③あいつの人生を潰しに行く、と堤は言った。 比嘉大吾VS堤聖也。対戦まであと7日。
「10月26日、比嘉大吾VS堤聖也決定」
狐につままれたような気分だった。
堤は取るものも取りあえず、LINEを返した。
「ほんとですか!?」
「本当!」
「ほんとのほんとですか!?」
「ほんとうのほんとう!」
「マジすか!?」
「勝つぞ!!!」
3度確認し、石原トレーナーの「勝つぞ!!!」の文字に、これは現実、正真正銘の現実なのだとようやく理解した。
次の瞬間、生まれてこのかた味わったことのないとてつもない興奮と喜びが腹の底から湧き上がってきた。
……来た……ビッグチャンス来た……世界ランク来た……!!!
脳天は痺れ、全身の震えが止まらない。
うおーーーーーーーーっ!!!
それから、ハッとした。
昨日の夜、大吾頑張れ、と自分は胸の中でエールを送った。
落ちた底から這い上がろうとしている友達の、その1発目の相手が俺?
あいつの復活を阻むの、俺かよ……
…………!!!
その、試合が決まったときの一部始終を聞き終えたあと、堤に尋ねた。
前夜抱いた友達への復活を応援する思いはどこへ行ったのか。興奮と喜び。心情的に矛盾はないのかーー。
「矛盾はないです」
堤は即答した。
「……大吾、もしこの1発目で負けたら、状況的に相当厳しくなるでしょう。へたしたら引退だってあり得るかもしれない。頭、よぎりました。
比嘉大吾は敬愛するボクサーで、人間的にも大好きな男なんですよ。でもね、僕の中で、ビッグチャンスが来た喜びが勝った。
プロのボクシングってそういう世界じゃないですか。友達だろうがなんだろうが、相手を踏み台にして勝ち上がっていく。てっぺん獲るには、ほんとそれしかないじゃないですか」
きっつい、薄情な世界ですよ。ハハハ。
堤は笑った。乾いた笑いだった。
でも自分はそれを覚悟の上で、この世界に入ったのだ、と続けた。
「もちろん、今じゃない。いや大吾はちょっと、って断る選択肢もあった。でも大吾はね、今僕が欲しいものを、全部、持ってるんです。
世界ランク。抜群の知名度。べらぼうな強さ。
僕にとって、戦うのにメリットしかない相手。で、僕には失うものはない。
そんなチャンスを差し出されて、友達だからって躊躇したり悩むのは、僕は違うと思う」
何故。返ってくる答えはわかっていたが、聞いた。
目の前のボクサーは刹那、目に闘志を光らせた。
「生半可な気持ちで世界を目指してるわけじゃないからですよ」
みんな、比嘉大吾の復活劇が見たい。10月26日はそのスタートを見にくるんですよ。その1人だったはずの堤が言う。
「でもみんなのその期待をね、僕が裏切る。僕にとって大一番だけど、あくまで通過点なんです。世界への。だからあいつの人生を潰しにいく。でなきゃ潰されるの、こっちの人生なんで。だから僕、友達を殴って、殴り倒すんですよ……!」
堤が試合決定の報せを受け取った、同じ日。
野木トレーナーもまた対戦相手を比嘉に告げていた。朝練に集合したときだ。
教え子がその相手と仲が良いことはもちろん承知している。
だから、えー、だとか、マジっすか。そんなような驚きや戸惑いの反応を一瞬は見せるかもしれないな、と思っていた。
「いろいろあたったところ、やると手を上げたのは堤だけらしい。やるか? やれるか?」
比嘉は即答した。一瞬の間もなかった。
「あ、いいっすよ。全然問題ないっす」
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