ヘルシンキでヘアサロンをオープンした話、のつづき。
約束の午後に私のオフィスにいらした梅沢さんは、思った通りの空気を纏っていました。誤解を恐れずに一言で言うと、おしゃれ。もうどこから見てもおしゃれ。メガネがおしゃれ、コートがおしゃれ。横にいらっしゃる奥様がおしゃれ。キラキラ。歩く度に金粉が撒き散らされているのかと思いましたよ、本当に。しかもその金粉も燻した金なんです、わかりますか?(何言ってるんですかね)
「完全プライベートの隠れ家ヘアサロンを原宿で1人で切り盛りしている」「今のサロンの予約は1年待ちらしい」という私が調べた事前情報が頭の中でぐるぐる・・。笑顔で対応しながらも汗バーバーでした。
大学生の時、お友達が通っていた代官山のプライベートサロンに一度お邪魔したことがありました。リビングルームのような空間には席が一つ。指導や先輩後輩ムード(大きい美容室に行くとありますよね)と全く無縁な、職人のような寡黙な美容師さんの仕事ぶり。あの時圧倒された「おしゃれ」の片鱗を梅沢さんに見出していたのだと思います。
オフィスでひとしきりおしゃべりした後、ちょっと飲みに行きましょうか、となりました。今はなき、Ratva Barの旧店舗。デザインミュージアムの横。まだ覚えていますよ、入った奥の部屋の薄暗さや静けさを。精一杯おしゃれについて行こうとしていた私の緊張がバチーンと弾けた瞬間を。梅沢さんはジントニックを一口飲んで、言ったんです。
僕、お酒あんまり強くないんですよね。
え?ええ?お酒強くないのに、ジントニック?この人成人したて?なに?なんで?
え?みるみる顔が赤くなってるよ。よよよ。汗。
と、思ったら髪の毛の話してる。と、思ったら今度はドライヤーの話してる。ドライヤー、フィンランドのドライヤーはどんなだっけな。提供できる話あるかな・・。と思ったら今度は働き方の話してる。
この人、面白いなと思いました。会ったことがないタイプの人だけれど、なんだか会ったことがある気がする。その数分後に「歌野さん、やりましょう、お店」と言われたとき「そうですね、やりましょう」とすんなり言葉が出ていました。何も思わなかったです。本当ですか?とか、どうやって?とか・・。むしろそれは私が言おうと思ってたことですよ、と喉元まで出かかりました。この後先考えない感じ、前しか見ない感じが非常にしっくりきて、スルンと会話が着地していました。
ジントニックを飲み終わる頃、おしゃれの金粉はどこかに消えていました。後先考えない大人、素敵な大人。この人と前を見ればきっと面白いことになると確かな予感が心を満たしていました。この時に日程を決めたのが翌春のポップアップ美容室です。
美容師さん、美容師さんとあれだけ熱望していたのに、最終的に駒を動かしたのは梅沢さんという人だったのだと思います。(だって、お店をやりましょうと言った時点で梅沢さんのカットは見てもいないわけですし・・)梅沢さんの前しか見ない感じは当時の私が最も欲していたものだったのだと思います。物事を突き詰めて極められる人と違って、私は反復と生産性がとことん反比例する性分。旅の手配やメディアコーディネートなどで少しずつ積み上げてきたものは事務所としてなんとなく形になってきた。ならばここからどこかへ進みたい。どこへ?その答えを連れてきてくれたのが、梅沢さんだったのです。
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