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【Overseas】国際刑事裁判所 vs ネタニヤフ 第一部 ワシントン・ポスト紙の手口

2024年11月21日、国際刑事裁判所は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアヴ・ガラント元国防相、及びハマス の軍事部門、アル・カッサム旅団の総司令官であるモハメド・ディアブ・イブラヒム・アル=マスリ(通称デイフ)の三人に関して逮捕状が発行されたことを発表した。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ICCの逮捕状は「馬鹿げた虚偽(absurd and false)」であり「嫌悪感をもって拒否する(rejects with disgust)」と述べ、さらに「イスラエルがガザで行っている戦争ほど公正なものはない」と述べ、ガラント元国防相は、それを「危険な前例(dangerous precedent)」と呼び、バイデン大統領は、「言語道断(Outrageous)」と表明した。

アメリカの同盟国である日本のSNSでも、このような反応を探せば見つかるかもしれないが、見た覚えがない。逆に歓迎する反応は多く見たし、むしろ過剰な期待があるように見える。

このトピックは、縦・横・斜めに広がり、長くなるので、三部に分けることにする。第一部では、欧米メディアでの報道をワシントン・ポスト紙を例にとって、解釈する。ワシントン・ポスト紙に特別な思い入れも恨みもないが、典型例としてとりあげる。

第二部では、5月20日のプレス・リリースで明らかにされた国際司法裁判所による逮捕状の請求から、実際に逮捕状が発行されるまでの半年間に何があったのかを辿る。

第三部では、94歳のホロコースト生存者であり、イスラエルの外交官から学者に転身し、国際刑事裁判所の創設にも関わった一人の法学者の言葉から、いったい今何が起きているのかを考察する。まとめると以下のようになる。

 第一部 ワシントン・ポスト紙の手口
 第二部 逮捕状の請求から発行まで
 第二部 ホロコーストを生き延びた法学者の助言


第一部 ワシントン・ポスト紙の手口


1-1. 不当感の植え付け

2024年11月24日のワシントン・ポスト紙に以下のような見出しの記事が載った。

オピニオン:国際刑事裁判所はイスラエルの責任を問う場ではない
ICCは、ロシア、スーダン、ミャンマーにおける戦争犯罪を解決するために必要だ。イスラエルを標的にすることは、それを困難にする。

国際刑事裁判所はイスラエルの責任を問う場ではない」という見出しだけで、この記事の方向がもう分かるだろう。さらに念を押して、その下に「ICCは、ロシア、スーダン、ミャンマーにおける戦争犯罪を解決するために必要だ。イスラエルを標的にすることは、それを困難にする。」という小見出しを付けている。

10月31日、イスラエルのミッツペ・ラモン近郊の陸軍基地にて、ベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアヴ・ギャラント国防相。(アミール・コーエン/ロイター)


これがワシントン・ポスト紙の編集委員会(Editorial Board)の意見として掲載されている。そして、彼らの意見は、明確に、国際刑事裁判所(以下ICCと書く)の決定に否定的であるということだ。

個々の新聞社が意見を表明することは偏向報道とは異なる。むしろ、意見が公に表明されていることによって、その社の報道にその意見寄りのフレーバー/偏向があると読者が想定することが出来るという点では、ありもしない中立公正を主張しながら、偏向報道で読者を欺くよりもマシだろう。新聞社の自社意見の表明は、商品説明みたいなものとして読者の不十分な情報リテラシーを補完し得る。

さて、見出しで表明された通り、記事の内容は、ICCに否定的なのだが、それにしてもあまり出来の良い記事ではない。編集委員会の若手の助手レベルの人に振られたのではないだろうか。彼らが過去のデータベースを大急ぎで調べて書いた、いわばやっつけ仕事のような印象を持った。「オピニオン」というわりに、深い見識も鋭い洞察も何もない。

この記事の第一段落で、シリアのバシャール・アサド大統領が化学兵器を使用し、反乱を抑圧する過程で50万人も殺害したとか、ミャンマーのミン・アウン・フライン将軍がロヒンギャ少数派に対して、民間人の村を爆撃をしているとか、スーダンのモハメド・ハムダン・ダガロ将軍はダルフール地方をジェノサイドの危険に陥れてると書いた後、第二段落で、「さて、国際刑事裁判所が戦争犯罪で逮捕しようとしているのは誰でしょうか?」と問う。回答は「イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と彼の元国防長官ヨアブ・ガラントです」というのがこの記事の導入になっている。

このふざけた書き出しがあざといのは、ほとんどの読者は最初の三人のことを知らないだろうし、しかもネタニヤフとガラントが遂行してきたジェノサイドについては、「欧米メディアの作法」で見た通り、ワシントンポスト紙のようなメインストリーム・メディアではイスラエル寄りに極度に偏った情報しか出さないので、多くの読者が無知の闇におかれていることをメディア側は熟知しているということだ。

中東やアフリカやアジアに(最もリベラルな欧米人の心理にさえ根深く潜む「あんな遅れた地域」という見下し感、もしくはオリエンタリズム)、そんな悪い奴らがいるのに、中東唯一の先進国であり、中東唯一の民主主義国家(欧米人はそう信じている)であるイスラエルのネタニヤフとガラントに逮捕状を出すとはなにごとかという義憤を喚起することには、おそらくかなり成功しただろう。

誘導された正義感ほどタチの悪いものはない。悪の側に位置付けられたものに対して徹底的な憎悪が燃え盛り、思考は停止し、自分は正義の側にいると思い込むことによって恍惚に浸ることが出来る。

パレスチナの例ではないが、2022年の3月23日、ウクライナの当時の大統領(任期切れの今、どういう肩書きか不明)であるゼレンスキーに日本が許した国会での録画演説と、れいわ新撰組をのぞく全ての国会議員によるスタンディング・オベーションは日本政治史に末長く残る汚点だろうが、あれこそが見当違いの正義感に陶酔する姿を象徴的に表している。公平のために付け加えておくと、ゼレンスキーは当時、アメリカを含む世界各国の議会行脚のようなことをやっていたので、あの独りよがりな正義感への陶酔は、日本だけが特別ではない。それでも、ゼレンスキー演説への出席議員が2割以下という冷静な対応が出来た韓国のような国もあったので、あの恥の言い訳は出来ない。

ワシントン・ポスト紙の記事に戻ると、読者の正義感を喚起し、イスラエルを「ICCの不当な行為による可哀想な被害者」の立場に置くことに成功すれば、あとはもう読ませる必要はない。いや、読者もそれ以上読む必要はないと思って、次の記事に行くのではないだろうか?こうやって、メディアの「思想」は静かに着実に拡散して世間に積もっていく。我々が情報と思っているものは、たかだかその程度のことなのだという認識を持つことは、情報リテラシーを向上し、奴隷制を廃止するための第一歩だろう。

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