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2017年のダウンヒル、2024年の夏を弔う


はじめに

「#夏の1コマ」企画に参加しようとスマホの写真フォルダを掘り返していたら、TOPの画像を見つけた。2017年8月。長野・湯田中から群馬・草津まで自転車で草津白根山を越えた。当時は自転車で旅をするのにハマっていた。相棒は親から買い取った中古のビアンキ。テレワークに体を鈍らせた今現在からは考えられないアクティブさに、我ながら驚く。山越えを終えた直後に感動と衝撃に駆られるがまま書き殴った己の日記もスマホのメモ帳の底から発掘したので、写真とともに振り返り、自宅でだらけて終わった29歳の夏を弔いたい。

補足

ちなみに僕はTOPの画像を撮る前日に長野駅から湯田中までの約30kmの道のりを10kg近い荷物を背負って自転車で走っている。おかげで山越えの前からケツが死にかけていた。四つに割れそうなくらいに。

それを踏まえて以下、日記である。

8/13 山越え:長野・湯田中〜群馬・草津

朝5時半に宿を発つ。駅前のローソンで朝飯を買い、食べる。シーフードヌードルの塩味が寝起きの胃に染み渡る。5時45分より、いよいよ山登り開始。昨日足に溜まった疲れはやはりまだ抜けていない。漕ぎ出しから足は重く痺れ、先行きに霞がかかる。だが前に進むしか無い。靄の中をひたすらに登る。登りは20km強。天候は霧雨。気温は涼しく快適。しかし流れた汗がすぐに冷えていくので背中は常に冷たい。登っても登っても坂。無限に続く九十九折。緩やかな坂がどこまでも伸びている。束の間に平坦な道があればもはや下り坂のような快適さに錯覚する。

先に道があるのかもわからない濃霧

早朝の山。濃霧の中に1人。ホイールの回る音とフレームの軋む音。拭っても拭っても汗は止まらず、膝が悲鳴をあげて腿と脹脛が疲労を訴えて膨れ上がる。まるで世界に自分1人だけのよう。孤独な登攀に、体力と精神がともにすり減っていく。何度も引き返したくなった。小刻みに休憩を取り、時には自転車を押し、ひたすらに進む。

ほたる温泉の近くでは硫黄の臭いが鼻をついた。限界ギリギリの有酸素運動には厳しい自然の仕打ち。だがこれも含めて自転車旅である。渋峠ホテルが見えて来る頃には霧が晴れ、雲の合間に真っ青な空が覗く。小休止を取り、ついに日本国道最高地点に到達する。

日本国道最高地点。ここまで4時間延々上り坂。長すぎ。

晴天と拓かれた絶景を背にそびえ立つ石碑。ついにたどり着いた。4時間の登攀が報われ、疲労が溶けていくような風景である。そしてここが最高到達地点ということは、あとは草津に向けて下るだけ。2000メートルのダウンヒル。晴天の下を、風を切って走る。風が耳を打つ。何も聞こえない。視界の端に置き去りする山の青だけを見ている。風のようだ。疲労は高揚感にかき消される。ダウンヒルのこの喜びを知るのは自転車乗りだけだろう。バイク乗りも車乗りも徒歩も知らないダウンヒルの快感。上りの苦しみを浄化する下りの楽しみ。バイクと車は登りの苦しみを知らず、歩行者にとっては下りも辛い。自転車に乗っててよかった。風を受け緑のトンネルを抜け、どこまでも続く下りの道を疾走しながら泣いた。

#夏の1コマ

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