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比嘉大吾の〝希望〟を潰した。それが勝因でした。4.24 比嘉大吾VS西田凌佑
比嘉大吾(Ambition)にとって2度目の地元沖縄凱旋だった。
前回の3年2ヶ月前は、世界王者として凱旋した。152秒でのKO防衛に、15 連続KO国内タイ記録の樹立。まるで太陽のような輝きを放つ我らがヒーローに、沖縄の観客は沸きに沸いた。誰もが彼の未来がさらに輝かしいものになると確信した夜だった。
だが。
その次戦、王者は計量失格しその場で世界王座は剥奪。体調不良のまま上がったリングで初敗北し、そのまま表舞台から消えた。突然の転落だった。
1年10ヶ月後、ライセンス停止処分が解除され復帰した比嘉は、だが何か肝心なものを取り戻せていないように見えた。らしさを欠いた2戦を戦い、昨年末、WBOアジアパシフィック・バンタム級王座をKO勝ちで奪った試合で、ようやく復活の兆しを見せた。その後、4月24日のこの沖縄での防衛戦が決まった時、比嘉には胸に期するものがあったのだろう。
「僕を心配し続けてくれた地元のみんなを、安心させられるような姿を見せたい」と言った。
しかし。蓋を開ければプロキャリアわずか3戦、長身のサウスポー・西田凌佑の右のリードに距離を支配された比嘉は、ことごとく手を封じられた。突破口をこじ開けようとするトライも阻まれ、流れを掴みきれない。接近戦でも挑戦者の右に阻まれ、得意パターンに持ち込めない。最大8点差のついた大差判定負けだった。
「自分のリズムに巻き込んで、中に入って打ち合うという勝ちパターンを作れなかった。自分のボクシングができなかったことが(敗因の)すべてだと思います」
試合後の会見の空気は終始重たかった。比嘉の隣で、野木丈司トレーナーは険しい表情を浮かべている。
敗北という結果がすべてです、と、比嘉は敗者に語る言葉はないと言いたげだったが、それでも質問に律儀に答えていった。
「最後まで西田選手の距離を潰せなかった。(自分は)手数も少ない、ここぞという時の攻めもできなかった。どこかに迷いがあったのか……」
そして今後については、考える、と言った。
「ゆっくり休んでから、自分自身と野木さん、チームと話し合います」
会見を終えた二人は記者たちに一礼すると、部屋を出て行った。二人が去ったあとも息苦しい重さは漂ったままで、ほかの記者たちが急いでパソコンに向かう中、私は無性に風にあたりたくなって部屋を出た。
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沖縄コンベンションセンターの出入り口を出ると、新王者となった西田凌佑が大阪からの応援団なのだろう、数人に囲まれ立ち話をしていた。少し離れたところに西田待ちの六島ジムの陣営が見えた。喜色やまだ冷めやらぬ火照りのようなものがそれぞれの顔に乗っている。その中に西田のトレーナーである武市晃輔の姿もあった。
不意に、このトレーナーと最後に会ったときのことを思い出した。
昨年大晦日、大田区総合体育館。井岡一翔と田中恒成戦がメインの興行のそのセミファイナルで、武市の教え子であるWBOアジアパシフィック・バンタム級王者、ストロング小林佑樹は比嘉の挑戦を受けた。粘り強さとタフネスが信条の王者は、5ラウンド、比嘉が突き上げた2発のアッパーにキャンバスに沈んだ。必死に立ち上がろうした小林の、だが負ったダメージは深かった。レフェリーがカウントを数える中、武市の投げたタオルが宙を舞った。
セミファイナルからメイン開始まで少し時間があき、そのときも夜風にあたりに会場の外に出た。そこでコンビニ袋を下げた武市と出くわしたのだった。
「前半比嘉の体力を削って、後半に勝負をかける作戦でした。……やられました。あのアッパーは一番危険視していたパンチやったんですけどね」
淡々とした口調だったが、言葉の端々にまだ生々しい口惜しさが滲んでいた。
5ヶ月前のあの夜、苦虫を噛み潰したような顔をしていた武市は、今、沖縄の空の下で、喜びというより、なにか深い感慨に浸っているようなそんな静かな目をしていた。
少しお話を聞けないだろうか。近づき声をかけると、「僕の話でよければ」と目を細めて言った。
「作戦ですか。作戦はね、ジャブついてとにかく西田のストレートの距離で戦う、という」
――僕の描いたプランでは、少なくとも6ラウンドまでは中間距離でワンツー打ってポイントを稼いでいく、が理想やったんです。西田の距離なら比嘉は絶対パンチが届かんから、思い切りくる。それをジャブ、ワンツーでひたすらころころ回し続けて、できるだけ弱らせようと。
でも西田、やっぱり緊張もしてて。……あーそう見えなかったですか? まあ、そんなガチガチじゃないんですけど、言うてもまだキャリア3戦なんでね。敵地やし、なんといっても相手比嘉くんやし。だから前半ちょっとスタミナ消耗したんです。
そう、思っていた以上に中間距離で戦うことに西田がプレッシャーを感じてるのが見えたんですね。5ラウンドにはちょっとロープに詰められるシーンもあって、このまま12ラウンド足を使い続けるのはあんまり良くないなと。
で、5ラウンドが終わったとき、疲れたか?と聞いたら案の定、結構疲れましたと。それは向こうも気づいてるはずなんでね、だからその場で思い切って作戦変更した。戦い方を一気に変えたんです。
次のラウンド、前に出て距離を潰せ。
「次、相手絶対来るよ。比嘉の勢いに飲まれず必ずお前が前に出ろ。大森(将平戦)のときと同じでいい、ぐいぐい前行って距離を潰してボディ叩いていけ。比嘉をロープに詰めてお前はうまく休め」
チーフセコンドの指示に西田は頷いた。
比嘉はポイント取るのが、やっぱり、うまい。グッと前に出て、バタバタバタバタッとコンビネーション打つじゃないですか。そこでロープに詰まってしまうと貰ってなくても見栄えが悪い。その展開が後半起きそうに想像できたんで、逆に相手を下がらせてフィジカルで勝負した方がいいと判断した。そうすれば西田も足休ませられるんでね。
もしあのまま足使い続けたら、後半しんどくなっていたと思います。負けていたかもしれない。
あのタイミングでの作戦チェンジが、最大のターニングポイントだったと思います。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52313899/picture_pc_c5babcdbf51d8634121998df8ee28dd6.jpg?width=1200)
写真 六島ジム提供
武市の中で、予定よりは早くなったとはいえ、比嘉との戦いで接近戦は当然想定内だったし、策は何パターンも準備していた。その必要性は小林戦で痛感したことだった。
西田には練習の段階から、おそらく足を止めて戦わなきゃいけない場面がくると話してました。といって接近戦の練習はほとんどしなかった。距離を詰めて潰して潰して接近戦に持って行く練習は、大森戦の前にさんざんしてて、それで結果も出した。接近戦での戦い方はすでに西田に備わっていたんでね。
西田は昨年12月、プロ転向わずか3戦目で世界挑戦経験もある元日本バンタム級王者・大森将平(WOZ)を大差判定に下し、番狂わせを起こしていた。
対比嘉でも西田にフィジカル面での不安はなかったです。野木トレーナーですからフィジカルトレーニングはむちゃくちゃやらしてたと思うんですけど、比嘉が10やったんならうちは20やったという自信があった。実際序盤を見て、西田が負けてないのも確認できていた。
で6ラウンド、予想通り比嘉くんが仕掛けてきた。その比嘉くんが得意とする距離で、西田は五分以上に渡り合えた。
あれが決定的だったと思います。
あれで比嘉くんの、「距離を詰めたらどうにかなる」という自信を潰した。
そう、あの時西田は比嘉の〝希望〟を潰したんです。
希望を潰した。そう言った武市の目がギラリと光った。勝負師の目だった。
武市が、「なんとしても比嘉と野木トレーナーに借りを返す」
そう決意したのは、大晦日。小林が敗れ、王座を失い、無念を抱え二人で戻った控え室だった。
――何が足りなかったのか、何をどうすれば良かったのか、控え室に帰ってすぐ敗因を総括したんです。それはもうむちゃくちゃ悔しかったんでね……。
前々から比嘉くんはサウスポーが苦手だと思っていた、と武市は言い、距離、ポジション取りに比嘉攻略の大きな鍵があると見ていた。
でもオーソドックスの小林にそこは求められない。彼仕様の作戦を考えたんですけど、やられてしまった。けどあの試合で比嘉くんの戦い様をコーナーという一番近くで見たじゃないですか。そこで自分の中で答え合わせができた。それまでに僕が描いていた比嘉像が確信に変わったんです。
比嘉にとって最もやりにくいポジションは、西田が最も得意とするポジションや──。
そう西田や、西田なら勝てる。
勝てる道筋が見えて、しかも自分の選手の中に攻略できるであろう男がいる。そう思ったら、もうめちゃくちゃ攻略したくなってね。
目の前にいる負けたばかりの小林を見ていたら、トレーナーとして、それと一人の男としても、比嘉くんと野木トレーナーに借りを返したいといてもたってもいられなくなった。
取られたもんは取り返す。でなければこいつが浮かばれないし、俺も浮かばれない——。
つまり、あの大晦日、会場の外で会ったときにはすでに西田による比嘉攻略を考えていたのだろうか。聞くと、深く頷いた。
「気持ちは比嘉攻略に向けて走り出していました」
武市が会長に直訴したのはその夜。
「西田を比嘉にあてさせてください。あいつなら、絶対比嘉を攻略できます」
会長は、よっしゃ、わかったと頷いた。
![画像4](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52316028/picture_pc_a2ce960d881b8ed880832059688bac5c.jpg?width=1200)
写真 六島ジム提供
武市が西田の勝利を確信したのは、7、8、9ラウンドあたり。
「西田が作戦をうまく遂行してくれてたんで、いけるな、と思いました。前半もポイントはとってると思ったんですけど、アウェーなんでね。ただ後半はさすがにとられてる感覚はなかった。
中盤の接近戦、ボディで比嘉の体力を削って、こっちは足を休めれた。9ラウンドが終わったとき、西田が「スタミナ回復してきました」と。逆に比嘉はだいぶ疲れていたんでね、よし、このまま押していけ、と伝えました。
西田の一番の武器は「危機回避能力」だと言う。
天性のもんやと思うんですけど、危険な距離、危険なパンチを見切れるんですね。僕らから見たら危険に見えても、彼にしたら大丈夫みたいな。
そうはいっても僕としてはやっぱり比嘉の〝一発〟が怖かった。
でも1ラウンドが終わった時点で西田は、「相手パンチないんでこれなら大丈夫です」と。距離に関しても「この距離なら絶対負けないです」と見切っていた。
冷静で客観性もあって、感情に起伏がないんで絶対にバタバタしない。インターバルでもちゃんと会話ができる。そういう心の強さも彼の大きな強みだと思います。
決してパンチがあるわけではないんです。けど、プレッシャーかけれるところはかけれる、くっついても負けない力強さもある。足使ってポイントもとれる。相手は見た目以上にめちゃくちゃやりにくいと思います。なんでか知らない間に疲れてるみたいな。
そういう元から備わっている優れた力があるんでね、試合では彼の能力を尊重するというか信頼していました。今回も試合前、西田には自分が描いているゲームプランを伝えて、2点だけ俺の言うことを聞いてくれ、あとは自由に動けと言いました。2点というのは、ポジションの再確認と一定の距離で戦う、ということです。
結果、すべてが、むっちゃ、うまくいきました──。
友人と話し終えた西田が、武市のもとにやってきた。
大晦日、小林の試合の応援に来ていた西田は、その帰り道、武市から「お前なら絶対比嘉に勝てるぞ」と言われたとき、
「ええーっ、いやいや勝てますか、そんなん……」
と、のけぞったという。
そのボクサーに、この試合前、自信はあったかと聞いた。
「ありました」
即答だった。
「ここまでやって負けるなら仕方ない、そう思えるだけの練習をしてきた。勝つ、としか考えていなかったです」
「でも比嘉選手のプレッシャーがきつくて、むっちゃしんどかったです……。けどそれは絶対に出さなかった。練習のときから、しんどいときに絶対辛い顔するな! て武市さんにずっと言われてたんです。だからしんどかったし余裕なかったけど、余裕そうに見せました」
強心臓の新王者は、比嘉選手に勝ったことは大きい、この先自分はもっと強くなる、そう強い目をして宣言した。
……すべてが、めっちゃうまくいきました。
そう破顔した武市は、だがすぐに笑みを消し、実は内心とても怖かったのだ、と言った。
この攻略法なら、という自分の確信が、まったくもってとんちんかんな考えだったらどうしよう、と。見当違いなことを自分の選手にさせてしまっていたらどうしようという恐ろしさはね、ずっと拭えなかったんです。
だから判定が出た瞬間は……ただただ、西田ありがとう、でした。ようやってくれた、よう成長してくれた、それだけでした。
この一戦の原動力は、執念だった、と改めて武市は言った。
絶対に、借りを返す。
……小林の負けを無駄にしちゃ駄目なんで。もしこれで西田も負けたら、小林の負けが、より、意味のないものになってしまう。絶対にそうはしたくなかったんですよ──
比嘉と戦ったひと月後、引退を発表していた小林はこの日、西田のセコンドについていた。
後輩が勝利した瞬間、その小林はぽつりと「よかったです…」と言うてました、と武市は言った。 (文中敬称略)
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写真 六島ジム提供
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![加茂佳子](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/36964395/profile_dd83826a150b966f0705472bf64d63ed.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)