みはわたしのもの
わたしは このうえなく幸福でした

いのり

すべてに安らかな眠りが訪れますように。
何物にも侵されず安寧でありますように。
救いようもなく愚かで、
おわりまで醜い世界だったけれど、
そう言い捨てておしまいにするのは、
あまりにも残酷だ。
ここはもうなにもきこえない。

周辺テクスト

 でも、最近は落ち着いているみたいで安心した。こんなことを言うからって、わたしがこれからあなたを気に掛けなくなるみたいに思わないでね。あなたが大丈夫でも大丈夫じゃなくても、わたしは変わらずあなたのことを想っています。いつでも連絡してね。

 あなたは言葉の意味をいつも丁寧に、正確に(こういう表現をあなたは嫌うでしょうけど)読み取るのに、自分にかけられた言葉だけは文脈を無視して、ものすごく悪い方に解釈してしまうから。これくらい丁寧に言ってあげないと、きっと安心してくれないでしょう。

 これから寒さもますます厳しくなるけど、身体には気をつけてね。健康な精神は健康な肉体からってよくいうけど、あれほんとよ。きちんと温かくしてご飯も食べること。寒いからって部屋のなかでじっとしていないこと。籠ってばかりいると考えも暗くなっちゃうんだから。とくに今年の冬はすごく厳しいらしいよ。ラジオもテレビも、なるべく外には出ないようにってしきりに言ってる。遭難するひとが出ると困るからって、外に出る時にはいちいち申請をしないといけないのよ。いくら山が多い地形だからって、そこまですることないよね。食べ物とかは役所の人が届けてくれるから、買い物に行けなくても不便じゃないし、だいいち外に出てもなんにもすることないから、別にいいんだけど。

 という感じで、こっちはちょっといつもと違う状況になっちゃってるけど、あなたが戻ってくるときにはたくさんご飯も作って変わらずお出迎えするから。また会えるのを楽しみにしてる。くれぐれも無理はしないでね。

 この間はすみませんでした。せっかくの機会を僕の癇癪で台無しにしてしまって。

 このような謝罪に意味はないのでしょう。あなたは僕との時間が減ったことをとくだん残念にも感じていないのでしょうから。

 あなたはよく愛情という語を引き合いに出しますが、どんな熱っぽい台詞を口に出したところで、献身的な行動をとったところで、それは僕に対するあなたの愛情の証明になりません。そこにあるのは僕が愛情と呼ぶものなのか、そもそも僕にとっての愛情が何なのかも皆目検討もつきません。誰にしたって一緒です。

 だからどうせ信じても無駄だと思いました。そして実際その通りでした。あなたのお陰で、自分は死ぬまで孤独だという確信が深まるばかりです。それによって僕が平常感じる苦痛も日に日に増しています。あなたのせいで僕の人生はますます苦痛に満ちてゆきます。

 善人を僭称したいという即時的な下卑た欲を満たす道具として、僕という男はさぞかし便利でしょう。持てる者の気まぐれで茶談の席に無理矢理引っ張り出されては、すぐに用済みと打ち捨てられるこちらの身にもなってください。あなたは僕のことを気に掛けているようなことを言いながら、実際僕のことなんかちっとも見てはいません。あなたはただの一度でも、ご自分の発心から僕に手紙を寄越した試しがありましたでしょうか。

 あなたは失格なのです。あなたは世間一般からみればなるほどひとかどの立派な人物なのかもしれませんが、僕にとっては少しの価値もありません。あなたは僕の期待するやりかたで僕を愛すことができないからです。僕にとってはその一点が全てで、それ以外にはなんの価値もありません。

 精神的な苦痛を減ずるためにあなたを冷酷な人物に仕立て上げる僕をどうぞ嫌悪してください。あなたは僕がなにをしても困ったような顔をするばかりですが、それは実のところ何よりも残酷な振舞です。僕に言わせればあなたはわざわざ仕立て上げるまでもなく、冷酷で欠片の思いやりもない人物です。

 撃てど擲れど響かない現状に僕は心の底から疲弊しました。いまはただ、どのような形にでも現状を滅茶苦茶に破壊する崩壊が起こればよいと願うばかりです。

 出迎えも食事の用意も必要ありません。離れで起居しますから、寝床だけ整えておいてください。19日の昼頃に帰ります。

作品キャプション

 展示会場にて作品と併せて公開した文章を以下に掲載します。

 冬の時代。核の冬。「冬」という言葉はしばしば、衰亡の局面を形容する際に用いられます。わたしは子供の頃から、こうした表現に引っ掛かりを憶えていました。何かが滅失するのは恐ろしいことのはずなのに、「冬」という語で象られた滅びからは、恐ろしさを感じることができなかったからです。

 代わりに感じるのは、第一にやさしさです。次に、静謐でおごそかな印象です。これらの印象は、雪に身体がうずもれた時に感じる重みにも似ています。あらゆるものを包み、押し黙らせてしまう冬の重みです。

 冗長な前置きになりましたが、わたしにとって冬は、すべてを白く清算し、寝かしつけるようなやさしい滅びをもたらすものです。これは幼少期から長らく温めてきた、冬に関するわたしの印象です。

 冬の滅びに思いを馳せていた子どもは、長じて厭世的な人間になりました。そして夢想に飽きたらず、冬の滅びを待ち望むようになりました。わたしは死ぬのが心の底から恐ろしいです。しかし、生きながらえて苦しむことも怖いのです。このような人間の目に、冬のもたらす滅びは救済のようにうつります。わたしにとって冬のほろびは、ゆるしであり、同時にいのりでもあります。

 この作品は、長らく作者の胸中にあった冬の滅びを絵で表現する試みのもとに制作されました。それぞれの絵には、滅びに際して誰かが過ごしたかもしれない一幕が映し出されています。

 また言うまでもなく、作品が作品たりえるには鑑賞者が必要です。滅びのあとに、その景色を観る何者かが存在するとすれば、それは再開した後の世界に生きる誰かでしょうか。鑑賞を通じて、そんな誰かの気分を味わうことができるかもしれません。

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