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チャンスをあげて、今はチャンピオンになれんことをわからせてあげようと。日本バンタム級タイトルマッチ 堤聖也VS大嶋剣心①

計量会場に着いたのは1時半だった。計量の開始は2時だが、すでに翌日出場するボクサーの多くは早めにやってきていて、予備計量をしたり、ドクターチェックを受けたりしている。トレーナーと小声で何やら話をして頷き合うボクサーがいて、うつろな目でなんとなくスマホをいじっていたり、乾ききった体に水を含められるまでの時間を、目を瞑って耐えているボクサーがいる。

入り口の端に立って中を見渡すと、パイプ椅子が三列並んだ最前列に、明日、日本バンタム級王者・堤聖也(角海老宝石)に挑戦する大嶋剣心(帝拳)が座っていた。
王者はまだ、いない。

白に近い金と言ったらいいのか、光輝く色に髪を染めた大嶋は、誰かが入り口に現すたびそちらを見て、待ち人かそうでないかを確認しているようだった。堤を待っているのは明らかだった。

待ち人でないことにちょっと残念そうな顔をした大嶋と目が合った。もちろん試合は観てきているが、取材の機会がなく面識はない。が、あわてて軽く頭を下げた。素性のわからない初対面の相手であるし、減量中の、心身ともに余裕などないだろうボクサーはこういう場合、たいてい無表情のまま頭をこくりと下げ、さっと視線を外すことが多い。

だが大嶋は、頭を下げながら、屈託のない笑みを顔に浮かべた。その予想外の反応に驚いたが、以前堤に大嶋について尋ねたときのことを思い出して、ああ、と納得した。


「誰に対してもすげえフレンドリーでいい奴。クラスの中心にいる人気者って感じです。で、そういう目立つ集団に入れなくて、みんなとはっちゃけるのが苦手で、教室の隅にいるのが僕。真逆のタイプです」


ともにボクサー豊作の年と言われる95年生まれ。同い年に田中恒成(畑中)、比嘉大吾(志成)、井上拓真(大橋)、ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)らがいる。


二人が知り合ったのは堤が大学四年のとき。大嶋はすでにプロ入りし6回戦ボクサーになっていた。共通の先輩の紹介だった。

「話すまで、見た目からチャラチャラしたやつなんだろうと思ってて。けど、プロの世界のことをいろいろ話してくれて、結構考えてんなこいつ、頭いいなって」

以来、後楽園ホールで会うと、「そのままメシを食いに行ったりとか。同い年の中では喋る方」の友人になった。

 実は堤のプロ二戦目の相手は大嶋のはずだった。が、試合ひと月前に大嶋の怪我により流れ、その後先に日本ランカーになった大嶋のあとを追っていた堤が、先に日本王者になった。

今年2月、大嶋が澤田京介(JBスポーツ)と日本バンタム級王座決定戦を戦った時、リングサイドには堤がいた。2-1の負傷判定で敗れた大嶋に、試合後、この終わり方は可哀想すぎると励ましのLINEを送った堤に、

「お前なら勝てる。絶対澤田に勝ってくれ」と、敗者はメッセージを送り返してきた。この堤はこの試合の勝者に挑戦することが内定していた。

果たして6月、澤田に挑んだ堤は2回に左フックでダウンを先取。8回レフェリーストップを呼び込み、新王者になった。

アマチュア時代から一度も一番を取れなかった男の生まれて初めての戴冠。プロでは中嶋一輝(大橋)、比嘉大吾(志成)の格上の強豪に善戦するも引き分けどまり。評価は上げても3年以上勝ちに見放されていた。勝ちたくとも、試合が決まっては流れを繰り返し、リングに上がれない。試合枯れしたボクサーは、練習に支障をきたすほどバイトを増やした。だがいつ試合が決まってもいいように準備をしておかねばならない。フィジカルトレーニング等必要な支払いが嵩み、家賃や光熱費を延滞する窮状に、一時は、何のために東京にきたのか、これでも自分はボクサーなのかと、心を病んだ。忍耐の限界も近かった。

「これで負ければマジで終わる。精神的にも経済的にもほんとに切羽詰まった中での挑戦でした」


堤がベルトを巻いたその夜、リングサイドには堤からチケットを買って応援に来ていた大嶋の姿があった。自分のことのように大喜びしていたぞ、と試合後、堤は多くの人間から聞いた。

「逆の立場だったら僕も嬉しかったと思いますよ」

いずれ戦うであろう相手であり、友人。

友人だけの関係なら私も大喜びする。だが、「いつか戦うであろう友人」となると複雑な感情が入り交じって自信がない。そう言うと、

「友人の自分とボクサーとしての自分は、自然と切り分けられるんだと思います。あいつもそうなんじゃないかな」

初防衛の相手に日本7位の大嶋を指名したのは堤だった。

「だって可哀想過ぎじゃないですか。澤田との王座決定戦は二年三ヶ月ぶりにやっと決まった試合。観ていて中盤以降、剣心が流れを掴めるんじゃないかと思った矢先の負傷判定負け。この先、いつチャンスが来るかわからない。だったら僕がチャンスあげようと」

 ここまでは、友人としての発言。そしてこの先はボクサーとしての。

「こういうことを言うとサイコパス扱いされるんですけどね」と笑った堤は、

「チャンスはあげるけど、それでベルトを掴ませるわけにはいかないじゃないですか」と続けた。

「僕じゃないチャンピオンになら勝てるかもしれない。けど、僕相手では無理。そのことをわからせて心の整理をつけさせてあげようと」


2時までもう間もなくという時だった。

「堤、到着しました」

角海老宝石ジム・浅野完幸マネージャーの声がした。

#堤聖也
#大嶋剣心

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